フロアボス前哨戦? VSゴブリンたち!
俺は『丘の上ダンジョン』最下層である15層目を歩いていた。
ひたすら奥へ、奥へと歩いていく。
いくら死なない身であっても勝手にダンジョンボスの封印を解くことは許されないし、解く方法もよくわからないので、俺はフロアボスがいそうな部屋をとりあえず目指した。
今のところ、魔物との遭遇はない。
不思議なぐらいない。
道も何だか広くなり、心にもゆとりが出てくる。
「ははーん、あれか。ボス手前は休憩場所っていうことで、魔物が出ないんだな?」
退屈すぎて、つい大きな声を出した。
それが油断だったのだろう。
一瞬だった。
首筋に違和感が走った。
違和感なので何かの間違いかと思ったが、遅れて痛みがやってきた。
俺は痛みのあった首筋を、恐る恐る指で探った。
そこには何かがあった。
いや、刺さっていた。
「ゲギャ……」
石造りの壁のうえから声が聞こえた。ゴブリンだ。
「そこかよ」
しっかりと痛みを感じはじめた俺は、歯をくいしばりながら上を見た。
天井はそれほど高くない。
天井と高い壁との間にすきまがあるから、そこにゴブリンが潜んでいることは推測できた。
だが姿が見えない。
「どこだ、出てこいよ」
俺はゴブリンのいそうなところに『ウォーター』を放った。
水で押し流してやろうと思った。
だが、
「ゲギャギャギャギャギャギャギャ!!!」
あたりに響くのはゴブリンの嘲笑的な笑い声だけだった。
そして、
「うっ、がはっ……あ、あいった……!」
背中、ふともも、手のひら、肩に痛みが走った。
矢が四方八方、あらゆる方向から飛んできて俺の体に刺さった。
「ちくしょう、俺はソロだぞ。正々堂々、勝負しろよ!」
だが魔物は聞く耳なんか持たない。
矢はあらゆる方角から俺を狙って、まだまだ飛んできている。
さすがにここまで大胆な行動を取るようになると、ゴブリンは姿を現しはじめた。
やはり天井と壁のすきま、俺の頭よりはるかに高い位置にいた。
正確に狙うため、体を伏せた状態で俺を狙い続けていた。
俺はなすすべがない。
こうなると愚かだな、と盾がないことを少しだけ後悔する。
盾があれば防げた攻撃が、体にどんどん突き刺さっていく。
ボウガンで反撃する余地を与えてくれない。
――ああ、死ぬのか。
そう思った瞬間、笑みが自然と浮かんだ。
それは『恐怖耐性』スキルの効力があったせいかもしれない。
いや、まあ、そうなのだろうが、それにしても俺は心に余裕があった。
これは次に勝てるな、と死にそうになりながら思ったからだ。
『不死スキル発動』
目がすぐに開いた。
まえと違って覚悟しながら死んでいった俺は、寝起きのような予備動作をせずに済んだ。
目が開いたことはゴブリンたちに気付かれていない。
気付かれていないので、ゴブリンたちは俺のアイテム袋をあさって、金品をかっさらおうとしている。
俺はその様子を見て、笑みがこぼれそうになる。
こいつら、アホだな。
ゴブリンは金品を奪うために人を襲う。
死んだ相手の金品は奪いにくる。
普通の戦闘ならそれでいい。
だが俺は死なない。不死だ。
数分の時間差で復活する。
このゴブリンの行動は不幸なものだと思うが、それでも愚かに見えた。
鑑定スキルが使えないので、こいつらのレベルは分からないが、おそらく群れの集団としてソロ推奨レベル70とかそんな所なのだろう。
単体でレベル70なら、俺はもう少し即死する目にあっていてもおかしくなかったはずだ。
まあ、そんな奴らが4匹。
1匹単位で見れば、おそらく雑魚。
たとえば近くにいる油断したゴブリンに『ファイア』を放てば、たちまち燃えるのだろう。
『ファイア』
「アッ……アギャギャギャギャギャッ!」
1匹のゴブリンが燃えながら転がりはじめる。
燃えるだけで死ぬとは思えなかったので、俺は寝転がったままボウガンを放ちまくった。
俺のレベルは推奨レベルからほど遠かったが、これぐらいやればいいだろう。
断末魔の叫びは聞こえなくなった。
周りにいた3匹は即座に警戒。
周囲を見渡し、そして目が開いて立ち上がる俺を見る。
「ギギ、ギャギャギャ!」
それは合図だったのか、3匹は俺から目をそらすことなく、それぞれ別の場所へと散っていく。
そして持っていた短剣を腰にしまい、3匹ともにボウガンへと切り替える。
武器を複数持ち、チームワークもあり、なおかつ緊急事態に対処できる。
ゴブリンにしては知能があった。
俺が出会ってきたゴブリンの中でも飛びぬけて賢い気がする。
だが俺が不死スキルを持っている以上、負けることはない。
本来なら3匹に囲まれれば、1匹を倒したところで残りの2匹に蜂の巣にされるだろう。
