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復讐者の逃亡劇 14


「お、あってんじゃん?やるなー、ぐだる!だはは!」


「だから申し上げてましたよね!?あ、あとダグールです!」


馬の背に貼り付くがごとく姿勢を低くして、空気抵抗を減らして速度を保っていたシーザ。未だ遠くに見える砂塵を視界に入れて、ようやく納得したように後方に続くダグールにサムズアップを見せる。


吃りながらも人の名を未だ呼び間違う上官に訂正を示しながら、恨みがましく目を細めて睨む。無自覚な方向音痴の彼の指示に逆らって、正しい道筋を示し続けたダグール。余りにも意見を否定され過ぎて「間違ってたら承知せんぞ?」と、言葉にこそ発しないが目と態度で語っていたシーザは、ここでようやく彼の意見の正しさを認めた。


「ど、どう動きます?合流して殿を務めますか?」


軽騎兵三十騎。何なればシーザの馬術に遅れて縦長に伸び切った部隊をチラリと肩越しに振り返り見れば、十数騎しか姿が見えない。最後尾に至っては二十秒から三十秒の遅れを取っていてもおかしく無い。


シーザに食い付いて走れる辺りダグールの馬術は優れたものではあるが、個人で武を誇ることのない彼としてはこの突出は余りにも心細い。故に合流を基軸としての戦術を頭に描くのは必然であったのだが、対するシーザにその発想は無かったようで。


「すぅっ…………スタアァリンのじじいぃッ!!!!聞ぃこえてっかあぁぁッ!!!!!!」


深呼吸一つ。咆哮一喝。声の指向性から、後ろにあって耳に捉えた声量は半減以下になっているだろうに、鼓膜に痛覚を感じるほどに煩いその音声(おんじょう)は、ダグールを危うく落馬させかねないところであった。


「てめぇらはそのまま真っすぐ駆け抜けろぉぉッ!!!!後ろは俺たちが片付けてやらあぁッ!!!!」


相互距離がどんどんゼロに近付く中でも変わらず声を張り上げるシーザに、ダグールのみならずこちらに向かって走っていたスターリンたちも、思わず顔を背けつつ、シーザに向けてしまった片耳は手で塞ぐ動きを一様に見せる。やっぱ煩かったらしい。


「ルークスが残っておる。助けてやってくれ!」


「応よ!」


シーザの言葉に従い立ち止まることなく走り抜けるスターリンがすれ違い様にそう一言残せば、見てるか聞いてるかわからないが手にした槍を掲げるようにして答えたシーザ。耳の音圧に少し戸惑っていたダグールは「嘘でしょ?」と小さく呟く。それはそうだ。今のやりとりを総合的に見れば、今からあの敵勢に突っ込みます、と言っているのだから。


とはいえシーザの指揮下に入った時点で底意は覚悟していた。スターリン将軍の収容が出来たことでそうはならんだろうと、勝手読みしたのはダグールの不手際である。


その戸惑いは正しく馬の足並みにも響く。スターリンとすれ違った辺りからぐんっと速度を上げたシーザの後ろ姿が離れていくのを、ダグールは追いつけないでいる。


「だははっ!!真っ直ぐ突っ込め、スカーレット!!」


後方が付いてこれていないことに気付いているのか否か。それでも烈々たる焔火と化したシーザが止まる理由に能わず。匂い立つ餌に群がるハエのごとく、ルークス・バーズという首級に群がる敵の騎兵に向かってその紅蓮の槍が煌めく。


駆け寄ってくる影を見えてなかったわけはなし。しかし単騎であるとわかれば意識を割き過ぎて大物を取り逃がすことの方が問題だと対応が甘くなったのは致し方無く。


……それが間違いだったと後悔するのは、黄泉路の先での話。


「どっせぇええぇぇいッ!!」


咆哮とともに振るわれた槍の一撃は、駆け抜ける馬の直線上にいた敵を二人纏めて斬り捨てた。正確には一人を刃で斬り払い、瞬で骸と化したその遺体を振り抜く勢いで吹き飛ばし、哀れは咆哮にたまたま足を止めてしまった馬に乗っていた男一人。言うこと聞かずビクッと足を止めてしまった馬に、慣性によって体勢を崩していたところにその遺体がぶつかり、落馬した。


一振りにて人を二人戦闘不能状態にするという離れ業にザワつく。だがシーザは止まることなくさらに次の獲物に狙いを付けた。


「借りるぞ、返さんが」


手綱を手繰ることなく、内腿を締めることで愛馬に進路を伝えれば、応じて左へと切り替えす。そのすれ違い様、ルークスの率いていた騎兵の一人から佩刀を掠め盗ると、前方の敵へと投げつけた。


