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渚ダンジョン攻略(手前)

 波の音は聞こえるが海は見えなくなった。

 ここが森林のなかということもあるが、ゆるやかな登り坂にもなっているせいでもあるだろう。

 木々のわずかな隙間からは青空ぐらいしか見えそうになかった。


「にしても何もないな」


 レベルは120もあるからか、歩みが衰える気配はない。

 以前なら考えられないほど脚力、体力ともに強くなっているらしい。

 湿った葉っぱや地面にあしもとをすくわれて、こけるような気すらしない。


『枝が顔に見える木がある。そこからダンジョンの入り口が見える』

『道なき道を歩いて積み石空間が出たら勝ち』


 ネットにあったこの怪しい情報源を頼りに俺は歩いている。

 ここは道なき道であっているだろう。

 だが積み石が見える気配がない。

 このまま歩き続けて、日も落ちてくると、冒険は後日……となってしまいそうだ。


 ちなみに明日は初音とのデート。

 デート……杉原市の冒険者街はデートにふさわしくない。

 地下街ダンジョンの外で魔物が暴れて死傷者が出てからもう1か月。

 ダンジョンは無理やり鉄の扉で封鎖された。

 血のあととかは、もう綺麗さっぱり残っていない。

 だが、大量の献花が置かれている。

 冒険者に必須なアイテムがある以上、立ち寄ることはあるものの、あそこで遊ぼうという気にはさすがになれない。

 あの街に寄るだけで目の前で死んでいった人たちのことを、俺はまだ思い出す。

 トラウマになっていないのはスキル恐怖耐性のおかげだろう。


「いてっ、なんか足元にあるな……石?」


 考えごとをしながら歩いていると、大きな石に引っかかった。

 片手でギリギリつかめるほどの大きさの石だ。

 地面から飛び出しているわけではなく、ただ転がっている。

 綺麗な白色で、他の石のように苔むした感じがしない。

 誰かがわざわざ持ち込んだ石、という感じだ。


 俺はもしやと思い周囲を見渡す。

 するとやはりあった。

 少し歩くと、木々のない空間に出て、そこには積み石の塔がたくさんあった。

 高さはどれも俺の身長と同じぐらいだ。

 大きさはバラバラなのに、海風程度では崩れそうにないほどしっかりと積み上がっている。

 どこから石を運んだのかは分からないが、これを作った人間の執念は相当なものだろう。

 だが感心するというより、少々不気味ではある。

 執念の目的が全然分からないからだ。


「死の世界へようこそって感じだが、単純に目印として置いた説を俺は推したいな」


 まあ、とにかく積み石空間には出たので良しとする。

 そして何が勝ちなのか、噂を読んだだけでは分からなかったが、その理由もはっきりわかった。

 ここからは道なき道というわけではなく、けもの道らしき一本道が見えた。

 ここを歩けば『渚ダンジョン』にたどりつけるのだろう。


 けもの道に入ると再び木々に囲まれたが、少しだけ歩くと第2の目印が見えた。


「あ、顔だな」


 2本の木が作り出す枝が、奇妙なことに顔のような形になっていた。

 そしてその顔の先には、もう木々は見えなかった。

 見えるのは芝生と小屋と洞窟の入り口だった。

 洞窟はおそらくダンジョンなのだろう。

 本当にあったとは……。



 30分は歩いた気がする。

 それほど遠くはなかったが、それまで視界に広がっていた森林を抜けると、遠くへ来たような感覚があった。

 俺は芝生に足を踏み入れた。

 海風をより強く感じる。

 風で目が乾くような感触があるし、芝はさらさらとやかましく音を立てていた。


 近づくことで分かったことだが、小屋は今にも強い海風で吹き飛びそうな粗末な小屋だ。

 人が住んでいる気配がなかった。

 これが冒険者ギルドなのだろうか?

