復讐者の逃亡劇 9
シルタンス国領・ヘイムラウ平原北部 カミューの森周辺域
ヘイムラウ平原を北に進むと見えてくる森。その名はカミューの森。
名の由来を知る由もないが、窪地をびっしり埋めるように育った木々は、外周から望むと目線の高さと平行に、その先端を微風がせる。
外周は緩やかな坂に見えるが、傾斜角にしたらそれなりにある。下るは易く登るに難い、まるで大きな蟻地獄のような、すり鉢状の地に生まれた森である。
森の外周を迂回するように東へと進路を取れば、そう遠くない距離にイングリッタの町が見えてくるはずだ。
「やっぱ足があると早いねー」
嬉々として呟くのは雪奈。その手に握られた手綱を巧みに捌いて馬を軽快に駆けさせる。
「ちょい、雪奈早いよ!もう少し速度落として!」
文字通りに雪奈の後塵を拝している城牙が声を張り上げる。
走らせることこそ出来ているが乗り方がぎこちなく、長時間乗っていたらお尻の皮を剥くんじゃなかろうか、と思わせるぐらい身体を上下に跳ねながらの騎乗である。気性の荒い馬なら振り落とされても仕方ないとさえ思える。
「じょーが!もっと馬に合わせて膝使った方が良いよー!あと速度出した方が縦揺れ落ち着くからもっと馬を信じてあげてー!」
「……だそうだ。頑張れー」
「簡単に言うけどねぇ!……てか、周陽は乗せて貰ってるだけじゃん!?」
「うるせぇ、乗れねえんだよ」
応援してやってるのに文句を付けてくるとは、城牙も言うようになったもんだと、雪奈の背にへばりつきながら心の中で呟く。
俺たちは今、エベリスさんに頼まれて彼らの軍から離れ、イングリッタの町の領主に救援要請の使いとして馬を走らせていた。
個人的には彼らの指揮下に属しつつ、スターリンとやらに会うことが出来れば最適解だと思ったが、先の城牙の交渉が上手く行き過ぎたことが仇となり、こうして別行動を取らされてしまった。
まぁ仕方ない。練兵のためとはいえ、まさか名のある御仁がこんな地方へと出向いているなど思いもしなかった。てっきり王都に向かえば面会する機を窺えると、思い込んでいた時点でこの結果は不可避だった。
……などと、宣う程度には状況が状況のため、護衛が付くという話は流れたが代わりに軍馬を譲ってくれた。先に鹵獲した八頭のうちの二頭と思えば譲ってくれたというのも可笑しな話かも知れないが、まぁ所有権は彼らに譲渡したばかりだから当然ではある。
最初は三頭譲ってくれることになっていたのだが、先述の通り俺は乗馬の経験が無く、譲られても乗りこなせない。
城牙は農耕馬で何かと役に立つかも知れないと練習していたこともあり、一人乗りであれば何とか乗れるといい、雪奈は幾度となく野生の荒馬に乗り遊んでいたことがあり、手綱無くても乗れるという。
結果、雪奈の後ろに俺が乗る形で、都合二頭譲り受けた。
というか、俺たちの追手をシーザが斬り捨てた後の移動の時に、同じように雪奈の後ろに俺が乗っていたことをエベリスさんは知っていたはずなのだが……。何故三頭譲ろうとしたのか。
「お?雪奈、城牙が遅れ始めた」
考え事しているうちに城牙の姿が遠のいていた。そのことに気付いて雪奈の脇腹を突きながら言うと、くすぐったそうに身を躙りながらも肩越しに振り返り確認する。
「ぬぅん、こっちもだいぶ速度落としてるんだけどね」
言いながら手綱を引いて速度を緩める。雪奈の手綱捌きが上手いのか馬が素直なのか、暴れることなくその指示に従う馬に感心する。
「馬ってこんな便利だったんだな」
「んー……てか、しゅーひはなんで乗れないの?機会は無かったわけじゃないよね?」
「いや、ふつーに怖ぇだろ。馬に乗るって」
「……はにゃ?」
俺の答えに小首を傾げる雪奈。
「えぇとぉうぉ……笑うとこだった系?」
「真面目な話系」
質問に即答したら尚の事首を傾げる。なんだよ、文句あんのか?
