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其れは、悲しみの、始まり。2

シルタンス国領・ルア村



大分暖かさが戻ってきた地の二季。南から吹く風は木立ちをざわめかせ、草花の香りを漂わせる。


ぐんと天に届けとばかりに伸びた木々に囲まれた開けた草原。いくつかの切り株から伐採されて切り開かれた広場だとわかる場所に俺たちは居た。


「がんーばれー、まけーるなー」


気の抜けるような間の延びた掛け声で声援を送るのは、大人二、三人寝転がっても問題なさそうな大輪の切り株に膝を抱えて座る黒髪の女性ーーー雨宮雪奈(あまみやゆきな)。声援こそ間延びしているが、ハッキリと通る声は幼さとともに天真爛漫な陽気さが含まれていた。


声に幼さが含まれているとはいえ、その肢体は引き締まる所はしっかり健康的に引き締まり、女性としての主張はハッキリとした肉付き具合。それを黒と灰のツートンカラーで左右異なる色使いのノースリーブのロングシャツを羽織り、長めの裾がスカート代わりに、チラチラと覗くふともも露わなホットパンツスタイルで身を包んでいるとあれば、男が目を奪われるのは仕方ない。


その声援を背に受けながら正面、幅の広い眼鏡を掛けた淡い金髪がふわりと踊る少年ーーー城牙太陽(じょうがたいよう)を見据える。


まだ未発達な少年特有の頼りない線の細い身体付き。それでも鍛えて無ければ生まれぬ腕の筋は彼の努力の証。己が成長期を期待して買った少し大きめの服は見るからに丈が合って居らず、口元が見え隠れし、袖も捲りあげていなければ指も隠れるほどに長い。先々を見据えた判断力を発揮しつつも、悲しいかな現実がまだそれに追いついてくれていない。


それぞれに模造の剣と槍を構えては打ち合い、木製ならではの硬くも軽い音が響かせ、一呼吸置くために一度間を取ったところ。肩で息をする城牙に対して俺ーーー月代周陽(さかやきしゅうひ)は右手に持つ木剣を軽く手のうちで投げて、握り直してからぞんざいに間合いを詰める。


「左、右、右、喉突きから胴薙ぎ。目視だけじゃなくて肩を見て次の攻撃を予測する」


迫るなり掛け声から半拍タイミングを遅らせて攻撃を繰り出していく。


「くっ…ぬぐふっ、のにゃ、てぃっ、おぎぃ!?」


対して、意味を含まない言葉を漏らしながらこちらの繰り出す一撃一撃に、槍を盾として受けては払い、流しては避けてと凌いでいる城牙。動きとしては大きく無駄が多い。こちらの攻撃を凌ぐのがやっと、と見える動作の一つ一つが反撃するに至れないことを示しており、俺も攻撃の手を止めない。


彼のことを知っている身としては、これでも良く対応出来るようになったものだと感心するレベルではあるのだが。


「じょーがー、がんばれー、いきのこれー。しゅーひー、ふぁいとー、ぶっとばせー」


「ちょい!気ぃ散るからその間延びした応援ヤメて、雪奈!」


「周りのせいにするな。ほれ、下……からの顎」


「じょぇっ!?」


身体を捻りながら躱した胴薙ぎだったが、瞬間視線がこちらから切れたのを把握した俺は、胴薙ぎの動きに逆らわず鋭く一歩踏み出してより懐にもぐりこみ、掛け声からの攻撃を繰り出す。


城牙も掛け声に反応し、彼なりに想像して回避するのだが、慌てふためいた動きの後が続くわけもなく。


「はい、打ち首」

「がふっ!?」


足がもつれ膝から崩れて、地面によつん這い体勢になった城牙の首の後ろ付け根を、木剣が強かに打ち付けた。


パチンッと音だけ派手に鳴ったのは、当たる瞬間手首を捻り剣の腹で打ち据えつつ、握力を弱めて肘を引きながら振り抜く。一連の流れからやるには割と高度な技量を求められる手加減の一撃なんだが、今回の手合わせのような具合ならいくらでもやれる。


