其れは、悲しみの、始まり。9
管理者のたどたどしい説明を要約すると、彼は幾つかの世界を見守る担当を担っているらしく、俺たちの世界がその中の一つであると。そして観測している中で近い将来、高いレベルの危険が起きる可能性を察知したため、さらに精密な観測、検査をするために世界へ干渉して調査をしようとした。その過干渉の結果があの泉であり、ある種世界への歪みを生んだ。
泉は彼の世界と俺たちの世界を繋いだ証のようなもの。とはいえ、彼や彼の世界を逆探知出来るほどのものではなく、こちらの人間にはどう探ろうと不思議な泉が生まれたな、という認識以上の結論は出せないだろう、と思う程度の歪みだという。
ただその程度の繋がりだとやはり彼も満足行く調査が出来なかったらしく、致し方なく現地民との対話を以て知識を得るしかない。と考えていたところで俺たちが泉の調査にやってきたので、これ幸いと会話出来るか試してみたらすんなり行けたので、変に怯えて逃げられても困るからと、時空の狭間にまで招待した。……ということらしい。
簡潔にまとめたつもりだが、正直俺の理解力の範疇で、という前置きが必要になる。というのもこの管理者とやら、能天気なのか話下手なのか、一方的に話しながら幾つか言葉や文節を飛ばしたせいで上手く説明出来ていないことが多々あり、城牙がその都度質問と修整、一つ一つの結論付けなどなど、散らかる話をまとめながら対話を成立させてくれていたから何とか理解が追いついた。
そうじゃなければ今頃俺も、雪奈と同じように脱力に身を任せてクルクル回転していたことだろう。ちなみに雪奈は4周目に入ろうとしている。
「成程。で、ボクたちから欲しい情報というのは?」
特に疲れた様子も苛立つ様子もなく淡々と対話を続ける城牙。ホント、すげぇと思う。俺が一人で対話をしてたらどっかでブチギレるか疲労困憊から休憩を求めるところだ。
『そだねぇ、とりあえずキミたちの世界情勢と……なんだっけ?属性指環ってやつ?それの詳細な情報が知りたいな』
「属性指環?」
今まで二人の会話に口を挟まないように気をつけていたのだが、ふと尋ね返してしまった。
『そう、キミたちの世界にしか存在していない兵器とも言えるアイテム。こちらの把握している限り現代指環と呼ばれるモノは危険視してないんだけど……』
「古代指環……特に“十天指環”については別だと?」
『それ。それが気になってる』
城牙の問いに肯定する管理者の声は、今までの明るいフレンドリーな口調とは異なり、真に迫る響きが感じ取れた。
「うーん……まぁ教えるのは良いけど、それなりに時間がかかるよ?それに世界情勢は飽くまで一般的な風聞とボクの独自解釈での偏りが入っちゃうけど?」
『構わないよ。時間に関してもここの時間の流れは緩やかだから、キミたちを帰すのをどれだけ遅くしても、向こうじゃ昼ど真ん中ぐらいだと思うよ』
「ふーん、なら良いけど……」
「帰す……そういや俺って向こうじゃどういう状況になってんだ?」
管理者の言葉にふと思い出す。泉の中を泳いでいたところを連れて来られた割には、俺の身なりは半裸ではない。外套もちゃんと着込んだ状態でここにいる。
『あー、まぁ少しだけキミたちの世界の時間を巻き戻した後回収してこっちに来てもらってるから、帰ってもらう時は三人ともあの焚き火してる辺りに寝ころばせておくよ』
時間を巻き戻した後、という何かすごく凄まじいことをサラリと言わなかったか、こいつ?
『言っても30分が限界だよ。あ、時間って分だっけそっち?四半刻とか三短過とかになる?』
「分で通じてますよ」
むしろなんだ、その半刻とか短過とかは?
