覚悟があるなら
「良かった、生き返ったんだ! 良かった!」
パーティーのリーダーの男は涙を流しながら、生き返った女性を抱きしめた。
「ちょ、ちょっとまってリーダー! 抱きつくなし! 状況教えて、これなに一体?」
「さっきまで死んでたんだ」
「死んでたの? 私が?」
「うん、僕が不甲斐ないせいで、君を魔物の犠牲に……」
「あー……なんか記憶が少し蘇ってきたわ。なんかお腹、魔物に裂かれた気がする。それで私、死んじゃってたんだ……でも今生きてるけど、これはなに?」
「それは、あの人が『リバイブ』で生き返らせてくれたんだ」
あの人、と言ってリーダーの男は立木直人のことを指で示した。
「『リバイブ』ってあの都市伝説でしか聞かないような魔法? 実在したの?」
「実在しなけりゃ生き返ってないでしょ、君」
言ったのは立木直人だった。
立木は視線を誰にも合わせることなく、ただ地面だけを見つめ、荒くなった呼吸を整えつつ汗を拭き続けていた。
近くにいた取り巻きの女性たちが冷たい飲み物を持ってきては、それを飲んだ。
「生き返った君も、いま見てる野次馬どもも『リバイブ』については言ってくれて構わない。というか積極的に広めろ。都市伝説ではなかったって動画つきで言ってくれるとありがたい。そのために来たようなものでもあるからな」
どういうことだ、と周りはザワつきはじめる。
『リバイブ』を広めてどうしようと言うんだ、と俺でも疑問に思った。
だが立木はやはり視線を落としたままだ。
動きはない。
パーティーの人たちは何かひそひそと話していた。
きっと生き返った喜びより驚きがあり、そして体を売る決意をしたリーダーのことでも気遣っているのだろう。
俺たちの戸惑いとは違ってそうな言葉が耳に入り続けた。
それ以上は見る必要もないと俺は思った。
いや、むしろ帰るべきだろうと思った。
胸騒ぎがするからだ。
よくないことが起こる、という勘だ。
俺はだから、環奈の肩を叩いて言った。
「もう『リバイブ』はおわった。そろそろ出るぞ」
「鮎川先輩、それは……できませんよ」
環奈は肩に乗せた俺の手を払いのけて、座り込んでいる立木の前にきた。
環奈も呼吸が荒くなって汗が額から出ている。
緊張からだろう。
「……俺は疲れてるんだ。誰だか知らないが、あとにしてくれないか?」
立木が視線を合わせることなく言う。
まだ息が荒い。
「私も『リバイブ』で生き返らせて欲しい人がいるんです。10年前に死んだ父なんですが――」
「聞こえてないのか? 疲れてるんだ、本当に」
「では後日でもいいです。SNSのアドレス交換したっていいですよ」
と、ここでようやく立木は顔をあげた。
疲れもあるだろうが、うんざりとした表情をしている。
「アドレス交換っていうことは、危ういことに足を突っ込む覚悟もあるってことか」
「もちろんです! 私も体を売る覚悟……ううん、どんな覚悟だってできています」
「そうか、じゃあ今から脱げ。パンツ1枚だけになれ、ブラジャー不可、はい」
「え……?」
立木の言葉に環奈は表情が硬くなった。
いや、周りにいる人間も、そして俺も硬くなる。
環奈は中学3年生の女の子だ。
それを知らなかったとしても、誰が見ても未成年にしか見えない。
そんな女の子に対して立木は「脱げ」と言ったのだ。
「覚悟があるなら脱げるだろ? かかってるのは人の生き死にだぞ? 命は重いって知ってるなら、できるよな?」
「う、うう……」
疲弊しながらも立木の眼光は鋭く、まるで環奈を品定めしているようだった。
今や安置所は立木と環奈だけの場と化していた。
だが、俺はこのまま看過すべきじゃないという思いが強まっていく。
環奈の『リバイブ』を求め続けてきた意志も尊重したいが、相手が悪い。
俺はまだ我慢すべきなのだろうか……。
「ちなみに俺はそんなにロリコンじゃない。お前の発育状況は好みの範疇外……だが、女であることは変わりない。その覚悟と勇気をもって、一人前の女として扱ってやる」
