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復讐者の逃亡劇 13


シルタンス国領西方・カナカリー・フィス平原


ーーー時間は少し遡る。



雨上がりの朝特有の白んだ朝焼けの中、それは起きた。


最近になりカキュラム国との国境での小競り合いも頻発するようになったことから、過激派筆頭であるセイント・アギラール上級上位将軍の発案で大規模演習を行う議題が上がった。


六督位と呼ばれるシルタンス国軍の中心六人の将軍の一人である彼の意見は、同じく六督位の一人、穏健派の筆頭であるシャクラス・アーティア上級上位将軍が賛同したことにより実現に至る。


とはいえ王都防衛の指揮を担うシャクラスは外に出ることなく、残りの六督位はそれぞれの地域に散って演習を行っていた。


その中でもシルタンス国領西方、カナカリー・フィスにて指揮を務めたのが、六督位の一人にして太平の八傑の第三傑。スターリン・クラドルである。


人を見出すこと、育てることに優れたことから人選眼のスターリンとも評され、四驍に至っては全員彼が目を掛けた将軍たちである。


カキュラム国に対して過激派寄りの中立派であり、もっと言えば無関心派である。というのも、先の大戦での遺恨が全く無いわけではないが、当時の生死を賭けたやり取りは当時の者たちにとって恩讐を越えた、極限に達した者たちだからこそ通ずる奇妙な縁、絆として抱いてしまっているからだ。


憎しみから剣を交わすことに躊躇いはないが、苦しみ故に酒を交わすことも躊躇わない。……そんな二律背反の感情に蓋をしたいと願っている。それがシルタンス国の英雄、スターリン・クラドルのカキュラム国に対する正直な想いだ。


その想いから関わらずを願った宿将は、この朝焼けを切り裂く、疾風(はやて)の軍勢を苦々しく睨みつけた。


千二百足らずの兵力を、初撃で減らされたスターリンは、それでも指揮下の将軍たちの奮戦もあり、部隊を取りまとめて急拵えの防柵を構えて対陣した。


救援を求めて軍使を三十ほど放ち、自身は所属不明の敵と相対すること二時間。敵の拙攻も手伝って何とか凌いでいた前線が、ついに崩される。その前線を崩した部隊の旗印を、スターリンは奥歯を噛み締めて忌々しく見つめていた。


「赤旗金糸に狼の紋様。破狼軍(はろうぐん)か」


所属不明とはいえシルタンス国軍を圧する辺りただの賊徒とも思えなかったが、流石にその旗印を国内の深いところで見ることになるとは思わなかった。


最初は経験の浅い若い兵士を送り込んでいたのだろう。前線の指揮を執っていた副官ルークス・バーズ上位将軍の率いる部隊を相手に、倍する数を持ちながら押し返されていた破狼軍は、ついに痺れを切らして本隊を投入したものと見える。


程なくして前線の維持が出来なくなったルークスが下がり、代わりにフェスト・ラキア上級中位将軍とベルサング・ドーナード上級中位将軍がそれぞれ百ずつの兵を率いて両翼から一撃入れて再度押し返すことに成功した。


再編のために一度部隊を下げる破狼軍を見て、スターリンは南方はヘイムラウ平原のエベリス隊との合流を求めて撤退を選択。部隊の殿はベルサングが務めながら、自身は数騎の護衛と参謀役であるクイックリー・ディアトロス上級中位将軍を率いて馬を走らせる。


「敵、再進軍始めた模様!左翼側より騎兵隊が突出!回り込みによる足止め部隊と思われます!」


「フェストに抑えさせよ。敵右翼の動きも警戒させつつな」


「ベルサング将軍、停止しました!」


「追いつかれると判断したか。……是非も無し、ベルサングの意気を無駄にするな!疾く駆けよ!」


逃亡しながらも入ってくる情報に奥歯を噛みしめるスターリン。負傷兵もそれなりに出てしまっているからこそ、それを庇いながらの撤退戦は難儀を極めた。


ベルサングの立ち止まるという選択は、殿という立場を踏まえればもうその身命を(なげう)つ覚悟を決めたことを伝えている。先の大戦においてもスターリンの指揮下で戦い抜いた歴戦の雄。その覚悟は慮るに余りある。


スターリンは手綱を緩めることなく我先にと走り続ける。先んじて逃げる大将の姿は兵の士気と信に(もと)る。そう受け取る者も少なからずいるかも知れないが、それ以上にスターリンは自身の高名さというモノを知っている。


