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十畳長屋のトランキライザー  作者: 松田ゆさく
1/5

1 十畳長屋

新作上げていきます。

3日ごとくらいで上げられたらと思います。

よろしくお願いいたします。

とある銀行の一室。

バーコード頭の頭取と思しき人物が資料を見ながら目の前のソファーに腰かけた女性に話しかけた。


桜坂桜花(さくらざかおうか)さん、バカでも通えるお嬢様大学を卒業後、当銀行に奇跡的に就職。見た目が良かったからかな。三年目。二十五歳。独身。いやあ、こんなことになってすまないね」


「いえ、大丈夫です」


桜坂桜花と呼ばれた女性は、肩まで伸ばした黒髪を指でいじり、ダークブラウンの瞳は不安げに頭取を見つめていた。

桜花は偶然のミスから見つけてしまった横領事件の証拠。それを会社側に逆手に取られ、条件を突き付けられて、それを承諾するしかなかった。だが、働かずして金が入る。そう考えたらまんざらでもない。桜花には横領事件を告発する気概もない。条件通り、三年待って、満額の退職金が手に入るならいいかもしれない。と思っていた。

きっと三年後には解放されるんだ、という思いを持ち、桜花は当座の資金として手渡された百万円とともに引っ越しをすることになった。



引っ越し先は東京。豊島区。狭い路地を入ると、活気のない街並みに代わる。ここだけが昭和を切り取ったような風景だ。木造二階建てアパート。とにかく見た目がボロい。今にも倒壊しそうだ。

家賃は頭取が持ってくれることになっている。


「潜伏って感じがするなぁ」


桜花は「204号室」と書かれたドアの鍵を開けて中に入る。

キッチン四畳、ダイニング六畳。人呼んで「十畳長屋」と頭取は言っていた。

桜花が室内に目をやると、本来ないはずの本棚があることに気づいた。

部屋の左隅の背丈ほどの本棚は、次の瞬間ガタゴトと震え始める。


桜花が恐る恐る本棚の後ろを見ると光が漏れていた。

意を決して、本棚を横にずらす。

そこには人が通れるほどの大きな穴が開いており、隣の部屋が見えていた。


「誰だ。お前」


隣人はバリボリと白い何かをかみ砕きながらこちらを見てきた。

桜花はびっくりしつつも、持ち前の対人スキルで、


「あ、本日引っ越してきました桜坂桜花です。あ、これ、つまらないものというか乾麺ですが、美味しいですよ」


穴越しに手土産に買っていた引っ越し蕎麦を渡す。


「おう、ありがとさん。(ボリボリ)阿妄京介(あもうきょうすけ)だ」


阿妄と名乗った男。たぶん三十代中盤。ボサボサの黒髪に死んだ魚のような目に無精ひげ。スーツに白衣という謎の恰好。見るからに怪しい。関わらないでおきたいと桜花に感じさせた。


「にゃーご」


彼は三毛猫を胡坐をかいた上に乗せている。


「こいつはラツーダだ」


ラツーダと呼ばれた猫は寝たままでこっちには興味も無さそうだった。


「はあ。よろしくです」


「バリボリ」


「あの、先ほどから何を食べているんですか? ラムネですか?」


「いるかい?」


といって、差し出された一粒の白い何かを齧る桜花。


「うわっ苦い! なんですかコレ」


「トランキライザーだ」


「え?なんて?」



「古い精神安定剤よ」


と、女性の声が扉のほうからした。


「ってえ、どなたですか?」


四天王寺遥(してんのうじはるか)よ。104号室。空き部屋のはずの上の階が騒がしいから見に来たのよ」


「あ……、それはご迷惑を。今日引っ越してきました桜坂桜花です。よろしくお願いいたします」


金髪にマツエクばりばりの女性は「ふうん」、と言いつつ引っ越し蕎麦を受け取る。


「古い風習を知ってるわね」


真っ赤なスーツが印象的だ。二十代後半くらいと思われる。


「私は医者だから、体調が悪くなったら104号室に来るといいわ」


「はあ、ど、どうも」


こんな長屋に開業してるなんて、どういうことだろうなのだろうか。うさんくさいと桜花は思った。


「あ、それと、この十畳長屋はワケありのヤツしか住んでないから」


「あ、私もワケありなんです~。な、なんちゃって~」


「あっそ。この長屋にはヤクザどころか警察も近寄らないから大丈夫よ」


「へ、へえ~、そうなんですね」


冷や汗を流す桜花。

すると、遥は靴のまま桜花に近寄って耳元に囁きかけた。


「京介の食べてる瓶の中身が無くなったら、面白いわよ」


ちらりと京介の方を見る。相変わらず何を考えてるかわからない顔でバリボリと錠剤を齧っている。


「ど、どうなるんですか?」


と、桜花は畳を気にしつつ聞いた。


「秘密」


「ええー」


どうなってしまうんだろうか。桜花は気になってしまう。


「それから、これ、護身用に持っておきなさい」


ポンと、なんでもないように手のひらに銃が渡された。


「え、えー、おもっ!? これ本物ですか!?」


「当たり前でしょ。45口径のピストル。自分の身は自分で守らなくちゃね。代金はつけておくから」


「え、ちょ、そんな、押し売りですよ……、」


桜花の声も空しく、遥は去って行った。

ボリボリと京介がトランキライザーを齧る音が響いている。そして、


「変な女だろ?」


京介はニヤニヤ笑っていた。

桜花は視線の先を京介に向け、


「でも、綺麗な人でした」


確かに綺麗だった。化粧ッ気のない桜花とは大違いの美人であった。

阿妄京介とはどういう関係なのだろうか。


「ま、何かあったら頼るといい」


「はあ」


「それで、桜坂桜花。今からヒマか?」


「へ?」


ラツーダが大きなあくびをしている。




これが桜坂桜花の人生を一変させる出会いであった。



つづく

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