「えと、あの……」
「あと『リバイブ』だが、単純にMPを消費するだけの魔法と思われたら俺としても困るんだ。お前が苦痛を受けるのと同じぐらい、いや、俺の方が『リバイブ』で苦痛を受けてる。いまだってめまいがするから早く帰って寝たいぐらいなんだ。
……だから早くしてくれると助かるんだがなぁ」
「わ、分かりました。脱ぎま、す。ここでは、脱ぐだけでいいんですよね?」
「ああ、そうだ。続きは別の日でいい」
そう言って環奈は服のボタンに手をかけはじめた。
ボタンを一つ一つ、取っていく。
羞恥に頬を赤く染めた環奈は、もう立木のことを直視せず、周りの男どもの下品な視線も見ようとせず、目をつむっていた。
ダメだ。
「やめろ、もういい、環奈!」
俺は環奈の手をつかんで、その動きをやめさせた。
上着は1枚たりとも脱がせなかった。
環奈の強い意志のことは分かっているつもりだったが、それ以上はやはり我慢ならなかった。
「先輩、勝手に止めないでください!」
「でもこれはやりすぎだ。ここまでやる必要はない。いや、こんな汚い大人の力なんか借りる必要なんかない」
パチパチパチ、と拍手の音が鳴った。
音の主は立木だった。
疲弊しきっていたはずの顔に笑顔が浮かび上がっていた。
「確かに彼氏くんの言う通りだよ。こんな汚い俺のような大人を頼る必要はない。『リバイブ』は都市伝説級だが、世界の誰かが良心的にひっそり使っているかもしれない。それにね、環奈ちゃん、君は10年前に父親が死んだと言っていたね。お父さんはエンバーミングでもしている? それともホルマリン漬けかい?」
「え……エンバーミング?」
「死体の保存状況はいいかって聞いてるんだ」
「あの……火葬しました。遺灰だけ家にあります」
「じゃあ、そもそもダメだ。俺の『リバイブ』はそこに死体がないとダメなんだ。身体の半分以上が望ましい」
「じゃあ父は……」
「生き返らない。少なくとも俺の『リバイブ』では。脱がなくてよかったね」
パチン、という音が鳴った。
それは環奈のビンタで、当たったのは立木の頬だった。
環奈はボタンをちゃんと留めつつ、涙目になりながら立木をにらんだ。
「10年前の話をしたときから、無理だなって思ってましたよね?」
「ああ」
「サイテー」
「聞き慣れた言葉だからノーダメだよ」
立木は「よいしょ」と声を出しながら立ち上がる。
取り巻きの若い女たちが立木を囲いこみ、環奈や俺に舌打ちをする。
立木はそんな女たちを「落ち着け」と言ってなだめながら言った。
「俺のやったことはサイテーではあったが、覚悟を聞いてみたかった。人の死に関わるってことはそれだけの覚悟が必要だからな。たとえそれが生き返らせることであってもだ」
「あなたみたいな人の説教なんか、聞きたくない」
「まあ、そうだろうな。でもふとしたきっかけに思い出せるよう、いま話してるだけだ。トラウマっていうやつかな? その覚悟を思い出す必要が今後、くるかもしれないしね」
「そういうの、余計ですよ」
「そうかもしれないな。だが破局はもう目の前かもしれない。その時になってから覚悟してたんじゃ遅いと思うよ」
「破局……?」
疑問を口にする環奈のことは無視して、立木たちは安置所の扉の前にまで歩いていく。
それから振り返り様に、周囲を見渡しながら言った。
「フロアボスに聞いたんだ。君たち魔物はこれから何をするつもりなんだ、とね。するとこう言った。
……ダンジョン王の降臨、そしてこの世界の破局を行う、とね。これは魔物からの宣戦布告だと思わないか冒険者諸君。その時になれば『リバイブ』なんかは重宝されるだろう。だから俺の存在を広めてねってことで、今日はパフォーマンスを行うことにした。
以上、じゃあね!」
立木の人差し指からポロリと何かが落ちた。
立木はそれを拾い上げて「今日の副作用は爪か」と小さく言った。
『リバイブ』の副作用なのだろうか。
