ソロ攻略 巨大樹ダンジョン!(後編)
とはいえ『不死』スキルを駆使したレベル上げだけでは飽きてくるので、俺はあらゆることを試すことにした。
「狙いを定めて……よしっ!」
ボウガンを放つ。
といっても前まであった1万円の安っぽいボウガンなどではなく、魔力を帯びた矢がいくつも放たれる。
これで普通の矢には不可能な複数同時撃ちが可能となる。
ちなみに値段は20万円。
「ブン!」
巨大蜂のモンスター、ハニービーをそれで引き寄せる。
ブン!という羽の音は、内臓に響いてきそうなほど大きいが、俺はひるまない。
「よし、じゃあ『鑑定』!」
以前まで最低限度の情報しか出なかった『鑑定』スキル。
だが現在はレベル1から3になったので、少しぐらい情報が出るだろうと期待した。
『ハニービー:HP11910/12000。ダンジョンランクC・Dに生息するハチの魔物。群れで行動する習性あり。噛みつき、時々針で刺す攻撃などを行う。針で刺された場合、50%の確率で毒になる。毒は放置すると死の危険がある。弱点は針が出ている腹部』
レベルが2上がっただけなのに、十分すぎるほど詳細に表示された。
特に弱点はありがたい。
そこを狙うだけで戦いがおわるなら、楽なものだ。
俺はボウガンをアイテム袋に片付けて、次は剣を取り出す。
といっても両手で持つカイザレビュートなんかではなく、短剣であるオピドダガーを出した。
オピドダガーもまたカイザレビュートと同じくレベル75装備だ。
好きだったポイズンダガーとは違い毒性はないが、鋭さはケタ違いだ。
俺はそのオピドダガーの短い柄を両手で握る。
そしてハニービーの針の出ている部分に、切っ先を向けた。
さすがに弱点が狙われていると感じ取ったのだろう。
ハニービーは体の向きを変え、針を見えないようにし、こちらに向かってきた。
盾をアイテム袋から出そうとするも間に合わない。
ハニービーの鋭いアゴが、オピドダガーを持つ俺の手を噛み千切ろうとした。
「いてえっ!」
あいた手で腰に帯刀していた予備の短剣をつかみ、短剣の切っ先を頭に突き付けた。
だが突き刺さらない。固すぎる。
ハニービーはひるんだものの、まだ頭部は血も流さず健在だった。
本来ならデバフの魔法で防御力を下げていくのだろうが、俺はあいにく覚えてはいなかった。
やはり無理してでも、弱点の針を狙うしかない。
さっきまで使っていた利き腕の出血はひどく、にぎることが難しくなっていた。
無傷のもう一方の手でオピドダガーを持ち、一度は離れたハニービーに近づいた。
ハニービーはまた体の向きを変えようとするが、俺はすかさず下へともぐりこんだ。
ハニービーは巨大だが、言ってもハチだ。
ぶんぶん、と羽音を鳴らして飛んでいる。
なら下にはいくらかの隙がある。
腹部の針はすぐに見えた。
拳大の巨大な針が見える。ハチの針という感じじゃない。
筒がハチの腹から出ているような感じだ。
刺されたら毒以前に死んでしまいそうな異様さがある。
だがそれだけ大きい分、狙いは簡単に定めることができた。
オピドダガーの切っ先が、針と腹部を繋げる部分を刺した。
先ほどの頭部の硬さとはちがい、ここの部位は柔らかく、すぐに血が出た。
「おらっ、くらえ!」
もう少し力を入れる。
飛んでいる相手に力を入れることは難しいが、それでもやるしかなかった。
ハニービーは痛みでビービーうるさく鳴きはじめる。
抵抗し、デタラメに動き、針はいつの間にか俺の腕に刺さっていた。
ハニービーの毒は50%の確率で効果が出ることを思い出す。
と、同時に腕が焼けるように痛くなってきた。
オピドダガーをここで手放すのは避けたかったので、握り続けたが苦しい。
でたらめに動くハニービーもめざわりで、頭が毒のせいでグラグラとする。
「もう少し、もう少しで……」
もう少しでハニービーの腹部の奥にまで刃が届く。
スキル『鑑定』。
ハニービーのHPはもう2000を切りはじめていた。
しかもリアルタイムの表示なのか、このHPはものすごい勢いで削れていっている。
出血も止まらないらしい。
ハニービーは地面に脚をつけはじめる。
弱点を突いた効果は絶大だった。
だが、
「やべえ、意識が……」
相手のHPが尽きる前にこちらのHPが突きそうだ。
ここからは根競べだった。
…………。
10秒ほど経過しただろうか。