「では改めて、この大陸の五大国家はわかりますかね?」
『国家として歴史の古い順から、シルタンス国、カキュラム国、スコール領国、リーヴィア龍国にアリーシ砂国だね』
「その五国で均衡を取ってるってことになってるんだけど、実際はカキュラム国対他四国ってのが正しい構図になるのかな。もちろん、四国の間でもそれぞれ政治摩擦はあるんだろうけど、軍事大国であるカキュラム国を仮想敵として置くことで協力関係を築いてるって感じかな?」
『ふーん』
「で、カキュラム国はその国の成り立ちからしてもシルタンス国とは不倶戴天で、世界情勢が不安定になるとすればここの二国間の争いからってことが専らですかね」
城牙の説明を管理者共々聞きながら顎を撫でる。不倶戴天を声高に叫んでいるのはどちらかというとシルタンス国側で、古くは“覇帝”や“黎明帝”などと呼ばれたシルタンス国の祖ティルヤナフ・ヲ・シルタンスがイーストリア大陸を統一したことによる栄華を誇りに、シルタンス国の統治に反逆し独立したカキュラム国の存在を認めないとする論調故だ。
「カキュラム国もシルタンス国を意識して教義を対極に置いてるんです」
『教義?宗教ってこと?』
「宗教……ってのが何のことかわからないけど、各国それぞれに信奉してる属性があるんです。それを教義と称してます」
『ほほぅ』
城牙の説明に感嘆するような返事を返す管理者。ちなみに五国の掲げる教義はそれぞれ次の通りになる。
シルタンス国が掲げる教義は天と陽。“王道たりし天と世を照らせし陽の加護ありし国”。
カキュラム国が掲げる教義は闇と月。“安らかなる闇と誇り高き月の加護ありし国”。
スコール領国が掲げる教義は雷と湖。“喜怒示せし父たる雷と哀楽受け止めし母なる湖の加護ありし国”。
リーヴィア龍国が掲げる教義は空と風。“大いなる空と自由なる風の加護ありし国”。
アリーシ砂国が掲げる教義は炎と大地。“猛々しき炎と堅固なる大地の加護ありし国”。
それぞれの掲げる教義は、自然その国の気風を示すモノとなっており、良し悪しはともかくにも各国の色が大体見えてくる。
管理者にもそれが伝わったようで、半分納得、半分困惑の含まれた『なるほどねぇ』が漏れ聞こえた。
『ということは十天指環は各国それぞれに分配されているっていう理解で良いのかな?』
「それが実はそうではなくてですね。イーストリア大陸は本当に、それはそれは幾度となく戦争を繰り返してきた歴史がありまして、十天指環はその中で散り散りになってるらしいんですよ」
『マジか。それって結構問題じゃない?属性指環ってキミらんとこの……謂わば兵器なんでしょ?』
属性指環。属性核と呼ばれる希石を嵌め込んだ指環で、使用者の意思に応じて属性核の性質に沿った能力を顕現することが出来るモノだ。
中でも十天指環と呼ばれているモノは、通常自分の周りに火を起こしたり、風を舞わせたりするぐらいのことを、泉を干上がらせるほど熱したり、竜巻を作り上げる程の暴風を起こすことが出来る代物とされている。実際先の戦ではカキュラム国側で灼熱指環の使用が確認されたという。
「あと、兵器とまで呼べるのは流石に十天指環を含めた古代指環だけですよ。まぁ問題っちゃぁ問題でしょうけど、失われていくのはある程度仕方ないと思いますし、使われなくなるならなお良しかと」
城牙があっけらかんと笑いながら答える。というのも、今や古代指輪は失われたモノも多く、世に出回ってる指輪の多くは現代指環と呼ばれる、先述した通りのちょっとした便利アイテムぐらいの価値でしかない。
『ちなみに現代指環と古代指輪の違いって何なんだい?』
「古代人が作ったか作ってないか、だけですね」
『リヴァ……なんて?』
「リ、ヴァ、リー、シ、ヴ、ル、です」
サラッと返事が来たせいで聞き取れなかったのか、再度聞き直す管理者に対し、語を一つずつ発するようにして教える城牙。
城牙いわく古代人とは。今の俺たち人間を現代人とし、古代人は百周季を超えて生き、背に翼を生やした化性の人間として伝えられている。
イーストリア歴が数え始められるよりも以前に、現代人と古代人との争いがあり、それに勝利した現代人の手によって滅んだ種族とされる。
元は現代人が古代人の奴隷的立場であり、虐げられる立場からの反発で種族戦争が起き、長きを経て勝利した。という文献を読んだことがあるという。
「まぁ勝者の編纂した歴史文献ですから、話半分で覚えておけば良いかと」
『しっかりしてんね、キミ』
「良く言われます」
城牙の応対にこの場に姿が見えない管理者の渋面が目に浮かぶ。無論、顔など知らぬがこれだけ対話を聞いていれば、声色からどのような感情が覗いているのかぐらいは察せるようにもなる。
『んー、そういうことねぇ。となると今後も注視するというよりは……あ!』
自問するような独り言を漏らしていたところで、何かに気づいたように声を張り上げる管理者。頭に反響する喧しさと合わせて何事かと眉を顰めると、その理由を口にしたのは管理者ではなく、ずっとクルクル回っていた雪奈。
「しゅーひ、なんか薄くなってない?」
「ほ?」
薄くなるとはなんぞ、と反射的に雪奈を見たのだが、その答えは彼女自身の身体が示していた。
まるで青の世界に溶けるように身体が透けている。思わず自分の手に視線を向けると俺の手も同じように透け始めていた。
『やっべ、思ったより長く留めてたわ』
「おいおいおい、大丈夫なんだろうな!?」
『いや放っといたら流石に大丈夫じゃないやつ、ソレ。なんつーか、消えるやつ。いやマジちょっと待ってな、すぐ帰すから!』
声色からどのような感情が浮かんでいるかわかる、とかいうレベルではないくらいに慌てている管理者に、俺たち三人もどうしようも無いのだが気が急いてしまう。
「時間制限あるんなら先言っとけ!!」
「変に相槌打ってないで、もっと簡素にやり取り出来たじゃん!!」
「おぉー、あたしの腕が無くなったのに感覚はあるー。面白っ」
『ごめんて、悪いて、焦らせんといてっ!!』
声以外は聞こえないし見えないので、慌てているのはわかるが何が行われているのかはわからない。ただこいつがポンコツなのは把握した。
『うし、うっし、これでおーけーか?おーけーだな!つぅわけで諸君!貴重な情報ありがとう!なので一つ贈り物だ!』
今さら取り繕えない威厳を保とうとする声色が逆に小物感半端ないが、贈り物という言葉に三人とも意識をそちらに向ける。
『キミたちの世界、動乱の機運高まってるから気をつけて』
残されたその言葉を最後に、俺の意識はまたプツリと切れた。