優しき相談相手、冒険者ギルドの田中さん。
ダンジョンの外に出ると、遠くから電車の走る音が聞こえた。
澄んだ空気がおいしい。
心地よさを感じながら歩いていると、
「そこの君、大丈夫かい!?」
出会い頭に声をかけられた。
20代ぐらいの若い女の人だ。
ゴツゴツした鎧を着て、大剣を背負った彼女は冒険者ギルドの腕章をつけ、他に十人ほどの人を従えていた。
冒険者ギルドのスタッフで、ダンジョン管理人だ。
「俺はドロドロですけど大丈夫ですよ」
「それは良かった! ゴブリンの血かな? 体はちゃんと洗ってね!!!」
「あ、はい」
声がやたらと大きい。
その割にはなんか大したことを言ってない。
そういえば他の部下っぽい人たちは忙しそうにしている。急いでいるのだろうか。
「あ、そうだ! ところで君はオークと戦っている男の子を見てない!? 通報してくれた女の子から聞いたんだけど!!」
通報してくれた女の子。
助けたあの子か。
無事でよかった。
だがこれはどう言ったものか。
俺みたいな低レベル装備の高校生があのオークを倒したなんていう話をあまりしたくはない。
自慢したくないという以前に、そこから根掘り葉掘り聞かれたら、『不死』についても話すことになりそうだ。
チートスキルについては隠しておいた方がいいはず。
何となくだが、直感としてそう思う。
……ということを考え、俺は答えた。
「なにも見てないですよ。でもオークは死んでたので、その人が倒したんじゃないですか?」
あまり感情をこめずに嘘を言う。
聞く人によっては嘘だとバレるだろう。
だが、
「オークは死んでいたのね!? 貴重な情報ありがとう! ところで君、ホントにクサいね! これからは普通に戦おうね!!」
と言って走り去ってしまった。バレなかった。
「別に好きで血みどろまみれになった訳じゃないんだけどな」
ホッとしたが、心は少しだけダメージを受けた。
とはいえ隠すことができた。
ただ、モヤモヤはさすがに晴れない。
1人で抱え続けることは難しい気がするので、俺はそんな悩みを打ち明けられる人物に、これから出会う。
※
ダンジョンの入り口から歩くこと10分。
武具やアイテムを売る出店、鑑定だけを専門とする露店を通りすぎていくと、冒険者ギルドの建物があった。
ファンタジーのように木造……ではなく、コンクリートでできた建物だ。
俺はその横に備え付けられているロッカールームに入る。
俺のドロドロな様子を見ているのか、やたらと視線を感じるが今は無視して洗うことだけに専念する。
プロテクターをはずし、学生服を脱ぎ、脱いだものも一緒に持って個室のシャワールームへ。
学生服は冒険者向けのものを使っていたので、汚れは落ちやすい。
プロテクターとともに特殊な洗剤で手洗いする。
蛇口をひねってシャワーを浴び、体そのものの汚れを洗い流す。
汚れは流れて排水溝へと流れていくけど、においは取れるのだろうか……。
あとは事前に用意してた着替えをロッカーから取り出して、戦利品をかつぎ、冒険者ギルドの建物へと入っていった。
冒険者ギルドは名前のとおり冒険者のための施設だ。
冒険者の登録、情報保護、保険、アイテム売買、クエスト提示など様々な事業を展開している。そのうえでダンジョン管理なども手広く担当している。
ちなみに公共事業として扱われているため、管轄は国だ。
「田中さん、いますかー?」
カウンターに向かって俺はある人の名前を呼ぶ。
すると事務室の扉が開いて、俺のことを笑顔で見る女性が現れた。
「お、彰良くん。心配してたよ。無事かい?」
心配してなさそうな笑みを浮かべて現れたのは田中さんだった。
俺は冒険者カードを作ったころから、この人のお世話になっている。
この人の温和な笑みは、大人びたものがあるが、時々エッチにもイタズラにも感じることがある。
何を考えているのか時々分からないこともある。
だが悪意がないので接しやすかった。