さすがに黙って当てられるつもりもない敵兵は、手綱を手繰って躱そうとするも、その手綱捌きを見てどちらに回避するかを察したシーザは、踵で向かうべき方を愛馬に報せる。


果たして回避行動が先だったか後だったか。手綱の伝達から回避に移るまでの馬の動き出しより早くその頭を押さえたシーザは、容易く槍を薙いでまた一つ命の灯火を飲み込む。


「だっはっはっ!!ぬりぃぬりぃ、滾りが足りねぇぞ!!!!この程度でうちの大将の首を取れると思うなよッ!!」


どう控えても駿馬の評から漏れることのない愛馬・スカーレットの走りと、馬上にあって崩れることのない体幹で槍を振るい続けるシーザのタッグは、敵味方入り乱れる乱戦にあって同士討ちすることなく敵を屠る。


それが出来るのは乱入した瞬間に見せたそれぞれの反応を瞬時に見抜いたシーザの眼力によるものである。


身なり、装束の差異も当然判断材料の主ではあるが、それよりも大事にしているのは援軍の登場に安心から弛緩した者と警戒から緊張した者。その瞬にして小なる変化。シーザはそれを見逃さない。


ダグールが追いつき参戦したのは、シーザが乱入してから分と経たずの事。数十秒……しかしそれまでに彼が斬り伏せた敵は両手指の数を超えた。生死の別は確かではないが。


シーザの軽騎兵隊がダグールを中心に到着すれば、ついに相手もルークスへの囲いを解いて一処に合流し睨み合うように対陣する。


「良くぞ来てくれたな」


示し合わせたようにダグールの下へルークス隊が合流する。先頭を駆けてきたのは歳相応の円熟味を醸し出した初老のダンディズム。軽く日焼けした肌に無駄のない筋肉、この戦いで付けられたものとは一線を画す数々の細かい古傷はいくつもあれど、左の口端を裂くように耳の後ろへと伸びた傷跡が目を引くこの男こそが、ルークス・バーズ上位将軍である。


一兵……いや、義勇兵という名の一民衆から叩き上げでこの地位にまで上がったという事実は、貴族の選民思想の強いシルタンス国にあって異例の大出世と呼べる傑物である。


そんな彼が歩み寄れば、中流とて貴族に名を連ねるダグールをしても、畏敬の念から自然と頭が下がる。当然将軍位としての上下関係もあるが、それ以上にルークスが醸し出す威風に萎縮する気持ちからだ。


「うぃー、お疲れお疲れぃ!ルークスの旦那元気しとった?」


一番最後に合流したシーザが快活に笑いながらやってくれば、ルークスは呆れたようにその面を見る。


「おっさんはもう疲れたよ。おめぇは元気有り余ってんな」


「だはは!こういうことのため(・・・・・・・・・)のシーザくんだからな!」


ギザ歯を見せながらサムズアップするシーザの言葉に乾いた笑いを返すルークス。シーザが平時、テキトーに仕事をやっていても将軍としての評価点に大きく響かない最大の理由。それは戦時における武働きの有用性が評価されていてのことだ。


乗馬の腕はシルタンス国随一、槍の腕もエベリスと並んで抜きん出る。ルークスとて馬を降りればそこそこ立ち合えるだろうが、総合的に見たならばシルタンス国最強の武人と称するに値する男がこのシーザ・クラウドである。


「まぁ、さすがは豪炎槍将ってとこか」


「その呼び名やめぇて。エベリスのやつ、大体何でも出来るくせにネームセンスだけは、何ていうかこう……変だよな?」


「や、ど、同意求められても……」


顎を撫でながら褒めたつもりのルークスだったが、当の本人は満面の笑みとサムズアップが溶けるように崩れつつダグールに視線を向ける。


一呼吸つける状態になったというのはわかるが、あまりに悠然としすぎではないかと目で訴えるダグールを見て、ルークスも一つ深呼吸して再度気を引き締め直して二人を見据える。


シーザ・クラウド。この男の使い方の最たるは、放って置くこと(・・・・・・・)と知る。


「ダグール、この部隊の指揮権は俺が引き継ぐ。シーザは……好きにやって来い」


「お、やっぱ旦那はわかってんな!んじゃらば、あの一塊燃やし尽くしてくらぁな、だはは!」


そう答えるなり馬首を返して敵を見据えるシーザ。知らぬ人が聞けば燃やし尽くす、という表現に豪炎槍将の名への自尊心が見えるようでもあったが、その実そうではない。


胸ポケットを漁り取り出した赤い石の付いた指環を、右の人差し指へと嵌めたシーザ。グー、パー、グー、パーと数回握り締めては放した掌を見て、槍を担ぎ上げた彼はニィッと口角を持ち上げた。


「さぁて。久し振りに奮ってやりますか。炎渦(フレイム)指輪(リング)


グッと力を込めた手から伝うように、朱塗りの槍は赤く燃える。


それは比喩ではなく、直接的な厳然たる、事実として。

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