VSフロアボス シングル・スライム!(前編)
前後編です。
最下層の10層にはあっという間についた。
そういえば雑魚という雑魚は不意打ちでもしない限り、俺の姿を見ては逃げていくのだった。
「経験値、稼げないな。すまん」
「いえ、パーティー組もうって言ったのは私なので、別にいいですよ」
エリートオーク戦以来の再会となった少女、寺井環奈は申し訳なさそうに言った。
レベルを上げたいという話ではあったので、雑魚とほとんど戦えないのは何とも言えないが、パーティーを組む提案は彼女からのものだったので、まあ許してくれてありがたいと俺は思う。
そして歩いていると入りたくもなく、そして入ることが許されない部屋に近づいた。
「あの、ここってもしかして……」
「ああ、見るの初めてか? これ、ダンジョンボスが眠ってる部屋なんだ」
「戦っちゃいけないやつですよね」
「まあな。さ、それ扉に近づくだけでもしんどくなるから、早く行こう」
「はい」
『朝井ダンジョン』のダンジョンボスの部屋も赤いコーンが敷き詰められ、黄色と黒の縞柄のテープが張り巡らされていて、部屋に入ることは不可能そうに見えた。
いや、近づくだけでも相変わらず何か吸い取られそうになるので、近づくことができなかった。
俺たちはただ素直に、ダンジョンの最奥を目指した。
フロアボスと出会うためだ。
「ここですね」
大きな扉が俺たちの前に立ちはだかる。
間違いなくこの奥にはフロアボスがいる。
そういえば田中さんは「楽しく戦える」なんて言ってたが、どういうことなんだろう?
「だな。準備はいいか?」
「MPは切れてますが、私にはスキル『打撃力アップ』があるので、それを使っていきます」
「その効果は?」
「武器使用時の攻撃力が少し上がるスキルです。少しだけなので普段は使いませんが」
「MPが切れた今なら、使うチャンスがあると」
コクリと環奈はうなずいた。
「だから戦う準備もできてます」
「わかった。じゃあよし行くぞ!」
ロングソードを構えながら、バン、と音を立てて扉を力強く開けた。
やはり大きな部屋。
だが前みたいに支柱はなし。
広い天井が視界に入り、その奥にわらわらと何かうごめくものが見える。
あれがここのフロアボスか。
俺たちが奥に歩くまえに扉が閉まる。これでもう後戻りはできない。
恐怖はさすがになかった。
『朝井ダンジョン』のフロアボスなので、強さはたかが知れてるだろう。
だからこの戦闘で気を付けることは一つ。
環奈を死なせないこと。
彼女はレベル6。
『朝井ダンジョン』のフロアボス推奨レベルは確か15とかだったはずだ。
彼女を守りながら戦わなければならない。
「補助魔法『アクセル』……これで素早く戦闘ができるぞ。もう一度念押しするが、戦ってもいいか?」
「問題ないです、うん。大丈夫……」
環奈は顔が強張り緊張は隠せていなかったが、俺は言葉の方を信じて前へと進んだ。
わらわらとうごめくフロアボスの正体がだんだんと目視できてきた。
複数、どころか無数にいるスライムたちだ。
「わあ、カワイイ」「キモ」
俺たちは互いを見る。
ちなみに「キモ」と言ったのは俺。
え、なんでそんなことを言うの、というような視線だ。
「えっと、鮎川先輩には可愛く見えないんですか、これ」
「いや、全然」
「えー……なんだか、センス、大丈夫です?」
辛辣だ。再会したばかりの先輩に対する口調とは思えない。
「斬る対象だからカワイイも何もないじゃないか。それもこんな、何十匹とウヨウヨいるとさすがに気持ち悪いなって俺は思うぞ」
「もしかして鮎川先輩はネコとかにも同じこと感じるんですか?」
「いや、ネコはまず魔物じゃないだろ」
確かにスライムには大きな目がある。
そして持つとプニプニとした柔らかい体。
キャラクターグッズとして展開もされている。
だが俺からすれば大きな目は殺意を向けられているように見えるし、プニプニの体は触れるとベタベタだ。
だから気にせず無慈悲に倒せてきたのだが。
まあいい。
とりあえず鑑定スキルをひっそりとつかって、スライムついて確認をする。
『シングル・スライム:スライムの亜種。フロアボス限定。非常に弱い。群れることで特殊な動きをする。弱点なし。耐性なし』
俺の視界に文字が表示される。
特殊な動きとはなんだろう。『鑑定』のレベル次第でこの辺は詳しく語られていくのだろうな。
「さて、たぶん俺がやるとすぐにこいつらを倒すことができるが……どうする? 俺が全部狩るまで安全なところで待機しておくか?」
「いえ、私も戦います! 頑張ります!」
「分かった。でもMPは切れてるんだから、無理はするなよ」
「はい!」
鑑定結果について言わなかったのは、これもレアスキルなのであえて隠すためだ。
だが俺はこの結果を踏まえて行動をする。
特殊な動きが分かり次第、戦術を変えたり彼女を後退させたりことも視野に入れていこう。
ぷに、ぷに、ぷに、ぷに。
スライムたちは群れを成して動いている。
なんで群れているのか分からないほど多い。
先行するのはもちろん俺だった。
スライムたちはひざぐらいの高さしかない。
存在感はそこそこあるものの、正直低い。
俺はロングソードを横に構えてスライムたちを一気に斬ろうと思った。
そのため、姿勢を低くする。
地面スレスレに、ロングソードの刃が浮かぶ。
あとは片手で持って、遠心力に任せ、斬りこんだ。
バシャバシャと、鈍い水の音がする。
スライムの表皮が切れて、中の体液が漏れ出した音だ。
そう思うと心底気持ち悪いが、スライムは死のタイミングであらゆるものが透明になっていくので、青い水たまりしか残らない。
ビジュアル的なエグさはほとんどなく、これにはいつも助けられている。
「えいっ」
ポコン、と杖で可愛く叩くのは環奈だ。
俺のうしろからやってきて、俺がまだ斬っていないスライムを1匹、打撃で倒した。
『打撃力アップ』のスキルがあるおかげか、スライムそのものも本当に弱かったのか、プシューという音とともに青い水たまりになった。
「よく叩けたな。カワイイから叩くことを躊躇してしまうかと思ってたぞ」
「もー、それとこれとは別ですよ。一応ソロでレベル6までは上げてきたんで、ゴブリンだって打撃でちゃんと倒せますよ」
「すまんすまん。だが――」
俺はスライムの群れのなかに飛び込んで、もう一振りする。
青い液体がこちらまで飛び散ってきて気持ち悪いが、相当な数を倒せた。
これは優勢かと思いきや、
「——ちょっと苦労する数だな。弱いが、数が多すぎる」
スライムの数が減っていないように感じる。
脅威ではもちろんないから、不安はやはりない。
スライムの攻撃はゆっくりとしていて、避けるのは簡単だった。
環奈の体にもあたってはいるが、「あいた」とかわいらしい声を上げるだけで、ダメージはなさそうだった。
ただ、本当に多い。
もしかして――
「もしかしてこれって、増えたりとかしてませんか?」
息を切らした環奈が言った。
「ちょうど俺も同じことを考えていたよ。少なくとも減ってない」
「というか鮎川先輩、倒し方とかネットで調べずに来ちゃったんですか?」
「あー……うん。だって俺、レベル75だし、余裕だろうなって思ってた」
ちょっとだけ呆れる環奈。
……俺、自分のことを買いかぶりすぎていたかもしれないな。
明日も2話更新の予定です。




