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其れは、悲しみの、始まり。14

シルタンス国領・ルア村 南部



火の手が上がった瞬間、只事ではないと判断した。


燃え始めたのは北東部。工場も抱えていれば火事の可能性から消火の備えはしっかりとしている。しかし初期消火は機能せず、拡がり方も一箇所からの小火騒ぎには思われない。とすれば何者かによる放火である。


そして賊の仕手にしては手際の良さと意思を感じる。火を付けて混乱を生むことを手段とし、主目的をぼやかしている。本当に賊のやり口だとしたら食料や金目の物といった物品の要求が先にあるはずだが、それがない時点で察するところはある。


そう遠く南の荒屋(あばらや)から眺めていた老爺ーーー八雲吹雪は眉間に深い皺を寄せて大きくため息を吐いた。


「平和を戴けたのも今日(こんにち)までのようじゃ、輝煌よ」


嘆きは悔恨の色を滲ませるが、その呟きを聞く者は周りにはいない。八雲は槍を手にして村の中央から背を向ける。


喧騒が響き始める。事が単なる失火や事故によるモノではなく、何者かによる襲撃だという証左を示している。


村の顔役……もはや村長と呼ばれて当然の身だが、その責務を果たすつもりがあるようには見えない。


ゆっくりと、しかし当人の(よわい)を考えればしっかりとした足取りで向かう先は村の共同墓地。


墓の手入れは村の老人衆が当番制でしていたこともあり、雑草もさりとて野放図に散らからぬ拓けた土地に、幾つかの巨石が立っていた。


所詮は限界集落寸前の村の墓地。一家名毎に墓があるわけではなく、この地の好きなところへと火葬後の遺灰を埋め、墓標代わりの巨石に名を記す。それを以て墓地としているに過ぎない。とはいえこの地に毎周季鎮魂の祝詞(のりと)を聖職者に頼む程度には慰撫もしてはいた。


そんな場所へとやってきた八雲は、若い頃に比べて明らかに身体が言うことを聞いてくれないことに焦れながらも、ある一つの巨石の前に立つ。


「……埋められたままであったなら良かったんじゃがな」


槍をスコップ代わりに掘り返し始める。ここにあるモノを埋めてから約十周季余り。一度掘った場所だからと未だ柔らかいわけもなく、ガリッ、ガリッと削るように掘り進めていく。


状況下、ゆっくりするわけにも行かず、しかし思うように掘り返せないことに気が急く。あるいはここではなかったかと疑念もチラついてくる。


それでも一心不乱に削ること5分。ゴッ、と手に伝わる感触が変わり槍が一度引っかかって止まる。


「……こいつか?」


しゃがみ込んで顔を近付ける八雲。掘った穴から出てきたのは元々は質の良い生地であっただろう白布。土に塗れ元々の価値は無くなっていたが、この布が重要なのではない。


確認したモノが求めていたモノだと確信した八雲は、さらに布周りを槍で削るように掘って行く。


そう時間を経たないうちに全貌が現れる。白布は何かを包んで埋められており、掘り出した八雲がそれを掴んで取り上げ包みを剥ぎ取ると、そこには手の平サイズの木箱があった。


木箱の腐敗、風化を防ぐための布はちゃんとその役目を果たしており、八雲が手にした木箱はその姿形をしっかりと保っていた。


「全く、扱いがぞんざいなモンじゃな」


それでも木箱の中身を知っている八雲としては渋面を浮かべて肩を竦める。長きに渡り埋められていたとは思えない強度を残していたとしてだ。


木箱は被せ蓋式であるが、長らく放置されていたが故の結着の硬さがあり、老境に至り指先に力を入れるのが不得手になってきた八雲には中々手を焼かされることになったが、何とか外すことが叶うとその開いた勢いで中身がポロリと落ちてしまう。


「うぬ!?どこに……あったあった」


一瞬見失い狼狽えたが、足元にあったのを見つけてホッとする。


片膝落として指で拾い上げたそれは、八雲にとっては初めて直接お目にかかる代物であり、二十周季昔の記憶を呼び起こせば不条理の光景が浮かんで、苦い笑いが自然と綻ぶ。


「……一度きりとはいえ、使われたらたまったものではなかったのぅ」


手にした代物は自ら発光しているのかと思わせる光沢の宝石を付けた指環。橙よりも赤みが強い代赭(たいしゃ)と呼ばれる色が近いその宝石は、見るからに稀少性の高い指環であることがわかる。


それは単純な印象。それだけの存在感を放つ指環であった。




その名は“爆発指環(エクスプロードリング)”。月代輝煌が先の戦で一度だけ使った“十天指環(ニィオラルリング)”の一つである。

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