ダンジョンの歴史 そして新ダンジョンへ
いま俺の周りにあるダンジョンにも、色んな歴史や社会がある。
この地球にダンジョンが現れたのは、今から10年前。
俺が物心ついたころだっただろうか、記憶にはほとんどない。
当時の人たちの証言や映像なんかによると、突然『湧いた』ようにダンジョンの入り口が出てきたという。
しかもダンジョンは人のいない自然の中だけでなく、地層に関係なく世界各国の都市のなかにまで平然と現れた。
東京、ニューヨーク、北京、ローマ、モスクワ、ロンドン、ドバイ……登場したダンジョンの数は1万を超えた。
ダンジョン入り口の唐突な出現は建物をバランスを崩すことに繋がり、倒壊。
当時は多数の死者が出た。
あまりの出来事に『最後の審判』と言う人もいたそうだが、人類はそのあとも滅びることなく、大多数の人間は生き延びている。
それは俺の両親も例外ではなく、「あの時は大変だったのよー」と母は今でも言う。
具体的にどう大変だったかは言ってくれない。聞かないことにしている。
ともかく、ダンジョンが現れたことで社会は一変した。
ダンジョン内で見つかるアイテムや魔物が落とすアイテムには、これまで人類が見つけてこなかった物質が多数含まれ、新たなエネルギー源にもなった。
例えば魔物が必ず心臓近くに持つとされる魔石などは一粒で相当のエネルギーを持っているので、発電所やスマホの電池などでもよく使われている。
またそれらダンジョン内のアイテムの売買は一時期、市場としてテントが張られ販売されていたが、それらの管轄が国になったことで、治安はまともになっていき、国管轄の組織として冒険者ギルドが誕生するようになった。
しかもダンジョンの魔物は独自の習性なのか、外に出ることはないので、市場の確保は各地で即座に行われていった。
魔物によって壊されないことが分かると、テントなんかではなく、立派な武具屋の建物が立つようにもなった。
これがいわゆるダンジョン経済の誕生だ。
また人類の生活が一変したのは社会の変化だけではなく、俺たちの体の変化にもあった。
ダンジョンが現れたと同時期に、一部の人類に冒険者としての適性が生まれはじめた。
具体的に言うとステータスが見えるようになり、魔法やスキルが使えるようになった。
それら冒険者としての適性をはかれるようになったのも、ダンジョン出現からすぐのことだ。
ちなみに鎧や剣はダンジョンの物質から出来た特殊なものなので、冒険にはそういった武具しか使えない。
またこれらの強さは不思議なことに、冒険者適性のある人たちが使うと、それまであった銃火器なんかより威力が出るとも言われている。
レベル5時代の俺のブロードソードの攻撃が銃火器に勝るとはさすがに思えないが、ベテランになると違うらしい。
だがこれらの能力は強力なので、ダンジョン外で暴力や脅しに使うものなら、銃刀法違反みたいな法律より重い刑に処されることもある。
そんな世の中で『不死』スキルを持った俺はいま、冒険者としてダンジョンに潜っている。
※
俺が今から行くダンジョンは現在閉鎖中の『朝井ダンジョン』の近くにある。
名前は『丘の上ダンジョン』。
田中さんが以前紹介してくれたダンジョンだ。
ダンジョンランクはD。
ダンジョンランクFだった『朝井ダンジョン』が比較的平地にあるなか、この『丘の上ダンジョン』はその名の通り、少し坂を登った高地にある。
坂を登るまでの道には様々なお店が立ち並び、中には高級装飾店なるものも展開されている。
どうやら『朝井ダンジョン』周辺とはちがい、高レベルの冒険者の稼ぎで潤っているようだ。
ちなみに俺は前の稼ぎでレベル50装備とゲーミングPCを買っている。
「それにしてもこの装備、意外と動きやすいな」
田中さんに冒険の許可を得てから、冒険者ギルドで新しいレベル50装備に着替えてここまで歩いてきた。
高レベル装備なので体が重くなるかと思っていたが、そうでもない。いや、むしろ軽い。
すばやさ1000のステータスがここで生きているのかもしれないが、この装備の性能の良さも実感する。
腕を曲げたり、脚を曲げたり、あるいは背伸びをして装備の伸縮性を試しても、これもまたレベル5の学生服&プロテクター装備より良い。
