復讐者の逃亡劇 8
最初は戸惑いを見せていたエベリスさんも、会話を二つ三つと交わせば城牙の才覚に気付いてか、互いに交渉の要所を押さえつつ対話する。
とは言っても今回に関してはお互いの認識が初めから擦り合わせていたのではないか、というぐらいに噛み合っており、丁々発止な腹の探り合いすらなくスラスラと進む。
まぁ当然と言えばそうなのだが。そもそもこちらとしては交渉に値するほど有益なカードは特になく、賊の馬の所有権も宣言出来ないし、よしんば譲られたところで八頭もの馬をどうすれば良いのか困るだけだ。
それならば最初からエベリスさんたちに譲り、代わりに身の保証と護衛を頼むぐらいが折り合いの目処だろう。その想定は互いに持っていたものであり、エベリスさんたち国軍としても支援することは当然の義務ですらあり、否は無いものに見えた。
所に置いて難があったのは城牙の狙いどころである月代の名を伏せるという点であっただろうか。
エベリスさんも若さに比さずして上位将軍の地位にあるわけではない。目端の利きは鋭く、鹵獲品の様々を確認すれば馬体の逞しさや装備の潤沢さはただの賊徒にしては過ぎたモノであると見抜ける。その点について自問するような、こちらに何か知ることがあるのを探るような問いかけを投げてくるのを、城牙は知らぬ存ぜぬを決め込む。時には同意の相槌をすれど、確定するような発言や、たらればの想定でミスリードする。
俺なんかはそこまで知らないことにしなくても良いと思ったが、なまじ考察の種を与えることが、隠し事の露見に繋がる可能性を排除しているのだろう。
少年ならではの毒気の薄い表情からその裏を察するのは、付き合い浅いエベリスさんたちには少し難しかったようだ。
多少煙に巻かれている違和感からか、問いかけるエベリスさんの追求が前のめりの姿勢からも見て取れようとするタイミングで、ぐうぅぅ、と誰ぞの腹太鼓が鳴り響いた。
「……シーザ」
咎めるような眼差しで音の主を睨みつけるエベリスさんだが、当の本人は悪気なさそうに快活に笑う。
「だはは!鳴っちまったもんはしゃーない。実際腹減ったし、飯の用意もしといてなお話を続けるおまえらの方が気が知れん」
シーザの言うことに座の大体が頷く。エベリスさんが気を利かせて、交渉の終わり時に昼食を出せるように頼んでいたのだろう。帷幕の外に待機してるとはいえ漏れ入る食欲をそそる香りに、交渉のやり取りをしていない者たちは全員もう意識はそちらに向いてしまっている。
己の手際の良さが仇となったことを知って深いため息を吐きつつ俯くエベリスさん。暫しの間悩むように眉を顰めながら、仕方ないと開き直るように顔を上げた。
「膳を入れてくれ。せっかくの飯が冷めるのはもったいない」
熱を込めていた分残念そうな表情も窺えたが、ここで我慢させてまで問うべき話や引き出す情報も、もう無いだろうという風情を見せながら配膳を中に通した。
膳の物を見て正直驚く。エベリスさんたちの物と同じ物が目の前に並べられているからだ。
気さくに話せれど彼らは国軍の要職にある者たち。共食の機会を得られるなど、一介の村民には過ぎた分である。そんな当惑を察したのか、エベリスさんはからからと笑いながら説明する。
「大した持て成しでもない。そもそも、地位に合わせて料理を用意する手間が無駄だよ。平素なら多少考慮したかも知れないけどね」
「あ、はい」
正しく疑問点を解消されてそう返事する他なかった俺は、同じ疑問を持ちながらも顔に出さなかった城牙と、そもそも疑問にすら思わなかった雪奈を交互に見る。
二人の異なる反応に、それぞれのらしさを感じて細く息を吐き捨てた。
「そういえばなんだけど、周陽はその剣はどこで手に入れたんだ?」
出された食事をいただきながらしばらくして、シーザがふと声を掛けてくる。無骨な造りの鞘に納めているが、抜き刃の輝きは百本打ちや十本打ちの代物ではないことは、見る者が見れば分かることだ。
離れていたとはいえ遠目で見ても気になっていたのか。ようやく尋ねられた。と、忘れかけてたわ。という感情を綯い交ぜにした表情で聞いてきたシーザにつられて、エベリスさんも「ほぅ?」と呟いて視線を向けてくる。
「どこでって……親父の形見の品だが?」
「シーザが気にするほどのモノか。ちょっと見定めても良いかな?」
言いながらも断られることなど考えてもないのだろう。座を立ち上がり歩み寄ってくるエベリスさんに、少々の気不味さを覚える。
正確にはエベリスさんに対してというより、城牙の頑張りに対しての気不味さだ。
しかし、ここで拒否するのも怪しいもので、如何に父親が英雄であったとしても、高が剣の一振り。そこから月代の名がバレることはないだろう。
……ないよな?
