第1話 退屈な日常
……そうか……
……俺……
……死ぬのか……
そう思った時には、すでに遅かった。
俺の腹部にはこの通り、鋭い鎌足が突き刺さっている。
あっという間の事でまだ痛みは感じない……。
しかし、この感じは、間違いなく死ぬのだろう。
視界がどんどんと暗くなっていった。
俺はつい数時間にこの異世界に飛ばされてやってきた。
憧れていた異世界。
夢に見ていたような剣と魔法の世界。
広大な大自然に、カッコいいモンスター。
きっと、この世界で勇者としての大冒険が始まる！
そう思っていた……。
しかし、この世界でも俺はただの生身の人間。
チートもなければ、特殊能力すらない。
ただの弱者だった。
そうして、遭遇した邪悪なモンスターに今にも殺されようとしている。
異世界とはいえ、死ねば終わりの現実世界。
都合のいいコンティニューなど存在しない。
ここは弱者では生き残れない残酷な世界だった。
なぜ、この様な状況になったのか――。
物語は今朝の出来事にまで遡る。
＊ ＊ ＊
――ピ、ピ、ピ、ピ、ピ……
いつもの朝が来た。
――ピ、ピ、ピ、ピ、ピ……
部屋中に鳴り響くアラーム。
退屈だ……。
俺の名は日野焔。
中学二年生。
いつも通りの時間に鳴る目覚まし。
いつも通りにベッドから起き上がり――。
いつもの制服に着替え、支度する。
いつも通りの日々。
退屈だ……。
俺はこの毎日に飽き飽きしていた。
別に今の生活に不満があるという訳ではない。
金持ちというほど裕福な家庭ではないが……。
特に不自由のない、ごく一般の家庭に生まれ、ごく普通の生活を送っている。
もちろん、学校にもちゃんと通っている。
登校して、帰宅して、寝て、起きて……。
毎日が同じ繰り返し。
何も変わらないごく普通の日常。
そんなごく普通な日常が嫌いだった。
時々、こう思う――。
どこかに剣と魔法の世界があれば……なんて。
そんな世界が現実には存在しない事は百も承知だ。
そうはっきり分かっているからこそ、存在しない空想世界に強く惹かれてしまうのかもしれない。
恐らく俺は、中二になるとかかるという病を拗らせているのだろう。
退屈だ……。
「焔、おはよう！」
「おはよう、母さん……」
いつも通りにリビングに向かうといつもと変わらない風景。
台所に立つ母にテレビの前で猫のぬいぐるみと戯れる妹。
父はいつも通り既に出社していない。
「お兄ちゃん、お弁当だよ～！」
「鞄に入れておいて……」
「は～い！」
「焔、朝ごはんは？」
「いらない……」
「ちゃんと、食べていきなさい！」
「いい、いらない……」
「お兄ちゃん、鞄に入れたよ！」
「ありがとう……じゃあ、行ってくる……」
玄関の扉を開けた。
きっと、剣と魔法の世界では主人公は俺。職業はもちろん勇者。
俺ＴＵＥＥＥ的な特殊な能力を何か一つは備え持っていて。
世界を滅ぼそうとする大魔王と壮絶な戦いを繰り広げるのだろう。
そして、その世界のヒロインは――。
「行ってきますー！」
隣の家から聞こえてくる可愛い声。
スタイルのいい体系に、ふわっといい匂いが漂ってきそうな綺麗なショートカットの髪。
小顔なのにぱっちりと大きな瞳。
モデルやアイドルをやっていても可笑しくないほどの完璧美人。
彼女の名前は涼風玲奈。
隣に住む幼馴染だ。
「あっ、おはよう～！」
玲奈からの挨拶。
その可憐な笑顔に、思わずドキッとしてしまった。
「お、おは……！」
「玲奈、おはよう～！ 今日も可愛いね～！」
「おはよう、結ちゃん！ もう～そんな事ないよ～！」
現実はそんなに甘くない。
朝から美少女の幼馴染におはようの挨拶からの一緒に登校なんて夢のまた夢。
幼馴染と言っても昔、親同士の仲が良かった付き合いで、小さい時に何度か一緒に遊んだ事があった程度。
ここ数年は、話しすらしていない……。
お気付きの通り、俺は玲奈の事が好きだ。
しかし、まぁ、この恋は叶うことは一ミリもないだろう……。
なぜなら、玲奈は学年の垣根を超え、校内のアイドル的存在だ。
こんな超絶美少女を学校中の男どもが放って置くわけがない。
校内で玲奈を見かける度、常に傍にはイケメンの姿があった。
確か最新の情報では……。
一学年上のサッカー部の先輩と最近付き合っているとか――聞いた。
その人はチームのエースで県大会を優勝した――とか。
おまけに成績も優秀の才色兼備だ――そうだ。
到底、ごく普通の俺には敵わない相手だ。
どれだけ頑張ろうが、この恋は叶うことはない。
この世には絶対なんてないと誰かが言うが、この事実だけは絶対だ。
こんな叶わぬ恋をしているからだろうか。
その反動でいつしか空想世界に憧れを抱くようになったのかもしれない。
恋煩いが生んだ中二病。
人生、退屈だ……。