 そもそも隠しダンジョンめいたものに、冒険者ギルドは存在するのだろうか。


「お前は迷子か冒険者か? いや、冒険者って面構えだな。ようこそ、ここが冒険者ギルドだ。おんぼろ小屋だが、茶ぐらい出すぞ?」


 住んでいる気配のない小屋から人が出てきた。

 口ひげを生やし、白いシャツ1枚、海に似合いそうな派手な柄の半ズボンを履いている男だった。

 40歳とか50歳だろうか。


「冒険者なんだったら、色々と手続き必要なの知ってるだろ? 早く入りな」


 その男は少し不気味な笑みを浮かべながら、小屋のなかへと入っていった。

 俺はその男のあとを追う。

 扉に手をかける。

 海風にあてられたからか、ドアノブは少し錆びていて、指先に赤サビがついた。



 なかは一応冒険者ギルドらしく、長机にパソコンが置いてあった。

 田中さんがよく使っているパソコンと同じ機種だ。

 ただ他は外観にふさわしいような雰囲気を出している。

 天井には木の梁が見え、そこには植木鉢がぶら下がっている。

 育てているのは熱帯の植物だろうか。まったく見たことがなく、ただただ花の色が派手で大きい。

 さらに奥には本棚があり、タイトルも見えないぐらい日焼けした本が並んでいる。

 俺が読んでいる本なんて並んでいないだろう。


 手続きに必要な冒険者カードをギルドのおじさんに渡して精査してもらう。

 レベルなどのステータスを確認してもらって、ダンジョンの許可の有無が出る。


「へえ、レベル120もあるのか。学校ちゃんと行ってるか?」


「サボったことはないですよ」


 慣れない敬語で俺は答えた。

 一応、礼儀ぐらいは知っている。


「へえ、それでこのレベルか。その年齢でストイックな修行してると思うと、おじさん、生き急いでるんじゃねえかって心配しちゃうねえ」


「それもまあ、心配しなくても大丈夫ですよ」


「そだな。ここに来る時点で覚悟は決まってるだろうし、それぐらいの変わりものじゃなきゃこのダンジョンには入れさせられねえ」


 ニヤリとおじさんは笑う。

 俺は少しだけ不快になる。舐められた気がしたからだ。


「まあともあれ、来たからには『渚ダンジョン』について紹介しないとな。どこまで知ってる?」


「どれも噂レベルですが、ソロ限定で推奨レベルが高い、飲料が必要、外での1分はダンジョン内の100分に時間が歪む……ぐらいですかね」


 頭がおかしくなるとか、フロアボスが未確認といったことには触れなかった。

 噂でかつ曖昧な情報は頭の片隅に入れておくレベルでいいだろうと思ったからだ。

 だが、


「ふむ、じゃあ頭がおかしくなりそうだとか、フロアボスが未確認とか、そういう話は知らない?」


 とおじさんは言った。

 あえて言わなかったのだが、冒険者ギルドのおじさんが先に言うとは。

 俺は首を静かに横に振った。


「ま、この『渚ダンジョン』については情報が噂レベルにしかまとまらないからな。そもそも存在が知られてねえ。知りたいと思うやつがいても、入って即出たくなるようなやつばかりじゃ、伝わらんわな。狂ったときの思い出を語ろうなんていう輩は早々いない。それにソロ限定。人数が限られる。全員がネットで情報流すやつかっていうと、そういうわけじゃない」


 おじさんは立ち上がり手招きをする。

 丸テーブルの横にある椅子に座れ、ということらしい。

 そういえばお茶ぐらい出すと言ってくれてたな。


 だが、出てきたのはお茶だけじゃなくて、機械もあった。

 カメラではない、スマホでもない、じゃあ一体……。


「カセットテープさ。昨今の高校生は見たことないのか? まあ録音した音楽を聞いたりする機械さ。トラック番号で区切られているわけじゃないから、聞きたい音楽があればそこまで早送りをする。ちなみにダンジョンには不釣り合いな楽しい曲が入っている」


「なんで不釣り合いなんですか?」


「頭がおかしくならないためさ。合わない音楽を聞くと、そっちに集中できる。いや、してもらわなければいけない。最低でも30分はね。ちなみに楽曲はおじさんの趣味。そこは我慢してくれ」


 なんの曲だろう、と少し疑問に思うものの、もっと気になったのは時間だった。


「30分も? なんのために?」


「無響室って入ったことあるか? 音が反射しない、人工的に作られたクソ静かな空間なんだが、ああいう部屋に入ると人間の頭はおかしくなるらしい。黙っていると心臓の音が幻聴かなんかの勢いで聞こえてくるのだとか。おじさんは入ったことねえけど、1人で45分以上は耐えられないらしい」


