1、保健室の王子様
――そうだった。
あの頃俺はまだ幼くて、区別がついていなかった。
だから…
「……か、…っか、りっか!!!」
乱暴に揺すられて六花はうすく目を開けた。
見慣れた、保健室の天井だ。
目をごしごしとこすりながら、大儀そうに体を起こす。
「…んだよ。人がせっかく気持ちよく…」
「リツが昼休みに起こせって頼んだんだろーが!ったく午前の授業全部サボって、なんで昼飯だけは食うかね。学校来てる意味、あんの?」
校則を無視したオレンジの髪をひょいひょいと揺らしながら、六花を起こしにきた男子生徒――暁妃遥太は呆れた声を出した。
「んなことばっかしてっから『保健室の王子様~』なんてよばれんだよバーカ」
「…それはマジでやめて欲しい…」
保健室の王子様こと篠浦六花が顔をしかめる。
『保健室の王子様』などと言えば、病弱でやたら美形の貴公子がなにやらフェロモンを飛ばしながら保健室を訪れた生徒を看護する……なんてものになりかねない。
「にしても、お前ほど『王子様』が似合わねぇのに似合う奴、他にいねぇわ」
「どっちやねん」
しかし六花は病弱でもなければ、美形でもない。サボりは多いが病欠はないし、顔は中の上といったところで、せいぜいクラス文集のランキングに入ることもあるかもなぁくらいである。
そんな彼が『王子様』な理由…
証言A
『えっだって、保健室ってもはや彼の領地でしょう?』
証言B
『…というか城!?保健の先生より保健室に詳しそうだし』
証言C
『いや、アイツはベッドにしか興味ないから、薬とかの管理はわからないわよ』
証言D
『そうねぇ…でも検温のごまかしかたと快適な空調を保つことにかけては天才的らしいわよ』
……etc
証言J
「あれはねぇ「もうやめれ、わかったから」
結局、保健室を私利私欲のためだけに、我が物顔で使うから保健室という一国の主『王子様』なわけで…
「そぉいやさ、保健のセンセ何も言わんわけ?」
「ギブあんどテイク」
遥太が保健室の奥を覗きこむと養護教員の湯原敦子(52)は、何やら韓国語らしき音の漏れるパソコン画面を観ながら目頭をハンカチでおさえている。
―――この学校は大丈夫なんだろうか……