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其れは、悲しみの、始まり。17


「八雲……吹雪……!?」


俺の説明を聞いて譫言のように復唱するイティイバ。彼の視線がどこにあるか見えるわけではないが、八雲殿が肩を軽く竦めた辺り、呆然とその顔を見ているのだろう。


とはいえ仕方ない。八雲吹雪と言えば先も言ったようにカキュラム国破天将軍位を担い、先だっての戦で四国連合を追い詰めた異才の英傑。もしもあの戦をカキュラム国が勝利を収めていたのなら、歴史に刻まれた名は太平の八傑ではなく、この八雲吹雪の名であっただろう。


八雲殿が退役してから国に仕官したイティイバ。彼が顔を知らないのは仕方ないどころか当然なのだ。ただしその名を知らぬわけではない。カキュラム国に生きる者にとって彼の者の名は尊敬と畏敬を以て対するべき名である。


「……俺の記憶が正しいなら七十超えてるよ、な?……え、終戦時五十余で、退役がその四周季後で……今でしょ?え……七十五くらいいってないか!?」


「確か七十三歳。……いや、イティイバ。おまえの困惑は正しいよ」


「つぅわりには落ち着いてんな、カイエン!?」


「取り乱すのすら忘れて驚いてるだけだよ。正直本物か訝しむレベルだ」


言いながらも偽者であろうはずがないと本能が伝う。見間違えるはずがないのだ。俺にとって師であり、父であった人物を。


困惑の中、ポツリ、ポツリと頬に水が滴る。不安定だった天候がついに涙を零し始めたらしい。


「……何と申し上げたものか悩みますが、御健勝で在られたとは存じ上げませんでした」


「わしもここまでくたばり損なうとは思わなんだ。……おかげで見たくもない顛末を見届けねばならぬようじゃわ」


呆れた口調と言葉の柔らかさには八雲殿の心中にも懐かしさが去来しているのを感じる。そしてそれは知己であればこそ、遣る瀬無い無念さを滲ませてもいる。


「自身、卑小なる才覚にて、八雲殿のご懸念の事態を避けること叶いませんでした」


「何があった……と、問うても最早詮無いことであろうな」


頭ごなしに叱るではなく寄り添う声を掛けてくる八雲殿の言葉に唇を噛みしめる。


八雲殿はこうなる未来が見えていた。そうならないように努めることを、国を去る前に言い付けていた。俺たちはそれを守ることが出来なかったのだ。


“国父”とまで呼ばれ、フォント、ヴォルト、イルサード、更にはその前王シェバト王の時代から数えて四代ものカキュラム王家に仕えた一代の名将・八雲吹雪。


彼の薫陶を受け、その後を継いだ俺がこうして目の前に立っている。八雲殿とすれば卒倒しかねないほどに不快感と喪失感でいっぱいであろう。


「……ゼンはどうした?あやつがこの状況を素直に受け入れるはずがなかろう?おぬしを殴ってでも止めれるのはヤツしか…」

「死にました」


俺の答えに八雲殿は目を大きく見開き、数瞬の静寂を挟んでから頭を振る。


「…………そうか……そう、か……」


沈痛な面持ちはその事実を知ったことにより、俺たちの行動の理由を察した故だろう。十五周季の時の流れを経たとて、カキュラム国のことを知る彼にはおおよそ何が起きた結果なのか、わかってしまうのだろう。


「……残念ながら、いつまでも話し込んで居られる状況でもありません。八雲殿が存命で在られた事実を先に知っていれば別の手立てもございましたが、このような事態に陥っていますれば」


そう言って槍を構える。むしろ語に表したのは自らに言い聞かせる部分もあっただろう。


それだけ慕う気持ちは今をして損なわれていない。どうせ交わすならば槍よりも酒で有りたかった。だがそういうわけにもいかない。何より今さら……彼の(つい)の地とした村を焼き、友人知人を屠った俺たちに(くだ)るとも思えない。


八雲吹雪の名を知らしめ、最も恐れられたのは軍略と用兵術。それは老いたからと失われるものではなく、多少錆びるとも磨き直せる代物だ。錆びているとも限らない。万に一つ、彼を生き延びさせてシルタンス国に身を寄せさせようものなら、百害あって一利なしだ。


生かしておく理由がない。その結論に達すればこそ、俺は槍を構えざるを得なかった。


「ご覚悟を……ッ!?」

「カイエンッ!!」


八雲殿を見据え、彼が構えるのを待とうとした瞬間、イティイバが叫ぶように声を上げた。


それが何を意味しているかは目視にて理解する。右手側、3、4メートルはあろうかという丘の上から人影が飛び降り、着地するなり真っ直ぐこちらに向かって駆けてきた。


着地時点で俺との直線距離は五、六歩という近距離に降り立ったその影は、その数歩の距離を前傾姿勢で駆けて下から上へと剣を振り上げてきた。


ガギィィンッ!


鋭い一撃は思いの外重く、槍を水平に構えて受けた瞬間、抑え込めず弾き飛ばされるように上にかち上げられてしまう。


「ッ!?」

「させっかよぉッ!!」


無防備になった腹部に返しの剣撃が繰り出されるも、その二撃目は遅れて反応したイティイバの大剣が下から斬り上げて弾き飛ばした。


キィンッ、と軽い音を上げて空へ剣を飛ばされた襲撃者は、俺の攻撃は元よりイティイバの追撃も食らうまいと、剣を弾かれるとともにバク転気味の側転をして間合いを空けると、滑るようにして軸回転しながら八雲殿と俺の間に立つ。


空を舞った剣はイティイバの大剣にへし折られる前に、意図的に自ら手放したのだろうか。クルクルクルと回転しながら襲撃者の頭上に落ちていくが、一瞥することなく腕を伸ばして柄を掴む。流石に自らの手元に飛んできたのまでは偶然だろうが、襲撃の一連の流れからの身のこなし。只者であろうはずがない。


襲撃者は青年。雨に濡れた前髪は額に張り付いているが、その毛色が異質。栗色を基調としていながら、グラデーションを挟むことなく眉を境に毛先が鮮やかな緑……海緑色と呼ぶべきか?そんな色に染まっている。後ろ髪も同じく襟足から先、一定以上に伸びた髪は海緑色に染まっている。こちらを睨む眼差しは明確な敵意を放ちながらも、深みのある緑の眼。身長からしては細身に見える肢体は、七分と九分で異なる長さの袖口から覗く腕の引き締まりを見れば鍛え抜かれた身体を想像し得る。


強襲に失敗したとはいえ、こちらに冷や汗一拭いさせる程度には冴え渡る武威に、否が応にも興味が湧く。手の痺れを振るい治めながら青年の眼光を正面から受け止めた。




……後に思えば、この瞬間が全ての始まりだったのだと、述懐することになる出会いであった。

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