まぁ打たれた方は十分痛いのだが。


「っ……痛ぁぁ…」


「勝者、しゅーひ!勝利の感想をどうぞ!」


「腹減った」


痛がる城牙を見もせず俺の右手首を掴んで高々と挙げた雪奈。


今日に限って6戦全勝。こうして実践形式の訓練を始めてから100戦以上負け無しともなれば、勝利の余韻も無味。空いてきた腹具合から晩飯に思いを馳せるのは自明である。


吹き抜けの空を見上げるとまだ明るいが、ここに来た頃に比べてだいぶ低い位置へ動いている太陽を見るに、そろそろ帰宅の途に着くべきだろう。


「え、あたしの番は?」


「おまえとやると長引くから今日は終了。……ほれ城牙、立てるか?」


打たれた首を擦る城牙に手を差し伸ばす。上手く手加減出来たし、痕も残らないとは思うが、痛み自体はもう少し後を引くかも知れない。


そんなことを考えている間に擦るのを止めて俺の手を取り立ち上がった城牙は、槍を一振り二振り薙ぐ。


「どうした、折れたか?」


「いやそういうわけじゃないんだけと。まだ取り回しがしっくり来てないな、って」


「そらまぁ握り始めて一渡季(とき)(一月)経ってないのに身に付いてたまるかよ」


そんなことを言い返しながら槍……というよりは棒を振る城牙の姿を眺める。一渡季経ってないとは言ったものの、意外と様になっている辺り見込みはありそうだ。


最初は片手剣を学んでいたが、自身の膂力が無さすぎて攻めるに剣速は遅く当たらない。守るに受け切れずに弾き飛ばされ、受け流せないで正面から鍔競り合いになると受けたまま自分の身体に押し込まれる。さらには木剣ごときで振り回して重心を失うという体たらくであった。


それについては何より線の細すぎる身体が悪いのだが、齢十四を捕まえて多くは求められないだろう。なのでせめて身体が出来上がるまでは片手剣を諦め、両手で掴み、重心が安定しやすい槍を学ぶようにし始めた。


もっとも、本物の白刃の付いた槍を取り回すには全然地力が足りてないのだが、いかんせん片手剣の頃の城牙の動きの悪さが頭に残り過ぎていて、まだマシと呼べる槍の動きに生暖かい目を向けたくなるのだ。


「まぁあれだ。良くはなってきてるとは思うぞ。あんま槍は一家言(いっかげん)持ち合わせてないから雑な感想になるが」


「てか、周陽は剣も別に一家言持ってないでしょ。我流の感覚のみでやってんだから」


ジトリと身体を動かした疲労感とは画した疲弊の籠もる眼差しを向けられる。非難の秘められた眼差しだ。俺がマゾならゾクってたところだが、俺にその属性はない。


「感覚だけでいったら雪奈には負ける」


「おー、照れるなぁ」


今日は終了して帰るぞ、と言っているにも関わらず模造の短剣二本を左右それぞれに握り、ビュンビュン振り抜いて素振りする雪奈。今は抑え気味の素振りだが、軽い造りの木造の短剣なら残像を起こすような剣速を繰り出せ、“引き”の鋭さは特筆に値するだけあって懐に飛び込ませるのを躊躇わせる圧を持つ。


流石に負けたことはないが、城牙より明らかに上手の双剣使いであり、俺達の村でも五指に入る武芸者だ。


「つぅか仕舞え。何やる気出してんだよ?」


「え、本気で帰る感じ?」


「今日夜番だって言ってんだろが。飯食ったら軽く仮眠する予定なんだよ」


うちの村ーーールア村はシルタンス国でも僻地に当たる村落で、東に切り立った崖を辺に、半円を描くように村をぐるりと切り出した木々を柵にして囲っただけの村だ。柵自体も二メートルを越えるかどうかという高さしかなく、横張りの板と板の間隔も場所によっては、身体をねじ込み通ることが出来てしまうような粗雑な作りだ。