「もしかして『渚ダンジョン』って全エリアが無響室になってるんですか?」


「いや、最初の30分の通路だけだ。ちなみに30分かかる最初の通路は立つと髪の毛が当たるぐらいの高さになっているらしいし、左右は肩幅より少し広い程度と狭い。だが何もないように見える」


「壁があるのに何もない? なんです、それは」


「壁が透明ってことだよ。透明な先には一色の水色だけが見える。見事に水色だ。正直それだけでも狂うな。だって、歩いていてもずっと水色のせいで前に進んでいるかどうか分からない上に、足元を見ても影すらできないし、立っている気さえないから浮いているような感覚になる。そして壁一面感触がないから足音もしない。いや、なんか柔らかい感じには思えるらしい。加えて無響のせいで息苦しさが増す……それが『渚ダンジョン』の序盤だ。

 そのあとは登山道具が必要になりそうなエリアに入るが、登山道具がなくても登れるぐらいの筋力があって当たり前の敵とか出てくるから気にしなくてもいい、らしい。

 以上、おじさんが冒険者たちから聞いた伝聞でした」


 おじさんは「わかったか?」とニヤニヤ嫌らしい笑みを浮かべている。

 俺はどう答えていいのか、分からない。

 ここで怖さを感じないのは『恐怖耐性』のおかげかもしれない。


「ビビったか?」


「いえ、別に。むしろありがたかったです。色々と教えてもらえて、助かります」


「マジか。毅然としててすげえな。まあ別に盛ったわけじゃないが、普通はビビるんだがな。あ、ちなみにダンジョン脱出アイテムの『リープの羽』は持っておけよ。戻りも同じ道はめちゃくちゃ嫌になると思うからさ」


 わかりました、と言って背伸びをした。


 我ながら敬語は疲れるなーなんて感じつつも、俺も高校1年生なので、それぐらいの礼儀はわきまえている。


「あの、着替えの場所は……」


 おじさんが窓を指で示す。


「外で着替えるしかない。お前が男性で助かったよ。女性ならセクハラで訴えられかねん」




 俺は外に行き、アイテム袋に入れてきた装備に着替える。

 地味にネットなども駆使して取り揃えていった120レベル装備を付けていく。


 胴には肩と肘にパットが入った服を着る。これは初期の頃に来ていた冒険者向けの制服っぽいものに似ているが、服の強度が段違いで、魔法ですら跳ね返す効果がある。

 脚もそれにあわせた素材で攻めることにしている。

 肩には両手剣を1本、ブリングガロアという名の大剣を装着する。これは即座にカスタマイズできる優れものの大剣で、なんと2本の片手剣に分離することができる。戦術によって使い分けが可能というわけだ。

 あとはアイテム袋のなかに猛毒と麻痺の効果を持つ短剣、パライドダガーや爆破アイテムでお馴染みのマグナストーン、そして飲料とカセットテープとスマホを入れている。


「すげえ豪華な装備じゃん。一目見てわかるよ。あとアイテム袋まであるんだ。本当に君は高校生なのか?」


「当たり前じゃないですか、普通の高校生ですよ」


 笑顔で答えてみたものの、まあ、普通の高校生には見えないわな。

 なんて言ったって総額で400万円もした。

 特にブリングガロアはオークション会場まで行って手に入れたレア武器だ。

 貯金も残り200万……十分だけど、随分と少なくなったものだ。

 まあ、ここでもしかしたら稼げるかもしれないが。



 俺は準備を整え、『渚ダンジョン』へと足を運ぶ。

 冒険者ギルドと同じく錆びた扉だったが、なかは確かに水色一色だった。

 足場がないように見えるが、さっきの説明の通りだと、足場はあるのだろう。


「ちなみにだが、一度入ったら30分間出ることができないからな。あともう今のうちにカセットテープの準備した方がいいぞ。魔物、どうせその通路は出ないから」


「わかりました。音楽、どんな曲が入ってるか楽しみにしてます」


 俺はおじさんに手を振り、ダンジョンへと踏み込んだ。

 感触のない床の感触が伝わってきた。

 足場は一応、あるらしい。

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