VSダンジョンボス ザアラム(開始前)
僕の父が厳しかったことは今でもふと思い出す。
それはベッドで眠る時であったり、学校で授業を受けている時であったり、魔物を倒している時であったりと、とにかく色々なタイミングで思い出す。
「高貴なるものは社会的責務を負うのだ。だから響真、お前は強くならなければいけない。それだけのスキルを持っている」
高貴なるものは社会的責務を負う。ノブレス・オブリージュ。
飽きるほど聞かされてきて、昔の僕は嫌気がさしてきていたけど、今になると分かる。
僕たちにしか倒せない魔物がいるのであれば、僕たちが倒さなければいけない。
研究目的だった昔とちがって、今は世界平和のためだけど、意外と心構えは変わらない。
そもそも今回ばかりは、僕たちのような高レベル冒険者が動かなければ、世界がおわる。
…………。
「エンジン音うるさいのに、軍用機のなかでよく眠れるなあ」
「吉時くんの声のおかげで目が覚めたよ」
「俺の声の方がでけぇってか? 冗談も大概にしとけよ、響真」
呆れた阿川吉時は手のひらを天に向けながら、やれやれと大げさなポーズをしてみせた。
シートベルトをつけ、対面の椅子に座っているので、その姿ははっきりと見ることができた。
今、僕たちはドバイ上空に現れたダンジョンボス・ザアラムを倒すべく、フランス空軍の輸送機に乗っている。
軍の輸送機は飛行機と違って、快適さにはとても欠ける。
椅子は、壁に取り付けられた折り畳み式のパイプ椅子ぐらいしかない。
椅子から出ているシートベルトでしっかり体を固定すると、身動きが取れなくなるので座り心地はよくない。
そのうえ僕の座るところから小窓を通じて、外の景色を見ることが叶わないため、視界はすべて無骨な輸送機の骨組みばかりに覆われる。
災害時は除くとしても、それ以外の用途で高校生の男女が乗るようなものではないと感じる。
「……ムカツクぜ、あいつら」
隣に座っている藤寺恭二が言った。
「あいつらなんて言ってはいけないよ、恭二くん。それにしても、どうかしたの?」
恭二は肩を震わせながら、僕にしか聞こえない声で言った。
「小さい声でだが、俺たちのことをバカにしてる。あんなガキどもはお荷物だろって。冒険者ならまだしも、あいつらの装備は冒険者じゃない……お前らの方がお荷物だろ」
恭二は主要な外国語をいくつも話すことができる。
それに耳も『超聴覚』というスキルのおかげで、広範囲の音を聞くことができる。
多国籍の人たちの静かな会話も、僕には聞こえなくとも恭二には聞こえる。
「まあ聞こえるように言ってるわけじゃないんだから許してあげようよ。それに冒険者じゃない彼らが役に立たないって、自覚ぐらいはしてるんじゃないかな?」
「そうかな、そうだといいが……」
訓練を受けた非冒険者は、経験値を稼いだ冒険者よりも基本は弱い。
非冒険者は普通じゃ持てない銃火器の練習や兵器の操作方法を覚えて強くなる。
一方で冒険者は魔法やスキル、あるいはステータスを伸ばしていくことで強くなる。
個人の力量だけ見れば冒険者の方が強くなる伸びしろがある。
そもそも非冒険者が強ければ、僕たち6人はドバイなんかに行くことなんてなかっただろう。
そしてこの輸送機の人間も、ほとんどが冒険者なんていう人数構成にならなかったはずだ。
冒険者は全員で40人。
日本からは僕たち6人だけだだ。
他の日本人冒険者は他の輸送機に乗っていたり、そもそも別のダンジョンボスと戦っているという話を聞いている。
「ところで響真くん?」
と、話しかけてきたのは対面の席に座っていた乙矢芽衣だ。
「なに?」
「今さら言うのもあれだけどさ、彰良くんをコレに誘わなかったのはどうしてなの? 彼が強いのは『鑑定』でわかってるって言ってたじゃん」
「うん、そうだね。彰良くんのレベルが急にあがって120になったことも、『不死』っていう聞き慣れないスキルがその急なレベルアップに関わっていることも、前からわかっていたね」
「そこまでわかってるんなら、なおさら誘わない理由がわからないんだけど?」
芽衣は不満、というより単純に不思議がっていた。
まあこれは僕が「彼は強いよ」と言い続けたせいだろう。
こんな場じゃなくても良かったけれど、ちゃんとした理由を言わなければならないらしい。
「レベル120じゃつらいだろうなって思ったのが理由の1つ目。2つ目は、彼がまだ僕たちに隠し続けているからだね。レベルが高くなれば言ってくれると僕は期待している。彼自身がノブレス・オブリージュを自覚してくれるはずだよ」
「今の世界的に、そう悠長に待っていられるかなあ? そもそもスキル『不死』って名前聞くだけでも、仲間に入れるべき最強さがあると思うけど」
「死なないだけじゃ意味はないよ。それにどう死なないのか、それは彰良くんが語ってくれないと何とも言えない」
実は『鑑定』で鮎川彰良くんのレベルもスキルも見抜いていた。
それに気づいたのは彰良くんから土と血の匂いがした頃。確か彼のレベルが70だった頃のはずだ。
彼はその時、自称でレベル6や7と言っていた。
