最強のクラスメイト 財善寺響真とその仲間たち!
布団で寝っ転がりながら、ネットの銀行口座をみていて俺は驚き目が覚めた。
本当に1000万円入っていたからだ。
いやまあ、田中さんや冒険者ギルドの人たちが入金するといったのだから、そりゃ当然入っているのだが、実感は湧かなかった。
しかし1000万円……使い道がわからない。
ソシャゲのガチャにとりあえず課金してみたものの、1万円使ったあたりで、「ゲームに大金つぎ込むのはよくない」という父のお叱りが脳内に響いた。
俺みたいな高校1年生にとって、1万円ですら本来なら大金だ。
70レベル装備は買うとして、絶対に余る。
あとはマジでどうしよう。
買いすぎると、かえって母や父に怪しまれるしなあ……。
「彰良! 学校遅刻したいの?」
母のちょっとした怒声が聞こえる。
ああ、もうそんな時間なのか。
そして平日だ。
冒険者は休業して、今は学生にならなければ。
※
俺は浜澤高校の高校1年生として、平日は普通に授業を受けている。
冒険者はあくまで趣味とか副業というやつで、本業を疎かにしてはいけない。
特に学生は学業を優先すべき、という常識がある。
そもそも2週間前の日曜日までまったり冒険者だったので、そんなことは1ミリも考えたことがなかった。
それにしても教室に入りこむ風が心地いい。
昨日はフロアボスを倒したこともあって、興奮のあまり寝付くことができなかった。
だから眠い。
机に突っ伏して、寝るのもいいだろう。
どうせ俺に話しかける親しい人間なんていない……。
「鮎川くん……鮎川彰良くん」
え? 男の声? 先生?
いやホームルームはまだのはずなんだが……そもそも先生にしてはイケメンボイスすぎる。
このクラスにイケメンボイスな人間なんていたか?
「オークが君の頭を狙っているよ?」
「は、え……オーク!?」
俺は起きるどころかイスから立ち上がって、背中に手をあてた。
だが学校にロングソードを持ってきているわけがなかった。
というかダンジョンでもないのだから、オークもなかった。
俺にクラス中の視線が集まる。
……恥ずかしいから見ないで欲しい。
ただ、俺は別の人をジッと凝視していたので、みんなのことをとやかく言えないかもしれなかった。
俺の目の前には財善寺響真がいたからだ。
気のせいではない。財善寺もまた俺を見ている。
マジか。
だってこいつ、今まで一言も俺と言葉交わしたことのない、エリート冒険者の1人だぞ?
声かけられて気付かないほどには交流なんてないのだが。
「なぜか驚かせてしまったようだね。すまない。でも座っていい。僕だけが立っておくよ」
「あ……ああ、じゃあ遠慮なく」
財善寺響真はさらさらロングヘアーを風でなびかせるような長身で細身のイケメンだ。たぶん身長は190cmぐらいある。
それに加えて財善寺響真は身体的なスペックだけでなく冒険者としてもすごい。
なんせ俺はレベル50や70で喜んでいるが、財善寺はレベル200に達しているからだ。
ダンジョンが現れた5歳からレベル上げでもすれば到達できるレベルなのだろうか。
ともかくレベル200の高校生ともなると、もはや全国に数えるほどしかいない。
加えてイケメンなので、雑誌などでもたびたび取り上げられている。
接点は『冒険者』『同じクラス』以外にない。
なぜ、話しかけてきた?
「ふーむ? なぜか警戒されているような気がするけど、気のせいかな?」
「気のせいだと思うぞ。ていうかさっきのオークってなんだよ。財善寺は俺になんか用事でもあるのか?」
「いや、気になっただけなんだ」
「気になった?」
「ここ1週間ぐらいで君の冒険者としての匂いが変わった気がする。なんというか、土と血の匂いが強くなった」
「それはクサいって言ってるのか?」
「ははは、そうじゃないさ。そんな悪口を僕が言うとでも思うのかい?」
言わないと思うが、そもそもこいつが何を言う人間なのか今のところわからん。
「土と血の匂い。これは強くなった冒険者特有の匂いだと僕は思っている。彰良くんからはそういった匂いがすごくするんだ? 君は確か以前レベル5と聞いていたけど、もしかしてもうレベル100とかそれぐらい強くなってたりするんじゃない?」
うわ。
そこまでじゃないにせよ、変な気配とか雰囲気だけでここまで言い当てるのか。
というかよく俺のレベルとか覚えてるな。
話したことないのに……。
「ちなみに『鑑定』スキルは持ってないよ。あれ、相当レアで、僕は覚えられなかったんだ」
「そうか。でも俺のレベルは6までしか上がってないぞ」
鑑定スキルがそれほどまでに入手しにくいものなのか。
それにしても鑑定スキルは俺の『不死』まで見えてしまうのだろうか。
今後出会う人間には気を付けないと。
急激なレベルアップについて、ちくちく聞かれるのも嫌だし、なによりチートスキルが露見することは絶対に避けたい。
田中さんの想像のように毒味をさせられることはないにせよ、よくないことが起こりそうだ。
「レベル6なら仕方ない。ただ君には素質が間違いなくあると思う。強くなったらぜひ、僕たちのパーティーに声をかけて欲しい」
