少女との再会!
「ところでまた『朝井ダンジョン』を攻略なんて、どういう風の吹き回しだい? あそこは彰良くんにとって、もう経験値にもならないだろう?」
受付で俺の冒険者カードを見つめながら田中さんは言った。
リビング・スタチュー討伐から2週間。
今さら『朝井ダンジョン』を攻略したところでレベルは正直上がらない。
だが俺の中には少しばかり心残りがあった。
「確かに行く必要ないんですけど、そういえば『朝井ダンジョン』のフロアボスって出会ったことなかったなと思いまして。『朝井ダンジョン』再開記念として」
「なるほどね。分かった。ところでどんなフロアボスがいるのか、もう調べてるのかい?」
「いえ、それは楽しみに取っておいてます」
「まあ、あのボスは楽しく戦えるみたいだからね。戦利品は大したことないと思うけど、楽しんできたらいい」
そして冒険の許可がおり、さっそく『朝井ダンジョン』へと向かう。
『朝井ダンジョン』はエリートオーク騒動以降、2週間の閉鎖を余儀なくされた。
あのエリートオークが何者だったか、その正体は明らかにならなかった。
フロアボスではなく未確認のダンジョンボスだったのでは、という憶測があるが、憶測にすぎないままネットの話題は沈静化した。
そもそも見た人間がほとんどいないので、姿形すら正確に伝わってない。
再発防止に努める、と偉い人が語る場面ばかりニュースで流れ、世間でも話題は終わっていた。
まあ俺自身も、少しばかり忘れかけている。
あの時の死恐怖の感触を。
スキル『恐怖耐性』の効果が出てしまっているのかもしれない。
ちなみに俺の現在のレベルは75。
リビング・スタチュー以後、レベルは5だけあがった。
あれ以降、フロアボスと戦うのは疲れそうと思って避けてしまっている。
そのため先週の土日は『丘の上ダンジョン』の最終15層目といった、推奨レベルにあったダンジョンで雑魚をちまちまと狩った。
おかげで不死スキルの出番はないが、まあ健全な戦い方でいいと感じる。
それにダンジョンの道中で不死スキルが発動して、生き返る場面がたびたび目撃されることはよろしくはない。
「あれ、君はあの時のくさかった少年じゃないか!?」
ダンジョンの入り口でばったり遭遇したのは、以前会ったことのあるダンジョンの管理人の若い女性だった。
エリートオーク討伐以来の再会だ。
彼女は今日も重厚な鎧を着こんでいる。
「あの時はどうも……」
すれ違って少し言葉を交わした記憶しかないが、とりあえず挨拶。
「いやあ、田中から聞いたよ! 君! 『朝井ダンジョン』卒業するぐらいには強くなったんだってね、おめでとう!! そういえば装備も立派だね! ところでこの道は『朝井ダンジョン』に続く道なんだけど、間違えてないかい!?」
「あー……今日は『朝井ダンジョン』のフロアボスを倒そうかな、と思ったんで」
「それはいい! フロアボスは他の魔物より強いから、別ダンジョンの雑魚を倒すより経験値が稼げるかもしれないからね! それになんたって戦利品が金になる! あ! そういや私は仕事の真っ最中だったんだ! またどこかゆっくりとギルドの中でお喋りでもしたいね! それじゃ!」
「あ、はい」
ささっと彼女は鎧をガシャガシャと鳴らしながら去っていった。
まるで嵐が去ったかのような静けさだけが残った。
そういえば前も声がでかかったことだけは記憶に残っている。
そして名前は知らない。
まあ、縁があればまた会えるだろうし、なければないで、それでもいい。
ということで俺は久しぶりに『朝井ダンジョン』に入った。
ダンジョンランクはFと最底辺。
今まで長居してきた2層目の推奨レベルでソロだと5。
どう考えてもレベル75の俺は場違いにもほどはあるが、雑魚魔物を乱獲して他の冒険者の邪魔をしなければマナー違反にはならない。
とはいえ再開したばかりなので人は少なく、そういう視線も気にすることなく俺は下層へと降りていく。
今まで見たこともなかった3層、4層にもやはりゴブリンやスライムといった小さな魔物がいた。
だが俺のステータスを察しているのか、そいつらは俺を見るやいなや、逃げていくだけだ。
俺もダンジョンを荒らしたくはなかったので、逃げる奴らはただ見るだけにする。
