魔物は叫ぶ「ダンジョン王は降臨する!」
「あの人、鮎川先輩の友達ですよね? いったい何レベルなんですか……」
環奈は声をひそめつつ俺に聞いた。
「他の奴らは知らないが、財善寺っていう長身のやつはレベル200以上だ」
「レベル200!? 高校生でそれって可能なんですか?」
「分からん。子どもの頃から鍛えていたのかもしれないが……にしてもすごい装備だな」
瞬時に装着された財善寺響真の装備。
瞬時に装着することも驚きだったのだが、その姿形もまた特殊だった。
財善寺響真の鎧は、世界にある中世の鎧のそれとは違い、全身が完全に身体と同じ形の金属で覆われていた。
SF映画に出てきそうな、完全なパワードスーツだ。
そして背中からは2本の長い腕が生え、身長ほどの巨大な刀を1本ずつ握っている。
そのうえで財善寺本人は何もない空間から大剣を2本取り出した。
空間から出す秘術的なものも訳がわからないが、俺ならまず武器の重みに耐えられない。
200レベルはこうまで違うのか、と俺はその姿を見て圧倒される。
「響真、ここにいるケガ人、一度回復しておくね?」
「お願いするよ、芽衣。恭二、何が起こったかわかるかい?」
「聞き耳立ててるけど泣き声叫び声がうるさすぎてわかんねーよ。でもまぁ、『地下街ダンジョン』で異常発生してそうだなってことはわかるぜ? あそこだけ気配が違う。そんなダンジョン前にもケガ人多数だ」
「ありがとう恭二。芽衣、ここの回復がおわったらすぐ『地下街ダンジョン』へ」
「はあい」
乙矢芽衣のおっとりとした返事。
だがそのおっとり感からは想像もできないような光がフードコート全体を包み始めた。
体が心地よくなっていくことで感じる。
そして足元に広がる文字、いや魔法陣。
これは巨大で強力な回復魔法だ。
どういう原理か分からないが、彼女のつけている指輪や腕輪といった装飾品が魔法の勢いを強力にしているのかもしれない。
ローブと杖は基本装備と変わらない。
だが、装備している装飾品の数が尋常じゃなく多かった。
指、杖、ローブ、脚、肩……すべてに金属製の何かが取り付けられ、その姿形は異様な身体の膨らみを感じさせる。
苦しんでいる人たちが立ち上がれるほどには元気になる。
一方、立ち上がらない数人は、事切れた人たちだということも分かる。
気が付けば財善寺たちは消えて、その場には乙矢以外だれもいなかった。
きっと『地下街ダンジョン』の方へ行ったんだろう。
方法は分からない。
俊足スキルを使ったって目を離した隙に消える、なんてことはないだろう。
俺の知らない瞬間移動スキルだろうか。
「鮎川くん」
「は、はい?」
乙矢が俺に話しかけてきた。
おっとりとした声で話しかけてくれたのだが、まさか話しかけてくるとは思わなかったので「はい」という声が裏返ってしまった。
「大抵の人は回復したし、ここは任せてもいい?」
「え、いや、任せるって言っても俺のレベルは……」
「レベル云々というより、介抱。鮎川くんも冒険者なんだし、こういう役割は担うべきだ……って財善寺くんがよく言うんだよねー。ノブレス・オブリージュだからって。日本語訳でなんて意味なんだろう? まあいいや、『地下街ダンジョン』は私たちに任せてね!」
それだけ言うと、瞬時に彼女も消えた。
彼女の言ったノブレス・オブリージュ。
高貴なるものは社会的責務を負う、という意味だ。
冒険者は一般人たちと違い、特殊な力があるので、一般人を助けなければいけない。
俺はそういうことを考えたことはなかったが、財善寺ほど強いと、そういうものを背負っているのかもしれない。
「魔物と戦える武器は持ってないし、回復ぐらいか。環奈、いけるか?」
「は、はい」
「ねえねえ、私はどうすればいいー?」
と聞いてきたのは初音だった。
俺たち二人が戸惑っているのに、初音には心の余裕が感じられる。