「俺は大丈夫ですよ。それより田中さん、今回の獲得報酬とステータスについて、ちょっと相談があるんですけど、時間とか場所とか取れますかね?」
「んー……? 彰良くんのためなら、退勤後でも構わないよ? その気なら夜でも?」
「田中さん、夜って……ナチュラルに未成年誘わないでくださいよ」
「んふふ。でも君にその気があるなら、私は本気で考えなくもないんだよ? 条例なんてクソくらえってね」
カウンター越しの会話なのに、田中さんはググっと近くに寄ってくる。
彼女の吐く息の音が聞こえてくるほどに近い。近すぎる。
「いや、だから田中さん、今日はマジメな話なんです。誰かに聞かれるのは嫌なんで、あいてる部屋でお話したいんです。お願いします」
ということで、俺は田中さんの熱烈アピールをいつも通り退けて、別室を用意してもらった。
田中さんに連れられて入ったのは少し煤けたソファーと、木製テーブルが置いてある、簡素で小さな部屋だった。
「彰良くん、本当に大丈夫? 顔色良くないけど……死体、見ちゃったんでしょ?」
さっきまでの雰囲気とはちがい、マジメに問いかけてくる。
死体を見た、とは言ってないのに顔色からもう察しているらしい。
さすが田中さんだ。
俺は田中さんがいれてくれたジュースを飲み、皿に置いてくれたクッキーに手をつけ、呼吸を整えながら言った。
「死体は見ました。エゲつなかったです。あんな初心者ダンジョンで死人が出るなんて、思ってもいませんでした」
「だよね。ほら、ジュースいくらでもお替りあるから、飲んで落ち着きなよ」
俺はもう落ち着いていた。死体を初めて見たのに、動揺が想像以上にない。
スキル『恐怖耐性』のおかげかもしれない。
だけどジュースを飲んだ。ごくごく、と喉をならした。
そういえば戦ってから、まったくといっていいほど飲み物を口にしていなかった気がする。
「情報は錯綜中だけど、聞いた所によると彼は君と同じ15歳の高校1年生の少年。彼は不幸だった。本当に不幸だよ。安全安心が売りの初心者向けダンジョンでオークが発生するんだからね」
冒険者は命がけの職業と言われている。
だが本業が別にあり冒険者が趣味という、俺のような人間はわりと安全安心が売りの初心者ダンジョンに潜っている。
俺が助けた少女もおそらく同じようなノリだろう。
だからこそ彼の死は前代未聞で、どう考えても不幸としか言いようがない。
「おそらくだけど、調査が終了するまで『朝井ダンジョン』はしばらく閉鎖。もうニュースになってる。ダンジョン周りの露店には休業補償、もしくはうちの管轄の『丘の上ダンジョン』の方で商売をしてもらうことになると思う」
「その辺の運営とか分からないんですが、それでいいと思います」
「まあ、君の場合、別のことが気になるよね。趣味である冒険は一休みするのもいいと思う」
「あ、いや、冒険は続けようと思ってます」
「そうなの? じゃあ別のダンジョンの紹介? 近くにある『丘の上ダンジョン』はソロ向けには厳しいダンジョンだから、君向けのダンジョンは私が調べてあげようか?」
察しのいい田中さんでも、俺のいまの悩みまではさすがに察することができないらしい。
そりゃそうだろう。
聞いたこともないチートスキルを俺が獲得して、それでオークを倒したなんて想像できるはずがない。
「あの、紹介もありがたいんですが、話したいことは別にあるんです……」
冒険者としての秘密を守り、かつ、ちゃんと相談できる相手。
そんな相手を俺は田中さんしか知らない。
疲労などを悟られることなく、俺はあまり感情を込めることなく話した。
「強敵のオークを倒したの、実は俺なんです。だから今、めちゃくちゃレベルあがって、もう50になってます」
「ふふっ……彰良くんにしては冗談とは、珍しいね」
「いや、冗談じゃなくてマジですよ。冒険者カードみてくださいよ」
俺は冒険者カードを田中さんにすかさず渡した。
冒険者カードには『ステータスオープン』で見れるステータスの数値が載っている。
