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十畳長屋のトランキライザー  作者: 松田ゆさく
3/5

3 ジミー・ハーン

『ズドンッ!』


巨大な衝撃とともに、発進するはずであった桜花を攫ったワンボックスカーは吹っ飛んだ。

当然、車の中にいた桜花は何が起こっているかわからない。

それからゴロゴロ転げ、車は上下反転して止まった。

ドアがこじ開けられる。


「大丈夫デスカ? 桜坂桜花サン?」


スパニッシュ系の日に焼けたような浅黒い肌の男。黒髪を後ろで束ねている。二メートルに届きそうな体躯は筋骨隆々であった。

カタコトの日本語で桜花を呼ぶ。


「だ、大丈夫かまだわかりません」


攫った黒服たちが全員気絶する中、桜花だけは奇跡的に意識があった。


「お前、助け方がおかしいよ」


阿妄が落ち着いた様子で部屋から出てきて、男性に声をかける。


「イヤァ、スミマセン、大丈夫ダト思ッテ」


「う、うわあああ、助けてくれえ」


桜花を攫った一人が気が付いて逃げようとする。


「チョット、オ静カニ」


すぐさま二メートルの巨漢は男を捕まえて首を絞め落とす。


「ええ、その人、し、死んでませんよね?」


桜花の質問に、


「問題ナイデース」


と、答える男性。


「助けてくれたのはありがたいんですけど……。あのう、この方はどちら様ですか?」


桜花は恐る恐る阿妄に聞いてみる。


「103号室のジミー・ハーンだ。本人は帰化してるから日本人だと言い張っている」


阿妄はめんどくさそうに答えた。桜花は阿妄が素直に答えたことに驚いた。


「ジミー・ハーンデス。ヨロシク」


桜花はジミー・ハーンと名乗った男と握手する。大人と子どものような体格差だ。


「ジミーは日本プロレス界の王座に就いた外国人だ」


照れ笑いをするジミー。


「え、でも、ジミーさん、見たことありませんよ?それに日本プロレスなのに外人なんですか?」


「帰化してるからいいんだとさ」


「普段はコノ恰好シテマース」


と、覆面をかぶる。


「ああ、見たことあります! 謎の覆面レスラー! 鬼人(キジン)・ザ・ブラック!」


「ソウデース」


ジミーはニコリと笑いながらポージングする。お決まりの胸を叩いて腕をクロスするような恰好だ。


「子どもが真似するヤツです~! てか、ふぁー、盛大にネタバレ喰らってつらい」


桜花は何とも言えない複雑な表情をしていると、その後ろから阿妄が声をかけた。


「ほう、桜坂桜花はプロレスを知っていたか」


桜花はすぐさま振り返り、


「知ってますよ! まさかこんなところにブラックがいるとは思いませんでしたが!」


「鬼嫁募集中デース」


と、ジミーもそこに差し込んできた。


「そうなんですね」


桜花はやっぱりなんともいえない複雑な表情のままでジミーに返した。

阿妄は車を眺めながら、


「ドロップキックで車を転がせるのは世界広しといえどコイツだけだろう」


つられて車を見る桜花。


「ど、ドロップキック喰らってたんですね! ていうか見てたんですか阿妄さん!」


「ああ。すごいキックだったぞ」


桜花は改めて阿妄に視線を向けると、


「この人たちなんだったんですか?」


と、車を指さして言った。


「大方、昨日の死体の仲間だと思われたんじゃないか?」


「じゃあ、攫われたのは阿妄さんのせいってことですか!」


桜花はポカポカと阿妄を殴りながら責めるが、あまり効いてないようだ。


「それで、この人達どうするんですか?」


「ふむ、買い取ってもらうか」


「買い取り!?」


「いやーすごい音しましたね」


と、突然傍らから声がした。


「ひっ」


気づけばもう一人男がいたのだ。桜花はあまりの存在感の薄さに気づいていなかった。


「いや、目の前で堂々と人さらいが起きるから、どうしようかと思いましたよ」


中肉中背、どこにでもいる顔。どこにでもいる雰囲気。特徴がまったくない男。特徴がないのが特徴だろう。


「はじめまして桜坂桜花さん。僕の名前は滑川保男(ぬめりかわやすお)。102号室です。刑事をやっています」


「あ、え、刑事さん? はあ、どうも」


と、桜花は握手をする。


「滑川は警視庁裏三課っていう、ヤバいことを扱う秘密の課だ」


「阿妄さん、秘密なんですから、そう簡単に言わないでくださいよ」


滑川の責めるような言い方を飄々と受け流す阿妄。


「それで、買い取ってくれるんだろう?」


「ええ、買います買います。コイツら、叩けばホコリがいっぱい出そうですから。」


阿妄に分厚い茶封筒を渡し、滑川は桜花を攫おうとした連中を拘束し、本部から応援を呼んだ。


「桜坂桜花、お前にも分け前をやる」


「え、いいんですか?」


「攫われた本人だからな。迷惑料だ」


ポンと桜花の手に数枚の一万円札が手渡される。


「ら、らっきー」


お金を受け取りホクホク顔の桜花。


「チョロイデース」


「え?何か言いました?」


「イエイエー」


桜花は一万円の枚数を数えながら、阿妄に問いかける。


「今回の件、もしかして大きな組織とかがついてるんですかね?」


「だいたい目星はついてる」


「えっ、ついてるんですか!?」


「あの死体のヤツは公安という仕事柄、何か触れてはいけないものに触れてしまったんだろう。そして死体から、嫁と娘の安否を頼まれた」


「え、死体に? 死体に!? 生前ですか?」


「言ってることがわかるらしいのよ」


104号室から遥さんが出て来ながら答えた。


「てかさ、あんたたち、人んちの前でうるさいわよ」


「あ、ごめんなさい。で? どういうことですか?」


「何がよ?」


「死体の声が聞こえるって」


「言葉のままよ。阿妄は死体の声が聞こえるらしいの。しかもそいつの能力も貰えるらしいのよ」


「死人の声が聞こえる!? 正気ですか阿妄さん」


桜花は遥から阿妄へと視線を戻す。


「ああ。聞こえる。奴等の無念の声がな。報酬は死人から貰うから誰の懐も痛まない。さて、無駄口はここまでだ。滑川。こいつらからいろいろ吐かせてくれよ」


「はいはい、わかってますよ。任せといてください」


そういって、滑川は後からやってきた応援とともに、覆面パトカーに乗り去って行った。


「あ、ジミーさん、助けてくれて、本当にありがとうございました」


「平気ヨ。マタ何カアッタラ助ケルヨ」


桜花は空腹を思い出し、


「あ、そうだ、コンビニにいってきますね」


と、住人に伝え、お腹をさすりながら小走りに駆けていった。





つづく

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