いまだにここで出会ったときの笑顔が崩れていない。
変なやつ。
いや、少しズレてる。
そのことは不思議で仕方なかったが、初音に任せるようなことはないだろう。
まだ彼女は一般人だ。
「初音、この状況だともう買い物はできそうにないし、もうそういう気分じゃない。だから、すまないが、とりあえず解散で……」
「えー、つまんない」
「そういうこと言うと、不謹慎と思われるぞ」
「そうかな? よくわかんないや……あ、でも役に立つ情報一つだけ発見したから言うね」
「なんだよ」
「スマホでSNSタイムライン見てたんだけど『地下街ダンジョン』で未確認の強力な魔物が突然発生したんだって。そいつが冒険者を手当たり次第、攻撃してたみたい。まだ倒されてないんだって」
やはり初音の言葉一つ一つ、どこか楽しげで不謹慎だ。
だがその情報の続きを聞きたかった俺は、そのことを指摘することなく、初音の言葉を聞き続けた。
「それでね、その魔物なんだけど、こんなこと言ってたんだって。『ダンジョン王は降臨する!』って。ダンジョン王って何なんだろうね」
「わからん」
聞いたことがない。
ダンジョンの王?
ダンジョンを統べる者なのか、ダンジョンボスの中で最強の奴のことなのか。
全然分からない。
ダンジョンボスと戦うやつが現在いない以上、戯言か世迷言の類だろう。
それにしても財善寺はそんな変な魔物を倒せるのだろうか。
ドン、という嫌な音が建物全体を揺らす。
激しい戦闘らしいが、どちらが優勢かは分からない。
「あ」
「初音、どうした?」
「倒したって」
「え、もう?」
まず疑った俺だったが、初音に動画を見せてもらうことで理解した。
動画はSNSのタイムラインに上がっていたもので、財善寺は魔物の首を持っていた。
その顔には喜びも、悲しみもなく、ただただ何か魔物に対してでもない、別のことを考えていそうな雰囲気があった。
無事解決した。
……とは呼べそうにない。
『朝井ダンジョン』に続く騒動で、俺たちの立場、冒険のしやすさは変わってしまうのかもしれない。
魔物の首を見ていると、そんな悪い予感がした。
※
帰ってきて案の定、家族に今日の出来事について聞かれたが、俺はノーコメントを貫いた。
答えたくはなかったが答える気力もなかった。
単純に疲れているというのもあったが、それより俺は落ち込んでいた。
俺に出来ることはないかと思い、一応見て回ったが、傷ついた人はみんな癒えていた。
癒えずに倒れている人は全員死んでいた。
何人いただろう。
5人か? 10人か?
わからない。
もちろん『リバイブ』が使える人間なんて現れなかった。
ノブレス・オブリージュなんていう言葉が空虚に思えてくる。
俺はなにもできなかったのだ。
それにしても鎧やローブを着た冒険者だけでなく、Tシャツを着た人まで魔物の被害にあっているのはかなりショックだった。
強力な魔物がダンジョンの外に少しでも出てしまったことが、一般人の被害の理由だ。
突然、強力な魔物が出現することも深刻な事態だが、魔物がダンジョンから出るという事態はより深刻だ。
なぜなら雑魚の魔物ですらダンジョンからは出ない、という前提がそれまであったからだ。
それがあるからダンジョンは経済として成り立っているのに、その前提が崩れた。
ダンジョン王という存在は気になる。
だが、気にしている心の余裕が今の俺にはない。
これから国の偉い人たちが審議でもするのだろう。
俺の冒険者生活には支障が出る。
いや、そもそも家族が許してくれるかどうか……。
『鮎川先輩、今日はありがとうございました』
ピョコン、という音とともにチェインの画面に文章が表示された。
環奈だ。
『帰るとき、顔色悪そうでしたが大丈夫ですか?』
『俺はめちゃくちゃ元気! そっちはどうなんだよ?』
文面だけは元気になれる。
いやまあ顔面蒼白の俺を正面から見ていただろうし、空元気なのは見抜かれてはいるだろう。