数値だけなので、スキルや魔法のレベルといった詳細なものまでは載っていないが、おおよその強さはこれで測ることができる。
ギルドの受付の人たちはこれを見てダンジョンに潜っていいかどうか、許可を出す。
今日、『朝井ダンジョン』に潜る許可を出したのは田中さんだった。
だから田中さんは素直に驚いた。
普段は半開きで眠たそうな目をしている田中さんの目が見開く。
それもそうだろう。
レベル5だった冒険者がダンジョンから帰還してレベル50になっている。
そんな人間を見ることなんて、きっとないはずだ。
「これはすごいね、本当に倒したんだね。ちなみにどうやって倒したの?」
「スキルを覚えました。『不死』というスキルです」
「聞いたこともないレアスキルね……その効果、聞いてもいいかな?」
俺はうなずく。
「スキル『不死』は絶対に死にません。蘇生には時間がかかりますが、数分で生き返ることができます。今はレベルが上がったので、もうちょっと早いかもしれません」
なるほど、と田中さんは小さな声で言う。
俺の冒険者カードを見つめ続け、だいたい覚えたのか、無言で返してくれた。
そして言った。
「ねえ、死ぬときはつらかったよね? 何回も死んだんじゃないかい? それでも倒したってカッコいいよ」
ああ。
やっぱり田中さんはいい人だ。相談してよかった。
俺が言って欲しいことを、この人は言ってくれる。
しかもカッコいいだなんて。
「なんか安心しちゃった? 泣きたいなら、私の胸で泣いていいよ」
「いや、泣かないです。ありがたいですけど。っていうか胸で泣くとかしませんよ」
田中さんの胸は大きい。普段から少し気になってはいた。
その胸で泣けたら最高な気もするが、こんなところで甘えるわけにはいかない。
「彰良くんの気持ちが聞けてよかった。ところで、その不死スキルを活かす考えは今のところあるのかな?」
「え……?」
君はそのスキル、もう無理して使わなくていいからね、とか言ってくれる流れじゃないのか……?
優しい田中さんは?
「だってそのスキル、とても珍しいスキルだよ。というか私は聞いたことがないねぇ。活かさない手はないんじゃないかなーって個人的には思うんだけど、どう?」
少しだけ露悪な笑みが田中さんからこぼれる。
ああ。
やっぱり田中さんはいじわるな人だ。
でもこの言葉も待っていたといえば、事実だ。
俺は死をまだ怖いと当然思っているが、一方で不死スキルの魅力には気付いている。
だからダンジョンから出るときも、「使うかどうかは保留」と決めた。
そもそも冒険をやめる気が俺にはない。
自分でも驚くほどない。
同年代の人が死んでいたことはショックだったが、俺の進退に影響は今のところない。
「『不死』スキルがあればたぶん強敵無双とかできると思うんですが、そう何度も死ぬのはいくらなんでも怖そうっていうか……」
常識的なことを俺はあえて言うと、
「強くなりたくない?」
田中さんは俺の欲しい言葉を言ってくる。
強くなりたくない?
そういわれると、少し弱い。
まったりソロプレイを楽しむ気持ちが俺にはある。今まではそうだった。
だが冒険者を2年やってきて、レベル5までしか上がってなかった事実は負い目として実はある。
そしてレベル50になった現状がとても気持ちよく、解放感に満ちあふれ、今すぐにでもこの力を試してみたいという戦闘狂じみた高ぶりがある。
なので田中さんの返答に対する答えは、こうだ。
「めっちゃ強くなりたい、です」
俺は迷って、恥じらって、そっぽを向きながらそう答えた。
田中さんは「やっぱり~男の子ってそうでなきゃね」とか言って笑って手を叩いた。
俺、これから『不死』スキルを使って無双します、か?
なんか実感わかないな。
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がんばります。
しかし明日からしばらくの間、1日1話更新になります。