「へぇぇぇ、しゅーひに怖いって思うモノがあったんだー!」
感嘆の語尾が上がっていった辺り、俺への当て擦りポイントを一つ得たつもりで居そうだ。だがまぁ、今回乗ったことでだいぶ忌避感は減ったけどな。
「よっ、と?あれ、待っててくれたんだ?」
「待たなくて良かったなら全然待たなかったけど?」
城牙の言葉にそうと返せば、返事なくとも表情で冷たい対応良くない、と詰ってくる。そんな視線を受けながらもクックックッと喉を鳴らして笑うのは、互いに気心知れた仲ゆえだと俺は思っている。
「もー、エベリスさんからの頼まれ事もあるんだから早く行かなきゃなのにー」
「足場の荒れからしてもボクの馬術じゃこれ以上は無理だよ!」
雪奈の文句に強い反論をする城牙。確かに平原、平地と呼びはするが、雨上がりの草原はぬかるみのみならず、元々判然しにくい起伏があり、農耕馬で拓けた土地で騎乗訓練した程度の手綱捌きでは速度を上げるのは怖いことだろう。
ならば一度道に出るのも一案にはあったのだが、俺たちの村を襲った奴らと鉢合わせる可能性を考慮して却下した。
北東に真っ直ぐ突っ切るように進むのが一番ではあったが、エベリスさんたちの宿営地からどの程度の距離にイングリッタがあるかわからないこともあり、確実性を上げるためカミューの森を目指して馬を走らせてきた。
とはいえ城牙のペースに合わせていたら、イングリッタに到着する時間も夕刻は確実に超える。まだ空は茜に染まり始めていないが、それももうさほど先の話ではない。
「無理でも走らせないとな。遅れて困るのは俺たちだけの問題じゃない」
「乗ってるだけのヤツが偉そうによぅ……」
「おう。口だけ差し挟むのはラクで良い」
「……覚えてなよ。いずれ借りは返すから」
「有り難くねぇから遠慮するわ」
などとじゃれ合い貶し合っていると、カミューの森の一点に異変を見る。
平行視線上に木々の天辺が見えているからこその異変だが、数匹の鳥がギャァギャァ鳴きながら一箇所から飛び立っていたのだ。
「……あんな慌てて飛び出すなんて何かあったかな?」
俺の視線に気付いてか、城牙もその異変がある一点を見て首を傾げる。遅れて雪奈もチラリとそちらを見ると駒の足をピタリと止めた。彼女の行動に疑問を抱くと、雪奈はじぃっと森の中を凝視し始めた。
五感全てに置いて村一番の高感度を持つ雪奈のその反応に、俺と城牙も気を引き締め邪魔をしないように口を閉ざす。
俺の目では密度の多い森の木々しか見えないが、雪奈には中の変化が見えているのか。暫くすると手綱を引いて馬首を森に向ける。
「人が襲われてる!女性と子供!」
「うわっ、ちょっ、せめて声を掛けてから動け!!」
思わぬ動き出しに落馬しそうになった俺は落ちまいと雪奈の腰にしがみついて難を逃れる。だがすり鉢状の坂を下るとなれば体勢十分とは言えず、さらに腕を深く回して鷲掴むように雪奈の胸を掴んでしまう。
「あ、すまっ……痛っ!?」
手の柔らかな感触に対して謝ろうとして軽く舌を噛んでしまう。だが雪奈は胸を掴まれてることも俺が舌を噛んだことも気にかけることなく馬を走らせた。
「じょーがはイングリッタに向かって!あたしたちはあの人たち助けてくるからー!!」
振り返ることなく声高に叫んだ雪奈。それに対する返事がこちらに届く前に馬は森の中へと侵入していった。