そもそも見た目も、肩当や胸当が分厚くなるとか、大きくなるとか、そういうことはなく、普段着のような冒険者向けの服が見えている面積も多い。
SFじゃないが原理はパワードスーツのような感じだろうか。
こんな露出度で防御が上がるのだろうかと不思議に思うが、そういえば女性冒険者になると、谷間や細い脚を強調する装備を着こなす人も多いと聞く。
これもまたダンジョンの物質から生成される武具の謎、未知の科学なのだろう。
そんな新装備の感触を楽しんでいる間に俺は『丘の上ダンジョン』の入り口にたどり着いた。
1層目の推奨レベルはパーティー6人だと30。ソロだと40。
最終15層目だとパーティー6人で50。ソロだと70。
田中さんは「君が『不死』だと分かってるし、もっと100レベルダンジョンとか見繕ってもいいんだよ?」と言ってきたが、そこまで強いとレベル50の攻撃が当たりもしない気がしたのでやめた。
「さて、入るぞ」
新しい靴と装備で一歩、踏み込んだ。
すると今までのまったり低レベルソロダンジョン攻略と違う空気を感じる。
前に入った『朝井ダンジョン』は2層目までしかしらなかったが、とにかく岩や石だらけといった感じで、冷たく、足元はすべりやすくなっていた。
ところが『丘の上ダンジョン』は見渡す限り、草が生えている。
歩いても歩いても草がある。小さな木すら見える。
足元には渇いた土があり、すべって転ぶ気配はない。
そして洞窟なのに、風が奥から吹いている。
「図書館で借りた本には、『丘の上ダンジョン』は平原が広がってるとか書いてあったが、図も写真もないから意味わからなかったんだよな。でもこの風、もしや……」
平日に本を読んで予習して、次の休日の冒険に備えていたのに、百聞は一見にしかず、いま目の前にある体験には驚きがある。
色々考え、楽しみになってきたので俺は歩幅を広げ、早く歩きはじめた。
この先にはもっと驚くべきものがある。
そして俺はそんなエリアに足を踏み入れる。
ダンジョンに設置された照明よりはるかに明るい、そして想像以上に広い、
「平原だ」
平原があった。
それはアニメで見るような、寝転がったら心地よさそうな草むらがある大平原だった。
光は光苔とかそういうのだろうか?
とにかく太陽の下にいるかのような明るさがあった。
「すげええ……」
俺ははしゃいだ。
誰も周りにいないから走り回った。
平原の優しい風が俺の頬をなでる。
気持ちいい。
「草のベッドで寝てみようかな……?」
寝た。
しかし軽装とはいえ鎧が邪魔をして寝られなかった。
これは少し理想と違うな……。
とまあ、旅行気分はここまで。
「さてと、じゃあ魔物でも探しますかね……」
俺は魔物を求めてこの1層の平原を歩き続ける。
そして見つける。
大型の鋭利なツノの生えた羊、ワイルドシープだ。十匹ほどで群れている。
外で見る羊と同じくモフモフとしてカワイイが、目の色が魔物らしく赤と紫で構成されていてどう猛さを想像させた。
ワイルドシープたちは敵である俺を見たのだろう、一目散に逃げた。
俺は狙いをつけた一匹のみと戦うだけになる。
実にソロ向けの魔物だ。
俺は買ってきた1万円ほどのボウガンで、狙いを定める。
そしてトリガーを引いた。
ヒュッという音が空を切る。
そして動物の悲鳴が聞こえた。
刺されていないワイルドシープは四方八方に散ったが、一匹、ボウガンの刺さったワイルドシープだけは俺のことを見ていた。
「ワイルドシープ、好戦的じゃないと図書館の本でも見たが、わりと好戦的っぽいじゃないか」
俺は背中の鞘から取り出した大剣、ロングソードを両手で構えた。
盾とか受け身とかの防御を捨てた戦闘スタイル。
今後、どうせ『不死』スキルを使うのなら防御はいらないと判断をした形だ。
やりすぎかもしれないが、それが良いか悪いかはこれから決める。
「さあ、レベル50の俺の底力、見せつけてやる!」
ランクDのダンジョンの魔物とは初戦。
俺は慣れていない。
きっと良い戦闘になることだろう。
ブックマーク、評価ありがとうございます。
明日も昼、夜の2話更新の予定です。