それがとても嘘くさく、そして気になったので彼に気付かれないよう『鑑定』を行ったら、聞いたこともない『不死』なんていうスキルを見つけた。
僕はそのとき「『鑑定』は覚えてない」と言ったが、あれは嘘だった。
まだレベル70だし、おそらくスキル取得から時間が経過していない。
そう思うと仲間にすることはまだ躊躇われた。
だからしばらく気付いていないフリをして、今日にいたる。
ダンジョンボスが外に出て、破局が近づいているので、そろそろあっちから言ってくるだろうと思っているけど、お互いに共通の話題がないところが残念だ。
まあ、日本が大ピンチになったら、無理やりにでも連れて行こうとは思っているけれど。
「そういえば初音ちゃんだっけ? あの子、ショッピングモールの一件以来、私たちに絡んでこないね」
と、和田朱音が隣にいる富田恵に話しかけていた。
恭二を挟んだ隣同士の会話になるので、僕は会話に参加せず、ついつい聞き耳を立てるだけ立ててしまった。
「そうだね、冒険者になったことは知ってるけど……でもそこからは他人だし、興味ない。朱音は興味あるの?」
「興味ない……と言いたいけど、ちょっと気になる。なんか不思議ちゃんムーブしてない?」
「不思議ちゃんムーブ?」
「そう、特に鮎川あたりに対してとかさ」
「あれは好きとか、付き合いたいとか、そういうやつでは?」
「だと思ったんだけど、なんか違う気がするんだよねー。そこに純粋さがないっていうか、ちょっと目的が変っていうか?」
「ねえ朱音、それって下ネタの話? なら私、したくないんだけど」
「ちがうちがう! 体とかそういうのじゃない、もっと別の違和感~。言葉に言い表すことができないんだけど」
「そ。じゃあ分かったら教えて」
「オッケー。たぶんザアラム倒したら思い出せるよ」
仲がいい女子トークの間に入ってしまうほど、空気が読めないわけではない。
だけどその内容は少し気になったので、ずっと聞いていた。
僕も初音さんのことがよくわからなかったからだ。
彼女は転校するとほぼ同時ぐらいに、僕たちに対して興味を示してきた。
そして『勘』をもって、僕たちが強い冒険者であることを見抜いてきた。
確か「もしかして冒険者の大先輩、なら教えてー」ぐらいの言葉をかけてきた気がする。
もちろん雑誌の表紙を飾ったことがある以上、ある程度の身バレは覚悟していたが、彼女はそのことを逆に知らなかった。
何となく『勘』のスキルでもあるのかと思ったが、彼女はそのときレベル1で、スキルを一切覚えていない、なんら普通の人間だった。冒険者ですらなかった。
そしてもう1つ気になることがある。
彼女は『勘』をもって、彰良くんに急接近していた。
転校したばかりの頃なので、僕が彼の『不死』に気付いたときと同じ時期だ。
これは偶然なのだろうか。
いや、これはさすがに偶然だろう。
偶然でなければ、彰良くんの『不死』発現に合わせて転校してきたことになる。
そんなことはありえない。
そう物思いにふけっている頃、軍用機内にアナウンスが流れる。
英語だ。
『これよりザアラム直上に到着する。各隊員はパラシュートを装着。カウントダウン後にザアラムの頭上にて作戦通り戦闘を開始』
「作戦通り展開するって言ってもな……頭上を攻撃しろとしか言ってないよな? それって作戦と言えるのか?」
恭二は顔をしかめながら言った。
僕はそれに同調した。
「仕方がないよ。みんな手探りなんだ。
巨大建造物のようないで立ちでいながら、宙に浮き、人々の魂だけ口から出た手が奪っていく。物は破壊しないけど、貫通はする。そんなやつの唯一の変わっている点が頭上の黒々とした部分。光さえ反射しない完璧な黒。弱点があるとすればそこだろうと。いや、そこでなければこいつは誰にも倒せない」
「まああそこが怪しいのは俺も分かるけど……そんな適当でいいのかなって俺は思うんだよな。先遣隊はそこを見誤って全滅したんだよな? だから、ちゃんとザアラムを倒せるっていうか、俺たちは生き残れるのかなって」
「たぶん……いや、いいや。うん、倒せるんじゃないかな?」
「あ、適当になったな。響真、そういう所あるよな。まあ別にいいけど。俺は負ける気なんかしないし」
そう、負ける気は僕もしない。
ただ、こうも思う。
僕たち6人のうち、誰かは死ぬ。
僕かもしれないし、恭二かもしれない。吉時か、朱音か、芽衣か、恵か。
もしくは6人全員か。
僕たちが逃げなかったのは、強くなった者としての義務があるからだ。
ノブレス・オブリージュ。
父はここまでしろ、とまでは思っていない。
むしろ自分の命を大切にして欲しいと言ってきたぐらいだ。
でもここまで強くなった僕たちは引き返しようがない。
それは6人全員、共通している。
遺書は各々、永遠にいなくなったときのために、ふと誰かが開けてくれそうな場所に置いてある。
ちょっと前まで、こんな運命になるとは思わなかった。
ダンジョンボスなんて、出てきていなかったのだから。
だけど今は違う。
僕たちが動かなければ大勢が死ぬ。
大勢の犠牲を見ながら僕は、生きたいと思えない。
だから、覚悟をもって戦う。
鮎川彰良くんはここまで来てくれるだろうか?