『私も元気です。いや、さすがに落ち込んではいます。でも一緒に装備品を買ってくれたことは本当に嬉しかったです。いまレベル15なのにレベル20のローブと魔法の杖……これから試すことが楽しみです』
『俺も、環奈がレベルがんがん上がっていくの楽しみだよ』
今後ダンジョンにちゃんともぐれるかは分からないが、それは口にしない。
『ところで初音さんなんですが』
『ああ、どした?』
『やっほー!』
チェインの会話に『初音が参加しました』というポップが上がってきた。
『あのあと、ゴタゴタしてるなか別れるのは嫌だったんで、初音さんに連絡先交換しませんかって言ったんです。そしたらチェインやってるよと言われたんで誘いました。あと会話してるなら参加したい、と言われたので誘いもしました。親しいと聞いているので良かったですよね?』
『彰良くん、チェインやってるなら言ってよー』
事後承諾がすぎる。
俺は今日の出来事とは別の疲れを感じ、言葉を失った。
事後承諾となると、もう断ることはできない。
『チェインやってないとは今まで言ってなかっただろ。聞いてくれれば答えたさ』
『うーん、怪しいよ、彰良くん』
『ところで初音は何か用なのか?』
『ああ、そうだ。冒険さ、私も参加しちゃっていい? まだレベル1なんだけど、隅で魔物の攻撃にあたらないよう座ってるんで』
『いやそれこそ財善寺のところでいいだろ。あいつらレベル200あるんだし、すぐお前もめちゃくちゃレベル上がるはずだぞ』
高レベルの人と一緒にレベルを上げても経験値は平等で入る。
少しズルいが、環奈とのレベル上げはその方法で行った。
『うーん、それは理想だよ? そのつもりもあって声をかけたぐらいだし。でも響真くんたち、今日の一件で忙しくなる気がするんだよね』
財善寺たちは率先して強敵を倒したのだ。
それに加えて有名人でもある。
たくさんの人を救っている。
何らかの依頼、仕事がやってきてもおかしくはない。
『というわけなので、私からも初音さんのパーティー加入、お願いします』
と、環奈。
環奈に加えて初音のレベルアップにも付き合うとなると、色々と大変だ。
それに俺は、初音に隠していることをちゃんと伝えなくちゃならない。
『わかった。ただ、俺が今から言うことは他言無用でお願いしたい。初音、いいか?』
『いいよー』
『俺はレベル6なんかじゃなくて、レベル75なんだ』
『あーやっぱりそうなんだね』
『気付いてたのか?』
『薄々は。嘘っぽいなーって。ほら、私の勘ってよく当たるんで』
『また勘か。まあその辺のレベルについては周りのやつらに伝えないでくれよ』
『どうして? 別によくない?』
『強いと財善寺に誘われそうになる。それはちょっと避けたいんだ』
加えてチートが暴露しそうだから怖い。
『はあ。まあ響真くんたち、もう250レベルの装備について話してるから、本当に彰良くんを誘うことはないと思うけどね』
本当なら素直にそう思いたい。
だが、やたらと絡んでくる財善寺を見てると、本当に誘ってきそうな気がする。
『ところで初音、冒険の件なんだが、そもそもこの状況だと冒険にはしばらく出れないと思うんだよな。だからまあ、手伝いたくてもしばらくは手伝えないと思うぞ』
『どうして?』
『どうしてって、俺たち見てただろ? 死人まで出て、ひどいことが起こったじゃないか。ダンジョン全閉鎖だってありえる』
『うん、まあ確かに悲惨ではあったけど、それはそれでダンジョンの運営も冒険も続くと思うよ』
『どうして言えるのさ』
『なんとなく』
『またお得意の勘かよ』
『ふふっ』
笑うところなのか?
そしてもちろん、初音の勘については適当にあしらうつもりでいた。
だが後日、それはちゃんと当たることを知る。
次回、今回描かれなかった財善寺たちの活躍の回です。