いや、実際には何秒なのかわからないが、それぐらいの長さな気がする。
とにかく俺が毒で力尽きる前に、ハニービーの体は横倒しになった。
脚を丸めはじめ、明らかに死の硬直をしはじめる。
脳内にアナウンスが流れた。
『ハニービー討伐成功。経験値6千獲得』
経験値は大量だがレベルは上がらず。
いくらチートスキル使っているとはいえ、経験値10倍とかそんなスキルではないので、レベルはすぐに上がらない。
戦って勝つことだけは地道にやるしかない。
……のだが。
「ダメだ。毒が……」
こみ喘げてきた吐き気に耐えきれなくなった。
これはさすがに死ぬだろう、という予感すらしてくる。
いっそのこと、自分で死んだ方が楽なんじゃないかという気もしてくる。
どうしようか、その場で寝込みながら考える。
そして、考えているあいだに、また羽の音が聞こえた。
起き上がり姿を確認する。3匹のハニービーがこちらに近づいてきていた。
「死んで生き返っても、あいつに殺されそうだ。なら……」
俺はアイテム袋から赤く輝く石を取り出した。
これはマグナストーンと呼ばれるアイテムで、爆発するので爆弾なんていう通称名すらついている。
起動はMPの注入になるが、爆発するタイミングなどの調整は必要となる。
上手い冒険者は魔物の手前、もしくはぶつかる瞬間に爆発するよう投げることができるらしい。
だが俺は初めて使うので、そんな使い方はしない。
いや、もとよりそんな使い方のつもりで買ったわけではなかった。
手元のマグナストーンにMPを注入する。
石の輝きが増す。
爆発までのタイムリミットが刻まれる。
俺は毒気と格闘しながら立ち上がり、ハニービーに近づいた。
ハニービーは羽を動かし威嚇する。
強靭なアゴをカチカチと動かしながら、俺を咀嚼しようとしてくる。
毒になった俺を食べたら毒になるのではと、どうでもいいことを考えながら、俺は武器など構えず身一つで近づき、ハニービーとの距離を縮めた。
ハニービーは獲物と認識した俺の肩を食べはじめた。
もう食らいついて離さないつもりだろう。
「俺の勝ちだ」
マグナストーンの赤い光が周囲を包みこんだ。
爆発する――。
『不死スキル発動』
目が開くよりも先にコゲくさい匂いが鼻をついた。
「くっせえ」
瞬時に俺は起きて、立ち上がりその場から離れた。
周囲には焦げたハニービーの死体が4匹分転がっていた。
俺を囲んださっきの3匹も無事、倒したということだろう。
『ハニービー3匹の討伐成功。経験値1万8千獲得。鮎川彰良のレベルが80から81になりました』
脳内に響くメッセージが討伐の完了を教えてくれた。
頭をひねって考えた不死スキルを使う戦術、自爆。
爆弾となるマグナストーンは1個3万円もする高級品なので、俺程度の冒険者ではそう使うことはない。
だが不死スキルの蘇生範囲は俺の持つ装備やアイテムの修復も含まれる。
そのためボロボロになった武具どころか、マグナストーンまでしっかりと元に戻ってきていた。
失ったものは何もなく、強敵のみただ討伐できる。
理想的な結果だった。
が、
「毒に食われながらの自爆……生き返ったが、いつも以上に生きた心地がしないな」
最初に不死スキルを使いはじめたときより、俺は精神がもつようになっている。
それはまあ『恐怖耐性』がレベル17にまで上がったおかげだろうと思う。
とはいえ、ため息が出るほどにはなんか疲れる。
こんな姿、あんまり環奈や初音に見られたくないな。
「だけどあれだ。俺はもっともっと強くならなくちゃいけないんだよな」
今まで見てきた悲劇を思い出す。
『地下街ダンジョン』だけではなく、『朝井ダンジョン』の同じ年齢の男子の亡骸も。
財善寺響真に比べればまだ無力。
だけど強くなれる余地はまだまだたくさんある。
初音の言うことを真に受けたわけじゃないが、俺には恵まれた才能がある。
誰も入手できないスキルと、希少スキルの組み合わせがある。
「よし……回復は十分。もう少し効率よく戦うか!」
ハニービーは群れる。
4、5匹ぐらいは当たり前に群れるらしい。
そこでマグナストーンを使った自爆を繰り返していけば、経験値はどれだけ入るだろう。
ちなみに蘇生までの時間は1分半。
今日はあと1時間半ぐらいダンジョンにこもっていたい。
それから平然と家に帰って夕飯を食いたい。
どれぐらい稼げるか、少し楽しみかもしれない。