……俺、本当に強くなったんだな。
「早くフロアボス倒して帰ろう」
ずんずんと降りていく。
ダンジョン探索といっても『朝井ダンジョン』の構造は単純で、岩肌がむき出しになった一本道。
『丘の上ダンジョン』みたいに平原があって、太陽のような光が差し込んでくるものではなく、単純なものだ。
迷うことなんて一切なかった。
ゆえに初心者向きと言えるのだが、
「少し退屈といえば退屈だな……」
と独り言ちるほどには退屈だった。
すれ違う冒険者とは会釈する程度。
会話が発生することはない。
みんなソロを楽しみ、ソロに没頭する。
驚きのある出会いなんてあるわけがない。
そのはずだった。
「えと、リ、リカバー!」
最下層5層目の奥の方から、何だか聞き覚えのある声がした。
女性だ。しかもさっき会ったダンジョン管理人より、きっと若い。
俺と同じぐらいの年齢だろうか。
だとすれば今週転校してきた佐野初音とかだろうか。
いや、それはさすがに違う気がするな。
「ひゃあっ! ちょ、ちょっと待ってよ! リカバー間に合わない!?」
女性、いや少女の声に震えが混じる。
俺はロングソードの柄を握りつつ、声のする奥へと走り出した。
危うそうだ。
初心者向けダンジョンのゴブリンやスライムにやられて死ぬことはほとんどない。
ただ、逃げることが上手くできたとしても、ひどいケガを負わされてしまう。
ケガなんかは冒険者ギルドとダンジョンの間によくある回復屋で即回復できるのだが、普通の人間なら痛い思いなんかしたくない。
俺だって不死スキルがあっても、痛い思いはしたくない。
ケガは冒険者の証とも言われるが、嫌なものは嫌だ。
それに少女がそういった思いをするのは、想像するのもあまりいい気持ちにならない。
走る。とにかく走った。
そばにいるゴブリンたちは「ギョ」とか言って退いてくれる。
「ううー……」
少女のうなり声が聞こえてくる。
岩肌の目立つダンジョンだからよく聞こえるのだろうけど、それでもおそらく近い。
たぶん曲がり角を曲がった先にいる。
そして本当にいた。
スカートからのぞく素足。ひざとひじのプロテクター。俺の通う浜澤高校とはちがう制服。魔法の杖——。
……見覚えがあった。
間違いない。
ただそれをはっきり確認するにしても、まず目の前にいるゴブリンを倒さなければいけない。
前にいたエリートオークと違い、こいつは普通の5層目のゴブリンだ。
俺にとっては、もはや雑魚。
「そい」
ロングソードを横に軽く一振り。
ゴブリンの体は半分になり、吹き飛び、壁や地面に鈍い音を立てて崩れた。
「大丈夫か?」
「はあはあ……MPが切れそうで……それで気が動転しちゃって……って、あなたはもしかして……?」
少女は息を切らしながら、2週間以上前の記憶をたどっている。たぶん。
俺は彼女のケガを『リカバー』で回復しつつ答えた。
「ああ、オークとの戦い以来だな」
この少女は間違いなくエリートオークに絡まれていた少女だ。
俺はかつて助けたことがある。
確か必殺技で巻き込むとまずいから逃げろ、とか適当なことを言って逃がした記憶がある。
あと、ダンジョン管理人に通報をしてくれたのも彼女だろう。
「あのオークから逃げ切ったんですね、無事でよかった」
「ああ、何とか逃げ切れたよ。通報してくれたんだよな、ありがとう」
逃げ切ったわけではなく、俺は奴を倒した。
それに体内で生き返ったりと大変で、まったく無事ではなかったんだがな。
まあその事実を喋る理由はなかった。
チートを悟られる行動は慎む。
この子に対してもやはり隠す。
「ここはダンジョンランクFとはいえ、5層目だ。雑魚でも少しは強い。無理はするなよ、それじゃ」
俺はそれだけ言って、その場から去ろうとした。
別に積もる話なんてなかったが、相手の表情を見る限り、どうもそんな気がしない。
ジッと見つめる瞳は俺に何かを訴えたくて仕方なさそうだ。
何か話しかけてきそうだな……と、そんな予感がしたときだった。
「ま、まってください」
消えるような、か細い震える声で少女は俺に声をかけてきた。
「な、なにか?」
「あの……一緒にパーティーを組んで欲しいんです。お願いできませんか?」
明日は2話更新する予定です。




