復讐者の逃亡劇 15
シーザが快刀乱麻(物理)の奮戦を見せている頃、エベリス隊は五百の兵を率いて草原を行く。
シーザの軽騎兵三十を送った後、クラバースに重装騎兵三百全て預けて送り出し、続けてエリファに重装歩兵三百を出立させた。自身はイムベル、カフィリア両下位将軍に命じ五百の兵とともに陣払いしてから救援に向かった。荷はジギナ下位将軍に五十の兵を預けて運んで貰う。
しばらく行くと重装歩兵という装備上、進軍速度が遅いエリファ隊と合流する。遅いと言っても十分及第点の速度はあるし、整然と列を成している辺りも兵として心強い統制が保てている。
と、エベリスは納得するように感心していたが、重装歩兵を率いているエリファからすれば、陣払いも含めて進軍速度が速すぎるエベリスに驚嘆させられる。
四驍の一にして、未完なれど王佐の才とまで褒め囃される男の才覚の一片を見せつけられ、エリファとしては複雑な思いが去来する。
名家アーティア家の遠戚として現在地は十分足りてはいるが、もっと上の地位に在りたいという野心は持っている。何なれば四驍の一人に自分の名を連ねたいと願う程には、承認欲求と気位は持ち合わせている。
それだけにこうしてエベリスに何でもないようなことを誰よりもスマートに熟す様を、まざまざと見せ付けられる度に心の深いところがささくれ立つ。自分ではまだ同じ様なことをこの速度で熟せないと理解しているから。
そう思って人知れず臍を噛むエリファ。だが、実際それに気付けること自体が稀有で稀少な存在であることを彼女自身はまだ気付いていなかった。
そんなエリファの葛藤を察する者がいないまま進軍していくと、エベリスは右手にカミューの森を見る辺りで前方から駆けてくる一団を見つける。
「あれは……ジェッソか」
黒点馬の馬上から近寄ってくる一団の先頭の人物を見定める。ジェッソ・アキラウはクラバースの直属の麾下である。そうでなければ自分が取り立てたいと思う程度には優秀な人材と、エベリスの記憶の中にある。
「通せ。直接聞く」
掲げた旗から伝令であることを理解し、兵に道を開けるように指示を出すと、自身と向かってくる伝令を一直線に結ぶ道を作るように左右にザッと割れる。
騎馬を走らせてきたジェッソはエベリスの前にたどり着くなり声を張り上げる。
「馬上からにて失礼致します!クラバース隊、ジェッソ・アキラウ、ご報告致します!我が隊はスターリン将軍、クイックリー将軍の収容に成功!シーザ隊は両将軍を追撃してきた敵に攻撃を仕掛け、ルークス将軍との合流を画策している模様につき、以下、ご指示を賜りたく」
スターリン、クイックリーの保護が叶ったことに一瞬湧いたエベリス隊。次いでの報告を聞いてシーザの勇猛か蛮勇か。それでも彼らしい行動を受けてエベリスは思考を巡らす。
「……スターリン殿の状態は如何に?」
「疲労困憊にあるでしょうが、それを色と見せずクラバース殿に状況の説明をされています。クイックリー将軍は左肩に矢を受けておりましたが、肩甲骨に守られのが幸いして応急処置で済ましております」
「戦力として計算出来るのだな?」
「剣を振るうのでなければ」
ジェッソの説明を聞いて天候を見る。昼過ぎに出立してまだ明るいながらも、そう遠くなく夕に暮れよう。敵がどう動くかは賭けになるが、夜戦を継続して仕掛けてくるとも思えず、またこちらを崩し難いと見れば退くだろう。
そう考えたエベリスはジェッソのみならずエリファ以下各将にも伝えるように声を張る。
「クラバース隊はそのままスターリン将軍の指揮下に収まり指示を受けよ!その上でジェッソ、エベリス隊はここに柵を建て簡易的な陣を構築すると伝えよ」
「了解しました。では!」
指示を受けて来た道を戻るジェッソ。その後ろ姿を見送る暇もなくエベリスは続けて指示を出す。