だが立木は一切動じてなどおらず、そのまま安置所から素早く去っていった。
立木の姿が見えなくなると、環奈が力なくペタンと床に座り込んだ。
「環奈、大丈夫か?」
倒れそうになってたので、彼女の手をつかむ。
震えている。
いや、震えているのは手だけじゃない。
環奈の唇もわなわなと震えている。
今にも泣きだしそうな顔だ。
大丈夫ではないことは、一目瞭然だった。
「先輩、すみません……。私、考えもなしに、あんな汚い奴に声をかけて、体を売るとか言って、おかしくなってました。先輩が止めてくれなかったら今ごろ……」
「いや、俺が悪い。もっと早くに止めるべきだった。すまん!」
「先輩は何も悪くないですよ。悪いのは私なんです。リバイブ、リバイブって、そんなことだから変なオークにも追いかけられたり、初心者向けのダンジョンで死にそうになるんですよ。私がバカだったんです、みんなみんなバカな私が悪いんです!」
「んな訳ないだろ」
こういう時はどうすればいいのか、分からなかった。
だが弱っていく彼女の手を握りしめるだけでは、支えられないような気がした。
だから俺はしゃがみこんでいる彼女を優しく抱きしめた。
「せ、先輩っ!?」
「環奈、そんなに自分を責めるな。お父さんを生き返らせようとする考え、あいつは覚悟とか何とか言ってたが、環奈は間違ってない。それにリバイブ使いは他にもいるだろう。また探せばいいさ」
「は……はい……わかりました、先輩」
肩に温かな何かが触れて、広がる。
俺はそれが何なのかあえて気にはしなかった。
抱擁を解いたあとの環奈の目は、真っ赤に充血していたが、表情は思いのほか明るかった。
※
生き返ったパーティーは誰一人として連れていかれなかったことを安堵している。
「なんか色々あったおかげで忘れてくれたんだろうな。意外とアホだったのかな。助かったー」
パーティーのリーダーはそう言って安堵していた。
だが、少しだけ思う。
立木は環奈たち女の体なんか求めておらず、本当にただ『リバイブ』を広めたいだけだったんじゃないか。
女好きなのは本当なのだろうが、 パーティーのリーダーも環奈も結局無事だ。
いや、あれだけ追い詰めたのだから、善人ではないんだろうが……。
「先輩、なに考えてるんですか? 帰りますよ」
完全に落ち着きを取り戻した環奈が俺に声をかけた。
目は真っ赤なままだが、普段通りの笑顔を見せてくれる。
まあ、その場を立ち去った人間について考える必要もうないか。
「ああ、そうだな。初音も帰ろ――あれ?」
「どうしました?」
「初音がいない」
「あれ? ホントですね。初音さんどこ行っちゃったんでしょう」
そして俺と環奈のスマホから、ピロリン、と音が鳴った。
グループチャットが表示される。
初音からだった。
『ゴメン、疲れがピークすぎたから、先に帰っちゃった!』
「先に帰っちゃったって……あんな中でよく帰れたな」
「まあちょっとズレてる所は初音さんらしいですね」
俺たち2人は、フフっと笑い、そんな陽気な気分のまま安置所から出た。
※
後日、立木直人のことはニュースにはならないまでも、ネットでは話題になった。
『リバイブ』の動画そのものは、死体がくっきりと映りすぎたことでネットの規制に引っかかり、削除されがちだった。
そのうえCGで出来た偽物の動画まで出回る始末だった。
だが冒険者の多くはその存在を確定的なものとして信じた。
企業が作る冒険者サイトにも、確認されたレア魔法として『リバイブ』が載るほどだった。
だが当の本人、立木直人の目撃情報は一切なかった。
彼の名前で登録されたSNSは存在したが、更新は俺たちが会った日からなかった。
『あれだけ目立って雲隠れをするなんて変なやつだ』
『炎上やリアル凸を恐れたのかも?』
そうネットでは囁かれていた。
俺も違和感を持った。
が、そんなことはすぐに忘れてしまう。
世界の破局。
その呼んでしまえるものが、はじまろうとしていたからだ。




