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其れは、悲しみの、始まり。3

「かっかっかっかっ、相変わらず雪奈は元気じゃのぅ」


鉄鍋のぶら下がる囲炉裏端に腰を掛けて大笑するしわがれ声の好々爺(こうこうや)は、杖よろしく使われている細身の槍の石突きで、パチリ、パチリと爆ぜる音をたて揺らめく火をイジりながらこちらを見やる。


「笑い事じゃねぇんだけどな」


雪奈を宥めすかして帰路に着き、村に到着したところで解散。その後真っ直ぐ家路に着いた俺は風呂で汗を流してから同居人の白髪白髭の老爺ーーー八雲吹雪(やくもふぶき)に今日の出来事を話していた。


このじいさんは物心付く前に父を亡くし、一人で生きる術を得る前に母を亡くした俺の後見人みたいな奴だ。顧みれば感謝を以て接するべき人物なのだろうが、あまりの気安さと年不相応な軽薄さからどうしても口さがない言葉と態度で接さざるを得ない。まぁ当人も畏まられるよりはぞんざいな扱いの方がラクなのか、こちらの言葉遣いにとやかく言うことは今の今まで一度もない。


「まぁあやつはそういう性格じゃからのぅ。何より家に居て縫い物や炊事をする方がイメージが湧かぬわ」


「言うてその辺苦手じゃねぇけどな、あいつ」


枯草組み上げた敷物にどかっと座ると、じいさんは鍋から掬った粥を椀に注いでこちらに渡してきた。……のだが、その椀は二人の間を割って入るようにして横から取られた。


「やれば出来るんだから別に良いじゃん。ジッとしてるの好きじゃないし、そもそもキョーミがないんだよね、家事」


「……」

「……」


「?……どしたん二人とも」


『なんでおるん?』


人様の飯を横取りした犯人の顔を見ると、さっき別れたばかりの雪奈がひとつ口を付けて啜り、咀嚼(そしゃく)しながらこちらを見る。俺達の呆然と見つめた視線に動じないのも大したものだが、如何にして俺たちに気づかれず入ってきたのか。


所詮は木造の荒屋(あばらや)で侵入が容易いのはわかるが、むしろ建て付けの悪い勝手口の扉や、木板が外れ地面剥き出しの土間など音を立てずに歩くのが容易ならざる我が家の造りで、こうして背後を取られている事実は驚嘆に値する。


じいさんの反応からしても最初から居たわけではなさそうだ。


「いやぁ、帰ったら食べようと思ってたお肉がさ。無かったからご飯貰いに来た」


「無かったって、誰かに盗まれたん……じゃねぇなぁ、これ。いつぞやに食ったこと忘れてたな、その肉」


「せいかーい!さすがしゅーひはあたしのことわかってるね!」


表情が物語ってんだよ、表情が。


快活に笑う飯泥棒を睨めつけるも、経験則からこんな圧でへこたれる奴じゃないのは承知してるので諦めて、よいしょと腰を浮かして立ち上がる。


招かれざる客に敷物一つ取ってやろうという優しさからなのだが、雪奈は空いた俺の敷物にちょん、と膝を抱えて座る。おめーのために空けたわけじゃねぇんだが……。


「周陽、諦めろ」


物言いたげに固まった俺を察して呟いたじいさんは、ひょいと槍の柄で離れた場所にあった椀を一つ巧みに取ると、自らの足元に置いてある桶から水を取り濯いでもう一杯粥を取り分ける。


そうやって甘やかすから図に乗るんだぞ、と言いたいところだが、こちとらいい加減空きっ腹を満たしたいので、客用の敷物に座って椀を受け取った。


「そいやじいさんよ、“あの泉”って結局何もわかんねぇの?」


「ん?あぁ……わしの見る限りでは詳しいことはわからんかったわぃ」


「ほぉん」


粥を食みながら思い出したように尋ねたのは、このルア村の北西に位置する森の中にある泉の話。村から片道約一時間も歩けばあるその泉は、村中で今一番の話題である。


何故ならその泉は、半渡季前にこつ然とそこに現れたからだ。


最初の発見は村の若衆で、獣狩(ししがり)に出向いた帰りに見つけたのだが、村の老人衆としては信じられない話であった。その森自体はさほど広くもなく、何なら長年に渡ってルア村の狩り場として使われている馴染みの場所だ。なれば老人衆とて見たことがあって当然の話なのだが、今回の報告まで一切存在を知られてなかったのだ。