辺鄙(へんぴ)なところにある村なだけあって外には野盗や都落ちした犯罪者などが隠れ住んでいる。油断したら家畜や農作物の備蓄、下手すると命を盗られかねない危険な土地だ。故に北西と南西に櫓を作り、夜通しの番を村の成人男子は日替りにこなさねばならない。


まだ地の二季ともなり楽になってきたが、これが水の季間だと洒落にならないくらい辛い。寒さもだが夜が長いのが特に心がくじける。


今周季……というか来渡季の三日には城牙も十五歳となりめでたく成人だ。仲良く星を見上げて数かぞえながら過ごそうや。


……などと人の悪い呟きを心中に吐いて、言語化せずに溜め息として外に出す。結局苦楽の共有が出来るってだけで、俺がラクになるわけでもなし。何より今日の話じゃないので溜飲を下げるには至らない。


何か考えてたら億劫になってきた。そもそもこいつらに連れ出されなければ惰眠を貪るつもり……いや、それはさすがに八雲のじいさんが許さねぇか。とはいえこんな時間になるまで出掛ける予定ではなかった。軽く汗もかいてしまったし、早く帰ってサッと流してしまいたい。


ぷぅ、と頬を膨らませて恨みがましく見てくる雪奈。あんだ?突くぞその頬袋。


「……じゃぁ明日またやろう!」


「夜番って聞こえてませんでしたかね?終わったら寝させろや」


IQ120ぐらいの知能指数から導き出した最高の思い付きがある。と言い出しかねん笑顔で提案する雪奈の言葉を、即座に切って捨てる。朝焼けの解放感とともに眠るあの至福の時間は譲らん。


「ぶー!ぶー!」


「ぶーたれんな。ほれ、帰るぞ。城牙ももう帰れるな?」


「うん、大丈夫」


「ほれ見、年下の城牙の方が聞き分け良いぞ?」


「じょーがは早く帰って本読みたいだけですー。自分のよっきゅーに正直なだけですー」


「それな」

「だから?」


何の問題もないが、と首を傾げる俺と同時に指をさして同調する城牙。事実俺の要望は一時帰宅の上、食事と風呂と仮眠をすることであり、大前提としての帰宅が叶うなら城牙の欲求がどこに向いてるかは問題ではない。むしろその反対意見を宣う雪奈を説得するのが当然なわけで。


「やーだー!たーたーかーうーのー!しゅーひをぼこぼこにするのー!」


「百周季はえぇわ」


付き合い切れん、と切り株に立て掛けていた剣を拾い上げる。今は亡き父親の形見の剣だが、自分の使いやすいように鞘は作り直している。


革紐で括られた黒革の鞘を肩掛けにして留め金を絞り、持ち手が下向きに、左腰の辺りに来るようにして背負う。言うまでもなく白刃の納まるその鞘は、重力で勝手に抜けないように柄に掛かるように留め金を掛けている。


これは留め金を外せば下から抜いてすぐに攻撃に移れるようにした工夫である。村の鍛冶師に頼んで作って貰ったが、留め金の外しやすさと納めている時に勝手に外れないようにするための強度造りにくっそ手間が掛かった。と文句を言いつつも楽しそうに語っていた。


それと木剣を片手にもう一度雪奈に向き直る。さすがに剣を背負い直した姿にこれ以上言っても心変わりはないと見たか、明らかにローテンションでだらだらと自分の荷物を片付け始めた。


……こんなことなら一戦して容赦無くぶん殴っておいた方が早かったかも知れんな。と思ったが、口には出さず夕紅に色付かんとする空を見上げて肩を竦めた。

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