3匹ともに別の場所へ散った理由はおそらくそこにある。
ただ俺は残り2匹から蜂の巣にされようが、何されようが、必ず復活する。
「お前にはこれを食らわせてやる、『ウォーター』!!」
3匹のうちの1匹に対して魔法『ウォーター』を食らわせた。
放たれた魔法はただの水だ。
だが水は量があれば重く、またスピードがあればカッターにもなる。
魔法をまとった水は、魔法の力により、どちらの利点も働く。
「ギャ……」
ゴブリンは『ウォーター』に押されて壁に背をぶつける。
ダメージがどれほどか分からない以上、俺はとどめを刺しにいった。
ひるんでいるゴブリン。
立ち上がろうとするその隙に、斬りこんだ。
いくら性能が良いロングソードとはいえ、相手は最下層のゴブリン。
ワイルドシープのようにスパッとは斬れなかった。
だが、目の生気は消えた。
「あと2匹……っっ!?」
振り返ると2匹のゴブリンが同時に襲いかかってきていた。
片方はハンマー、片方は短剣。
俺はロングソードを持ったままなので、両手はふさがっている。
なすすべはなかった。
頭にガツン、心臓にブスリと刺さる。
脳震盪、そして失血による死の恐れ。
やはりこのゴブリン、知性がある。
ちゃんと急所を狙って殺しに――
『不死スキル発動』
「『アイス』!」
起き抜けだが範囲魔法『アイス』。
空中に氷柱を多数作り出し、それを敵に飛ばす。
勢いよく飛ぶことで氷の鋭い先端が敵に刺さるという魔法だ。
『アイス』を覚えてから知ったのは、この魔法は強力だが発動まで時間がかかる。
そこがネックだと思っていた。
だがどうだろう。
再び復活して、さらには復活直後に魔法を唱えはじめた俺の行動にゴブリンの思考は追いついていない。
素早く魔法を放つことができたのは『恐怖耐性』のおかげだろう。
おかげで死ぬ前より思考はスッキリしていた。
俺は立ち上がりながらゴブリンたちの行く末を見守る。
ゴブリンは氷柱を避け切れなかった。
避けるあらゆる余裕がなさそうだった。
ゴブリンの緑色の表皮に、白く輝く氷柱が無数に突き刺さっていく。
『鑑定』があればゴブリンの体力の削れ具合や『アイス』の正確なダメージが把握できたはずだが、ないのが惜しい。
自分の強さを確かめたい。
だが、悪くはないのだろう。
ゴブリン2匹は足取りがおぼつかなくなっていた。相当弱っている。
俺はロングソードを横に構える。
弱りながらもボウガンを構えるゴブリンなんか、もう怖くはない。
ボウガンが放たれるよりも前に近づき、横に一閃。
ゴブリンたちは近くにいすぎた。
そのロングソードの一閃だけで、彼らの腹は裂かれ、鈍い音とともに絶命した。
「ふう……最下層だけ全然強さっていうか難易度違うじゃないか。前に倒したオークよりかはマシだけど、不死スキルなしの奇襲ってソロでどうやって防ぐんだろうな?」
そして、
『ゴブリン・ウォーリアーズ討伐成功。経験値2万獲得。鮎川彰良のレベルが53から57に上がりました』
脳内に経験値獲得のアナウンスが流れる。
経験値2万。一気に4上がりはまずまずか。
でもかつてのオークが3万5千あったことを思うと、少し寂しく感じてしまう。
ステータスもたいして上がってないだろうし、何よりスキルや魔法はレベルが上がっていない。新たに覚えたスキルも魔法もない。
うーむ、どうすればいいか。
いや、もう腹の内は決まっている。
この最下層にいるボスに挑めばいい。
何度か死んだことで俺はHPもMPも全快近くなっている。
ゴブリンたちが落としたアイテムを拾い、俺は奥へ、また奥へと進む。
そして豪奢で荘厳な、いかにもボスがいますよとアピールをしている扉の前にきた。
とりあえずノック。
「誰かいますか~?」
アホくさいことをせず、早く入れって自分でも思う。
だが今の俺は何だかんだで緊張していた。
初めてのフロアボス。緊張しないわけがない。
中にいるボスからの応答はもちろんなかったので、俺は重い扉を押して入っていった。
なかに入ると扉は勝手に閉じた。
フロアボス特有のギミックだ。
鍵もかかったため、扉は動かない。
ちなみに、どちらかが死ぬまで、この扉が開くことはないらしい。
ゆえに途中で入ってくる冒険者もいない。
そして奥には巨大なリビング・スタチューの影。
事前に調べた通りの姿をしている。
こいつがフロアボスだ。
「貴様は誰だ?」
その巨大なリビング・スタチューは声を発した。
重々しい、胸に響くような声だ。
喋るのか、コイツ!?
評価、ブクマ、本当に励みになってます。
平日は1日1回更新になります。よろしくお願いいたします。