2 ごみ処理場
「桜坂桜花。今回は人手がかかりそうなんだ。バイト、しないか?」
お金はいくらあっても困りはしないと思った桜坂桜花は二つ返事で了承した。
「何をするんですか?」
「探し物だ」
阿妄京介はトランキライザーを齧りながらニヤリと笑う。
東京都内某所、ごみ処理場。夢の島と呼ばれた場所に阿妄の車で到着した。
バリボリとトランキライザーを齧りながらの運転は、桜花が助手席から見ていてハラハラしていた。
時間は深夜零時を回っている。
見渡す限り、うず高く積まれたゴミ、散乱したゴミ、よからぬことをしたゴミ。
桜花は後悔した。なんでこんなところに来なきゃいけないのだろうかと。
引っ越してきた矢先になんでこんなに汚れなきゃいけないのかだろうかと。
桜花は複雑な気持ちになりながら、きつい臭いに鼻をつまみ、阿妄に質問する。
「阿妄さんって、なんの仕事をしてるんですか? 白衣着てますけど」
「探偵だ」
端的な答えにムッとする桜花。
続けて質問する。
「何を探してるんです?」
「人」
桜花はあまりの端的な回答にイライラしてきた。
「人探しでごみ処理場っておかしくないですか?」
「お前は質問ばかりだな」
「そりゃ質問もしますよ! いきなりこんなとこ連れてこられて、何を探すかも言われてないんですから! 人!? 普通いませんよこんなところに」
「だいたいこの範囲で探せばいる。というかあるというか」
「阿妄さんは返事が端的すぎます! とてもわかりにくいです! 人ですね! 人を探せばいいんですね!?」
ずんずんとゴミの山を歩いていく桜花。きょろきょろと辺りを見渡す。
「ん? 阿妄さん、あそこに人形みたいなのが倒れています」
「よくやった」
人形に近寄ってよく見ると、それはどう見てもスーツを着た人間であった。
「ちょ、大丈夫ですか!?」
駆け寄って起こそうとする桜花を阿妄が制止する。
「触るな。指紋がつく」
「ええっ、でも、早く救急車呼ばなくちゃ!」
「安心しろ。もう死んでる」
桜花がスマホを取り出して操作しようとすると阿妄に止められた。
「あ、安心なんて出来ませんよ!? そうだ! 警察呼ばなくちゃ!」
「無駄さ。こいつは世間から存在を抹消されたヤツだ。深く突っ込むとヤバいぞ」
「私をそんなところに連れて来たんですか!?」
「お前を連れてこなくても余裕で見つけられたな」
「いやいや、何言ってるんですか!」
桜花は憤慨した。だが阿妄は聞く耳を持たない。
阿妄は手袋をして、スーツ姿の死体をまさぐる。
「何やってるんですか?」
「ちょっと黙ってろ」
阿妄は死体から財布を取り出し、免許証を確認した。
「で、アンタは俺に何を頼みたいんだ?」
「え?私ですか?」
「黙ってろ」
桜花は顔を真っ赤にして
「ムキーっ」
と、声を上げた。
明らかに阿妄は桜花ではなく、死体に聞いていた。
桜花は死体に話しかける阿妄を見て、こいつやばいやつだとドン引きした。
「死体を見てる割に落ち着いてるじゃないか」
阿妄は死体ではなく桜花に視線を向けて言った。
「いや、なんか、初めてですけど……、なんだかよくわかりません」
「そうか。こいつはな、警察だ。しかも公安警察」
「こうあん?」
「正式には警備警察という名前でな。警視庁の中で公安部という名前で独立して存在している」
「は、はあ」
阿妄は死体の額に手を置いて、
「あんたのスキル、貰ってくぜ」
「え、なんですか?」
桜花の言葉を無視して、阿妄は死体を物色している。
「よし、必要なものは手に入れた」
と、阿妄は歩き出した。
「え、どこいくんですか?」
「こいつの家に行くぞ」
桜花と阿妄はごみ処理場を後にした。
都内の閑静な住宅街。
車の中では桜花が何を聞いても阿妄は答えず、時間が経つにつれて重い沈黙へと変わっていった。
「ここだ」
何の変哲もない二階建ての一軒家の前で車を止めた。
阿妄は迷わず玄関の鍵を開ける。
「ちょっと! 家の鍵なんていつのまに!」
阿妄は答えないで、ズンズンと中へ入っていく。仕方なく桜花はついていった。
「お邪魔します~」
桜花は小声で言った。
「この家には誰もいない」
「な、なんでそんなことわかるんですか?」
ダメ元で聞いたが、やっぱり阿妄は答えず二階へと上がっていった。
そして二階の一室に入り、大きな金庫の前で立ち止まる。
ガチャリと金庫を開け、中から札束を取り出し、
「これが依頼料だ」
「うわっ、すごい金額ですね。いくらくらいあるんだろう。っていうか依頼料ってなんですか?」
「これでバイトは終わりだ。お前の取り分をやる」
と、桜花に差し出した。
桜花は受け取り、指先を舐めて数える。
「え、あ、はい、ひい、ふう、みい。え、十万も? わーい、臨時収入げっとー」
「もっとやることがあると思ったんだが、簡単に見つけられたな」
「はあ」
金庫の脇の机には、楽し気に笑った家族写真があった。
死体からは想像もできない幸せそうな写真を見て、桜花はそっと写真立てを倒した。
「お前はタクシーで帰れ」
「阿妄さんは帰らないんですか?」
「ここからは秘密だ」
「はあ、そうですか」
と、桜花は家を出る。
タクシーを呼び止めるために大通りに出て、手を挙げたところで、ふと、
「なんだか、誰かに見られてる気がする」
と、気にするも、手の中の十万円に、にやつきながら十畳長屋に帰ると、一気に疲れが出たのか、すぐに眠ってしまった。
翌日、昼過ぎ。
桜花が昼食を食べ終わる頃、本棚がゴソゴソし始めた。
阿妄が帰ってきたのかと、本棚をずらすと、阿妄がトランキライザーをボリボリしていた。
「阿妄さん。おかえりなさい。ずいぶんと長くかかったんですね。昼帰りですか~?」
「ああ、もう大丈夫だ」
「ふっふーん。じゃーん、見てください。今朝買ってきました。プロイステーション5です。ヒマつぶしにゲームしようと思って」
桜花はこのために十万円のほとんどをかけてテレビ、ネット環境、ゲーム機ハード、ソフトまでも揃えたのであった。
「あんなもの見てるのに、元気だな」
「え、いやー、やばいとこ足突っ込んでるんで、なんとなく平気です」
「へー。また頼むことがあるかもしれん。そのときはよろしく」
「またあるんですか!? こんなこと!」
と指先でマルをつくり、古典的なジェスチャーを向けた。
「ああ」
「ほえー、なんだか小腹が空いてたので、コンビニ行ってきますね」
阿妄は食べ終えたばかりの桜花の昼食の皿を見つめ、
「ああ、気を付けてな」
「はーい」
桜花はドタバタと外へ出て行く。
『キキーッ』
桜花は急に止まった黒塗りのワンボックスカーから降りた男たちに連れ込まれる。
「なんですかー!」
阿妄は膝の上に乗せた猫を撫でながら、
「ああ、言わんこっちゃない」
つづく