「イムベル、カフィリアは柵を建てろ!二陣交錯で良い。急げよ」
『はっ!』
「エリファはそのまま重装歩兵を指揮して柵完成まで防衛だ」
「了解。……重歩隊!一列横隊急げ!横の隙間は限りなく狭めよ!」
エベリスの指示で何を狙った動きかを察したエリファは部隊を拡げる。重装歩兵と言うだけあってフルアーマーに己の身体をすっぽり隠せるような大盾を持つ兵士たちが一列隙間なく並べば、高低の差がないこの平原では横列の裏を見通すことは出来ない。
二陣交錯と命じた陣立ては等間隔に間を空けて柵を作る防柵陣形で、間が空いているから侵入は容易いが、柵の両端が交互で少しずつ重なることで勢いで侵入することが難しく、また人流の志向を制限されているからこそ守りやすくなる、言わば防ぐためではなく狭めるための陣である。
とはいえ良く使われる手立てだけに柵を壊す、が最適解というのは相手もわかってるのだが。
「シーザにも伝令を。ルークス殿と合流したら指揮権を譲渡し、自身はルークス殿の指示に従うように、とな」
「了解しました」
エベリスの指示に一騎の騎兵が前線へと駆け出す。重装騎兵は全部クラバースに預けたが、手元には軽騎兵百五十程度は残してある。柵を建ててなお敵が踏み込んで来た時には大事な機動戦力となる。
夜が来るまで凌げば敵も退く。……それはエベリスのただの思い込みではあるのだが、ルークス隊、スターリン隊の遊撃戦力を計算すれば、撤退するのは現実的である。
もちろん敵が攻撃を継続することも有り得ると計算しながらも、エベリスは戦略を練っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
シーザは常に槍とは点である、と考える。
いくら手足のように扱えたとしても、拡がるわけでも増えるわけでも、伸びるわけでも消えるわけでもない。
弧を描こうが線を結ぼうが、力任せに斬り付けようが、目にも留まらぬ速さで打ち据えようが、槍が敵を屠る位置は常に点でしかない。それは槍のことだけではない。剣も、斧も、矢も、拳も、足も。攻撃の全てが。
その話をすると周りの皆は理解出来ないような顔をした。いや、言ってる意味はわかるのだろうが、だがそれが大事かというとそうでもないという雰囲気を出す。
エベリスは言う。確かに点ではあるが、振るう剣閃を辿ること、流れを見ることが大事じゃないか、と。
スターリンは言う。得物の先を点と捉えるよりも、使い手の身体の支点、肩や肘、視線の動きが大事じゃないか、と。
ルークスは言う。武器の刃渡りや持ち手の意義を思えば理解し難い。点を変化させ線にするのが武芸であり、その用法を解することが大事じゃないか、と。
どれも大事だ。確かにそうだ。だがそれらは根本的にシーザの真理への答えになっていない。点である、という真理のベクトルを正しく理解していない。
槍は、武器は、点である。
そう、先にヘイムラウ平原で周陽が見せたあの守り方が答えの全てである。そう理解しているシーザは強く思う。だからこそ……。
だからこそ、線を描くことは何より効果がある。
仕切り直しに敵味方共に部隊を収容した後、単騎敵部隊に突っ込んだシーザは炎渦指環を発動させ、槍の刃に焔を纏わせる。
彼が槍を振るえばその軌跡を炎が続く。“点”が“線”となる。
空を焼き、風を焦がす。燃ゆる焔火は指向性を持って暴れ狂う。
二秒と保たずして雲散する焔だが、シーザの腕をすればそれでも三度四度と槍を振るう時間に足り、それが残す焔は寄せることを禁ずる。
それは大振りで粗雑な攻撃を繰り返すシーザの弱点であろう反撃の隙を、補うようでもあった。
スターリンらを逃さぬようにと配された伏兵たちを再編した部隊は、さらにシーザによってズタズタに蹴散らかされる。炎渦指環の焔に燃やされ、槍の一撃に屠られ、シーザの武威を遮る者がいないまま蹂躙される。