「……どうぞ」
「そんな不安そうな顔せんでも。徴収しようとか思わないから」
俺の暗くなった表情に勘違いからの反応を返してくる。勘違いというより、今日に至るまで彼の地位や立場からの誤解で、そういうやり取りを繰り返してきた経験則がその発言をさせたようにも思う。
留め金を外して剣の柄先を胸元に当て、鞘を動かすようにして白刃を確認していくと、エベリスさんの目が徐々に徐々にと真剣なモノになり、抜き身にしたならばその眼差しは剣に釘付けになっていた。
「……大した剣だ。鞘の抜き払い一つにしても嫌な摩擦が無い。刃こぼれもなく、曇りが多少目立つが、武器としての本懐を果たしてなおこの程度なら、耐久性も申し分無い」
人を斬ったのはもう話してある通り。その後の手入れが出来ていないのは重々承知している彼は、付着している血の跡や脂を剣に見るも、まだ武器としての機能を保っていることを評価する。
剣によっては人一人斬って刃こぼれや付着した脂などで切れ味が落ちることがある。それを思えば人を斬ってしばらく時間を置いた剣が未だ白刃を輝かせているのは業物と評せよう。
「だけどこれは武器だけじゃないね。キミの技量もこの剣から感じるよ」
鞘を戻して留め金を掛けたエベリスさんは、俺に手渡しながらそんな一言を告げる。
「独学のみで成せるものではあるまい。キミの父親の教えは素晴らしいモノだったのだろうな」
「あ、いや……俺の剣術は親父譲りじゃなくて、どちらかと言うと同居人だった人の教えが強いかな?」
「同居人?……周陽くん。失礼だがキミの父親は……」
「俺が産まれて間もなく亡くなりました。なんで正直、声も顔も覚えてないですね」
「お、周陽もかい?俺も親父の声面知らんのよな、だはは!」
バツが悪そうに頭を掻きながら答えると、エベリスさんは一瞬しくじったと顔を顰めたが、彼の後悔に空気が沈む前に笑い飛ばすシーザ。
「産まれてすぐ死んだわけじゃないらしいけどな。でも俺が産まれる前にどっか違う女と蒸発したらしくて、成人したぐらいに風の便りで亡くなったって聞いたな。知らんが。だはは!」
「おまえんとこと一緒にしてやるなよ。……済まないね、知らなかったとはいえ変なこと聞いて」
「あー……いえ、お構いなく。割とシーザ将軍と一緒で、顔知らない分あんまり感傷的にならないというか、痛ましく無いというか……」
興味が無い。それが一番しっくりくる言葉なのだが、あまりにもエベリスさんが申し訳無さそうにするため逆に言い切り辛い。
言葉を探しているのが気を遣っているように見えたのか、エベリスさんはフッと力を抜くように笑って「この話は止すとしようか」と言って、元の席へと戻ろうかとするところで、テントの外が俄に騒がしくなる。
「何かあったか?」
「確かめてきます」
エベリスさんが疑問を口にするのとほぼ同時に席を立ったエリファさんが外に出る。出来る人だなぁ、と感心していると、分と経たずして戻ってきた。……と思ったら、駆け込んで来たのはやや面長な細身の男性だった。
しかしその表情と慌てた様子は、ここにいる全員をして容易ならざる事態が起きたことを理解させた。
「どうした、クラバース?」
「スターリン様の部隊より急使が参られました!内容は本日の朝方、所属不明の部隊からの襲撃があり、救援を求めるとのことです!!」
瞬間、部屋の中がざわめき立つ。言葉を発する騒がしさというよりも、各位の驚きと戸惑いが空気に滲むようなざわめき。
「状況は!?」
「二時間近く前に急使は陣を離れたらしく、その時分はフェスト将軍、ルークス将軍が前線にて奮闘するも、多勢に無勢にて時間稼ぎが限界と見て救援要請を出した模様。敵兵力は目算にて二千超とのこと」
「二千!?……スターリン殿の部隊は千程だったか……」
「それも最初の襲撃で兵を分散させられたらしく、態勢を立て直して対陣した時には二百程戦闘不能だったそうです」
クラバースと呼ばれた男の説明に舌打ちするエベリスさん。しかし黙する姿は不機嫌になったというよりは頭の中で計算を立てているようで。
「……シーザ!軽騎兵五十を率いて先行しろ。とにかく早くスターリン殿と合流して増援のあることを伝えろ!!」
「五十もいらん、三十で良い。代わりにぐだる連れてく」
呼ばれることを想定していたか外套を身に纏っていたシーザは歩きながらダグールさんを親指で指す。こちらは呼ばれることを想定してなかったか、えっ、と目を丸くした。
「……許可しよう。ダグール。シーザの副官として任命する」
「は、はい」
戸惑いはあれど指示には従う。慌てて立ち上がり外へと駆け出すのと入れ替わりにエリファさんが戻ってくる。
「エリファ、指示は?」
「陣を畳む暇はないので放棄。軽騎兵はすぐに出られるよう手配しました。歩兵一個小隊に必要な物資のみ荷積みするよう指示してあります。重装騎兵、重装歩兵はまだ装備をしないように申し付けております」
「よろしい。シーザ、ダグールは先発させる。クラバース、下位将軍の中から一人選抜して輜重隊の指揮を執らせろ。イムベル、カフィリアは除いてな」
「ではジギナに命じます。重装騎兵は私が率いましょうか?」
「そうだな……じゃぁそうしよう。エリファは重装歩兵を。本隊は両部隊の後発で陣を立つ。以上だ」
『ハッ!』
エベリスさんが指示を出し終わると残っていたクラバースさん、エリファさんも退出する。事への対応の早さを単純に感心している俺たちへと向き直ったエベリスさんは「さて」と一言前置いてから言葉を続けた。
「見ての通り、どうやら有事が起きてしまったようだ。おそらくではあるが、キミたちの村を襲った奴らのお仲間だろうね」
推察としての表現を使うも、その表情は確信めいた意志が伴っていた。
「その上でキミたちにお願いがある。聞いてくれるかな?」
尋ねるような口調だが、その実拒否は認めないという圧を感じる。
俺たち三人はそれぞれに顔を見合わせてから、ゆっくりと首肯した。