「えーっと……ああ、覚えてたら声かけるよ」
「期待してるよ」
と、財善寺が戻っていく先には、いま財善寺が組むパーティーの面々がいた。
財善寺のほかに強いやつが5人いる。
「響真、あの子と親しかったっけ? なんか話かけてるの珍しいよねー」
スマホを操作しながら喋っているのは和田朱音。
金髪のギャルだ。
ギャルらしくスマホはデコレーションがものすごく施されている。
魔法使いとして大活躍しているのだとか。
「どうでもいいだろ、そんなこと。それより早く響真は次のダンジョンの日程を決めてくれ」
脱力気に机に突っ伏しつつ喋っているのは藤寺恭二。
普段から物静かで、こいつが財善寺たち以外と絡んでいる所を見たことがない。
俺からすれば何を考えているのかすら分からないが、まあ強いことは確かだろう。
「次のダンジョン! できれば明日、明日がいい! 今から闘魂が燃え上がってしょうがねえぜ!」
このやかましい熱血男児は阿川吉時。
全身ものすごい筋肉が張っていることが特徴だ。
普段からうるさく、口汚く、思慮が足りず、これまた俺との接点が想像しにくい。
それ以上に財善寺や藤寺との組み合わせも想像できない。
ただ強いことは間違いなく、財善寺とともに雑誌でインタビューを受けていた記憶がある。
「吉時、うるさい。あんたの発言で衆目を集めるとか嫌なんだけど?」
阿川につっかかったこの女子は富田恵。
俺は女子と会話をしないので接点は皆無だし想像もできない。
ただ俺から分かることは、どうも阿川との相性が良くないことだ。
基本は静かな女子なのだが、時々阿川とは突っかかることがある。
「別にいいんじゃないかなぁ? もとからあたしたちって注目されちゃってるし、注目された所で、手出しはできないよね、みんな弱いし……」
うつむき加減で静かに喋りつつも、何だかひどいことを言った女子は乙矢芽衣。
カワイイ感じに振るまっているのはカワイイ自覚があるからだろうか。
ヘアピンや筆記具までピンク色に染め上げられているその容姿は、童貞の心を鷲掴みにしそうだが、悪意のある本音のせいで近づく男子は意外と少ない。
財善寺のパーティーの中では一番強さが想像できないが、もちろん彼女も強いのだろう。
強くなったらこのパーティーから声をかけられるのだろうか。
財善寺響真はレベル200で、他のやつらもめちゃくちゃ強い。
レベル100どころではないはずだ。
ただ、いずれはダンジョンで出会うことになるんだろうな。
チャイムが鳴る。
財善寺に声をかけられたのは意外だったが、ここから数時間は俺の他愛のない平凡で穏やかな日常がはじまる。
オークもゴブリンもいない、ロングソードを構える必要のない学校生活。
学生と冒険者をソロで両立しているせいで親友と呼べる人間はいないが、俺はこの生活が気に入っている。
これからは死と隣合わせだろうけど、ソロの生活はきっと変わらない。
「今日は転校生を紹介する」
教壇に立った先生が教室の外にいた生徒を招いた。
女子が入ってきた。
さっそく黒板に名前を書いて、彼女はそれを読み上げた。
「私、佐野初音って言います! 引っ越したばかりで右も左も分からない私ですが、よろしくお願いします!」
パチパチパチ、とクラスみんなが拍手をした。
財善寺のパーティーの女子たちを見たばかりだったので、佐野さんのことはいかにも清楚というか、裏表のない女子っぽいなと感じた。
実際はどうか分からないが、まあ接点はなさそうなので、考えても意味はないだろう。
「じゃあ、佐野は……どこにしようかな?」
「あ、じゃあ、あの辺でいいですか?」
あの辺、として示されたのは俺の隣だった。
ここには確かに空きスペースがあるが、他の女子の隣とかじゃなくて俺の隣なのか。
「いいぞ。えっとじゃあ、鮎川。席を用意してやってくれ」
「あ、はい」
俺は立ち上がって教室の端に置かれていた予備の椅子と机を運んだ。
「わざわざありがとう! ところで名前聞いてもいい?」
え、休憩時間じゃないのに名前を聞いてくるのか、この子は?
この注目されている中で?
清楚とかピュアを通り越して、何だか天然が入っている気がするな……。
「鮎川、彰良……だ」
「彰良くんだね。頼りにしてるから、これからよろしくね!」
「お、おう」
すごく笑顔で俺を見る。
なんかここまで男子に抵抗がない姿を見せられると、調子が狂うな。
しかももう下の名前で呼ぶのか。
それにしても俺にどんなことが頼れるのだろう。
消しゴムや忘れた教科書を貸すとか?
まあその程度だろう、なんて思っていた。
「ねえ、彰良くん。彰良くんって冒険者なの!?」
休憩時間、唐突な質問がきた。
「え、誰から聞いた?」
「勘だよ!」
「そうか、勘なのか。まあ冒険者だよ。レベルは6とか低いけどね」
「レベル6……?」
レベル6、レベル6……佐野初音はなぜか首をかしげ、レベル6とだけ囁き続けた。
レベル6の何が引っかかったのか、俺にはさっぱり分からなかったが、帰るときには「私のことは初音って、下の名前で呼んでいいから。じゃあねー!」と元気よく声をかけられた。
何だったのだろう。
まあ、いいか。