敵の本隊がその光景を目の当たりにするのは、草原にも燃え移った焔が一面を焼け野原にした頃である。
「だはは!目ぇあらば見ろっ!!耳あらば聞けぇっ!!シルタンス国が上級中位将軍、シーザ・クラウドの武名を心に刻めぇぃっ!!!!」
昂ぶる感情に発する言葉の荒々しさたるや。しかし事実としてたった一人、たった一騎で一塊の軍勢が塵芥のように斬り捨てられていた。
本隊の兵力目測でも五百を超えていたが、その兵力をして吠え猛るシーザに寄せることが出来ずに立ち止まる。
「猪武者が舐めやがって!」
「シーザ…クラウド……赤い装束の……槍使い?」
「馬を狙って機動力を縛れば……」
「まだ弓は放つなッ!!兵の収容を急げッ!!」
「あいつ、シーザだ!四驍の一人、豪炎槍将の!!」
「四驍……スターリン・クラドルの秘蔵の!?」
「だからなんだ、たかが一人にっ!!」
「見てわからんのかッ!!アレは首輪を外されてこそ役に立つ人種だ!」
遠巻きからザワつく声が聞こえる。シーザ・クラウドの名は対外的に知られていないが、豪炎槍将の二つ名は知られている。本人の名よりも一人歩きされている印象が強いが、それでも二の足を踏ませる程度には畏怖された名である。
シーザはあまり気に入ってる名ではないが、自身の見た目と指環を思えば致し方無いとも思ってはいる。
とはいえ、“シーザ・クラウド”よりも“豪炎槍将”の名が広く知られているという事実は、多少思うところがあるわけで。
「シーザ将軍!」
「おぅ?」
敵本隊の到着に蜘蛛の子を散らすように生き残りが算を乱して逃げ出すのと入れ替わり、パカラッパカラッと軽い足音鳴らして走ってきた騎兵を見て槍を肩に担ぎ上げるシーザ。槍に纏う焔も今は静かに揺らめく。
「エベリス将軍からの指示です。適度なところで下がるように、と」
「あーん?今いいとこなんだが……」
などと言いつつも流石に五百近い敵をこれから相手には出来ないし、陣を出てから走りっぱなしだったスカーレットも疲れが出始めるだろう。となれば退くのは時間の問題。余裕のあるうちに、というのは当然な話だ。
「……生き残りはもう居ないんかね」
会話の内容が飛躍していたこともありしばらく押し黙った伝令は、何とか自ら答えを捻り出す。
「……先ほどルークス殿の元へ立ち寄った際にフェスト将軍は合流されておりました。……ベルサング将軍は殿を務めて後、姿を見た者は居らず……」
「……そっか。ま、あの旦那なら前のめりに死にたがるわな」
感慨深く、それでいてどこかやるせない怒りを呑み込むように鼻を鳴らしたシーザは、担ぎ上げた槍を振り下ろし、刃先に纏った焔を払い捨てた。豪炎槍将の名を戴いた時に下賜された名工の逸品は、むしろ焔で磨かれたかのように鮮やかな紅を刃に見せる。
「朝っぱらから人殺しすぎて腕もだりぃし。退くか」
「ではルークス隊と合流をお願いします。フェスト将軍の手勢も合わさり二百人弱の部隊ですが、その兵力をもって遊撃を願います」
「…………え?それって、もしかせんでも休めない?」
「スターリン将軍も休み無く指揮を執られますれば」
そのぐらい我慢してください。言葉こそ無いがそう繋がるであろう発言に、シーザは無気力な表情を晒しながら、だはは、と不満げに笑った。
シーザ「格ゲーじゃないんだから剣閃や軌跡に当たり判定はないんよ。槍をどう当てるかが大事ぞな……せや、逆に焔で当たり判定生んだら強いんぞな!」
エベリス「せやな。でもそれを見切ることが戦う上で大事ちゃうか?」
スターリン「なるほど?でもそれなら武器より体の動きから判断した方が良かろ?」
ルークス「点?線?……よくわからんが武器の性能活かして変幻自在に斬り込んで当てりゃ死ぬやん?」
……うーん、蛮族しかいないね!