自身が戦場に踏み止まり続ければ、それを守ろうと命を賭ける者が増えるだろう。彼我の戦力差の不利を理解していたとしても、だ。


初戦一当たりして彼が感じたのは、ここでの勝利に意味はないということ。それよりも大事なことは(いたずら)に兵を損じないこと。


そして己が討たれないこと。


「カミューの森が見えてきた!ここを左辺にぐるりと迂回しエベリス隊と合流する!」


(しゃが)れ声を張り上げ指示を出せば、クイックリーが旗を振り伝達する。細かい指示までは出来ないが“第一次目標地点に到着”と“右翼回頭進軍”の情報が後続に伝われば良い。


スターリンがカミューの森を視界に収めて斜傾に馬を走らせ、それに続く部隊が南東へと向かい始めたところで、正面から砂埃舞い上げて向かってくる一団を見る。


「援軍か!!」


誰よりも早く喜びの色を見せたのはクイックリーだったが、スターリンは容易に判断は出来ないと目を眇める。


馬が駆ける速度に合わせて近付いてくる砂塵が、徐々に輪郭線を浮かび上がらせれば、その一団の掲げた旗が金糸の狼であることに気付く。


「敵じゃ。……見抜かれておったか」


完全に進路上に現れた敵兵団に表情が曇る。数にして百あるかないかだろうが、護衛合わせて二桁足らずの一行を逃すような手勢ではない。


正面から当たるつもりはなく自然と右翼に流れるように馬首を向けるが、当然敵も合わせて動き出す。西への突破は苦しいと見たスターリンは南へと走らせる。


敵もスターリンたちへと寄せながら並走をするように騎兵を走らせた。馬に体力が残っていれば脚力勝負で振り切る選択肢もあっただろうが、長駆の末にある馬にこれ以上の速度は求められない。


じりじりと寄せてくる敵軍に、意を決してぶつかることを覚悟したスターリンだったが、そのタイミングで彼らを追い越す形で騎馬の一隊が敵の横腹を突く。


「掛かれぇッ!!将軍の退路を切り拓けぇッ!!!!」


スターリンに引き摺られて間延びした横陣に、迅雷のごとく突っ込んで行ったのはルークス。上位将軍の地位を得ながら誰よりも前に推し出る勇猛さは、この歳にあってなお翳りを見せない。


薄い横陣を突破するのではなく、中に入り込むや進軍の流れに合わせて並走しながら近くに寄る者を次から次へと斬り伏せていく。彼の率いた手勢もまた、十数名ながら指揮官と同じように敵の部隊の中に入り込んだ。


ルークスの部隊が割り込んだことにより敵の部隊は前後に分かたれ、後塵を拝することになった部隊はルークスを追い越せず、彼が意図的に減速することで隊としては大きく分離されてしまう。


「今ぞ!突破せよ!!」


ルークスの前を駆けていた騎兵は二十程しか居らず、明らかに兵力の差が縮まったのを理解したスターリンは、護衛らと一塊となって突破を試みる。


数の上では未だに不利ではあったが、ルークスの分断策で浮足立った部隊の統率の乱れと主導権の有無の差がその不利を覆す。


敵の一人でも斬り伏せて、と望んだスターリンではあったが、元来武を誇るタイプではなく、老境に至る肉体に無理も利かないことから、落馬せずに突破出来たことが最早満点と納得して駆け抜ける。


「ここまで来れば後はエベリス隊と合流するだけですね!」


同じく武を頼みとしていないクイックリーが喜色を浮かべながら言い放つが、抜け出せたのは自分たちだけで、千の将兵たちは敵の軍勢に飲まれてしまっている。この手勢のみで逃げ切ったところで未来(さき)があるのかと、スターリンは奥歯が軋まん程に噛み締めた。


「……ッ!?将軍、前方にまた敵影が!」


護衛の一人が指を差して声を荒らげたのを聞き、全員に緊張が走る。頬を緩ませたクイックリィーに至ってはもはや絶望の(かんばせ)である。


「数は五十……いや、三十くらいか。……怖じる暇なし!寄らば斬り捨て駆け抜けよ!!」


二重の伏兵など手の込んだ嫌らしい手立てを使う手合だと、スターリンは舌打ちしながらも握った剣に力を込める。百を相手にするよりは余程崩しやすい。兵力分散の愚を思い知らせてやると、憤怒に似た感情を滾らせて号令を降す。


その指示にもはや何度目となろうかという必死の覚悟を持って士気の下げ止まりを見せれば、護衛らとともに砂塵に向かっていく。


だがしばらく走り次第に駆けてくる相手の姿形を把握出来るようになると、スターリンは鋭い眼差しの眉根を一度寄せて疑念を抱く様を見せる。徐々に近づいてくるその一団の先頭を走る者の様相を見て、力んでいたからこその身体の弛緩につられるようにして、相好を崩した。




駆け寄るは焔を模すがごとき真紅の青年。その名は、シーザ・クラウド。

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