そしてそれは……又聞きになるが、自然の摂理の中で作られたとするなら規模があまりにも大きいそうで、まるで昔からあったように風情に溶け込んでいることから、常識で測るに有り得ないと皆戸惑っている。


若衆としては、距離はあるが新たな水汲み場が見つかったのだから歓迎している。だが老人衆はあまりにもけったいな成り立ちのそれに強い警戒心を抱いている。


なればとりあえず調査を。ということで何回かルア村から調査隊が泉を確認しに行っており、じいさんも村の顔役ということもあり三、四回足を運んでいる。


陽夕(ひばた)たちも連れて見に行ったが、やはり変哲もない泉じゃな」


粥を軽めにおかわりしながら足元の桶から水を掬い混ぜるじいさん。煮詰まり気味な粥を冷やしつつ、食べるというより飲む感覚で摂取するのを見て、味の美味い不味いよりも腹を満たすことを重視しているように見受ける。


「え、ばたやんも見に行ったの?」


「うむ、一昨日じゃったか?」


会話の流れだったがいらんことを言ったな。そう思う間もなく雪奈が身体を左右に揺らし始める。


「いーなー、いーなー、ちょーさぁいーいなー、いってみたいなー、おっそとのいずみー」


村一番の好奇心の塊であるこいつにそんな話をすればこうなるのは自明の理。調査隊は基本的に老人衆が買って出ていたこともあり、興味はあったが人選的に控えていた雪奈としては、若衆代表とも言うべき陽夕が行ったと聞いて、そろそろ自分も行っても良いと思っての催促なのだろう。


「聞いてたか?何の変哲もない泉らしいぞ」


「じいちゃたちの目が節穴の可能性はあるからね!じょーが連れていけば何かわかるかもよ」


面と向かって節穴扱いは可哀想じゃね?と思ったが、当人は気にせず楽しそうに呵々と笑う。いや、気にしないなら良いんだがな。


「よし、そうと決まったら行こう!明日とか!」


「今日は夜番だと言うてるが?」


目を輝かせる雪奈に冷水浴びせるように呟くが、テンション高まった彼女には効果無し。


「なら明後日?」


あ、これ順繰り聞いて空いてる日捕まえるやーつ。


そう気づいて顔を強張らせると、隣で話を聞いていたじいさんが椀をくいっと呷ってから雪奈に指差す。


「あー、すまんのぅ雪奈。明後日から二日は周陽と(しずく)に昨日狩った獲物の捌きを頼んであっての。狩り出すならその翌日で」


「えー、もぅ仕方ないなぁ」


仕方ないと不服がる理由もわからんが、俺の意思決定はないままに予定が埋まったらしい。解せん。


ちなみに獲物の捌きとは村人の肉の確保とその毛皮や角、牙、爪を仕分ける作業である。仕分けた素材は工芸品として作り直して、一渡季に一回やって来る商隊(キャラバン)に売る。


無論狩猟による獲得物のみが売り物だけではなく、鍛冶に必要な鉱物や畜産物、農産物も売買するが、これは若衆にとって己の力の証でもあり、ルア村では非常に歩合の高い収入源だ。


人によっては見張り以外は狩猟組に加わるというヤツもいなくはないが、俺は一渡季一回ぐらいで良い。ぶっちゃけ面倒なので。


代わりに獲物を捌くことで駄賃を得る。これはどちらかというと老人衆の仕事になるのだが、やはりデカい獲物がある時は吊るすのも一苦労ということで若衆も混じる。その混じる若衆がだいたい俺だ。


「まったく、村一番の武芸者と言って差し支えないくせに、捌きにしか参加せぬとか……」


「おっと、急に愚痴るんだが?」


小言をぼやき出すじいさんに目を向けると、頬がほんのり赤みを帯び、人の良さが滲む目元が座ってこちらを(すが)めている。


俺の記憶の限りこの状態は酒酔いに見えるが、こいつ呑んでたか?と尋ねるように雪奈を見やると、雪奈はちょいちょいとじいさんの足元を指す。そこにあったのは俺の椀を濯ぎ、じいさんのおかわりの粥に継ぎ足していた水の入ってた桶。


「……水じゃなかったんかい」

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