手負いの魔物ほどヤバイものはない
「それで、ですよ。ノアくん……確かまだ達成していない依頼があったはずなのだけれど、それはどうするつもりだったの?」
うっ。いやいやいや、オレ以外でも成立するじゃん。オレじゃなくてもその依頼達成できるでしょ……って思ってたから、まったく引き継ぎとか考えてなかったな。
なんなら帰り道にちょちょっと寄って討伐して行けばいいとか思ってたし。
……片方はこっちのギルドの依頼範囲から抜けちゃって、仕方なく引き継ぎしてあるけども。
「未達成は……水晶洞窟のジュエリースライムと盲目のバジリスク……だったかな」
「どちらも危険度や死亡率が高い依頼ですよ。それはあなたも分かっているはずです。せめて休暇を取るにしてもこれをやっておいてくれないと」
「いや、だってオレじゃなくてもできない? この依頼」
「え」
どちらも、ちゃんと知識があって、油断さえしなければ死ぬことは回避できるはずだよ。いや、バジリスクはちょっとヤバイかもしれないけど。
でもそうやって説明したのにアルフィンは徐々に涙目になっていって、爆発数秒前みたいな顔になる。なんで!?
「あ、あなたしかいないからあなたに頼んでるのに〜! わたしはただ、一番効率がよくて、一番安全に処理できるからあなたを指名してるの! ギルマス代理だって本当はあなたにやってほしかったのに断っちゃうし〜! それに、他の冒険者は手負いの魔物の危険性をいくら説明しても軽視するんだもの! あなたに頼むしかないじゃないの〜!」
え、手負いの魔物を軽く見るとか自殺志願者かなにかかよ。
ギルマス代理を断ったのはまあ、だってオレ舐められてるしできるわけないじゃん。
え、っていうか、マジで? そんなにあのギルドの連中腐ってんの? 嘘でしょ。さすがにもっと賢いと思ってたのに。
「アルフィンが言っても聞かないの……? ギルマスの説明で納得しないとかいい大人の癖してマジ……?」
「マジよ! 大真面目よ! いい大人が泣き喚くのもどうかと思うけどね!」
「あ、うん。それはごめん」
「みんな話しても分かってくれないし……わ、わたしが頼りないギルマスだからいけないのかなぁ……? だから忠告も笑ってスルーされちゃうのかなぁ?」
じわっとアルフィンが泣きかけて……って。
うえ!? 待って待って! オレも泣きたいくらいなのにさ!
「いや、君は最高のギルマスだよ。それは間違いない。あいつらの教育がなってないだけだと思う」
「そ、そう……少しくらい痛い目にあってくれれば目も覚めるかしら」
「おいおい、ギルマスがそれを言っちゃダメでしょ」
「うう、ごめんなさい……」
しゅんとする彼女にオレのほうが困って慰めることになる。
うーん、いつもはオレが泣き叫ぶほうなのに。いや、それもどうなんだって話だけどさ。
「それにね、あなたは自分のことを軽視しているけれど、あなたは唯一のレインボーカード所持者なの! 滅多に人に見せないから勘違いされるんですよ? このおバカ!」
「あんなもん見せたらいっぱい仕事押し付けられるじゃん。嫌だよ」
「いい? 依頼達成率100%のうえ、三年間自分が依頼を受けた状態での死者がゼロでないとギルドカードがレインボーにならないの! あなたが、この国唯一の所持者なんですよ!? それがあれば絶対舐められないのに!」
「いやどうせ見せても『これも不正したんだろ!』って詰め寄られるだけだよ」
「それはあなたの性格が問題なんじゃないの〜!」
う、それはそうなんだけど。
「しかも! 『ソロ』で『Sランク』まで登り詰めて『レインボーカード』所持をしている『SSR冒険者』はこの世で唯一じゃない! 伝説の男の癖に謙虚すぎるんですよおバカ!」
「お、おう……なんかごめん」
オレが泣き虫なばかりに……これ、また泣かれるかな?
ちょっと話をそらそう。
「あ、あとさ、水晶洞窟のスライムのほうは二日前に国境越えたところで目撃されてて、『聖女同盟』のギルドに引き継ぎしてあるよ。もうオレの管轄じゃない」
「ん、分かったわ……うん、今はバジリスクだけなのね。じゃあ至急対処しないといけないのはバジリスクね」
「うん、そういうことになる」
ジュエリースライムというのは、体内で宝石を蓄える性質を持つスライムのことだ。洞窟内にしか生息しておらず、複数人で対処すれば倒すことは簡単だ。
死者が出たという『報告』が一切ないとよく『安心安全』の意味で例えられる魔物なんだけど……うん、まあ裏を知ってるとちょっとな。
もちろんこいつも死亡率は高い。
死者が出たという報告が一切出ないのは、こいつが洞窟内の天井から降ってきて『確実に殺せる』と思った相手。それも『ソロ』の相手しか襲って来ないからである。
あとこいつの体内に蓄えられていると言われている『宝石』は宝石ではなく、スライムが捕食した相手を結晶に変化させて少しずつ消化しているだけだったりする。
ソロのオレには結構ヤバイ相手だから、隣国に行ってくれて助かった。すごーく助かった!あいつ相手するの嫌いだし。
「あ、ギルドから通信が入ったみたい。ちょっと一旦切りますね」
「りょーかい」
映像が切られる間際の彼女は、しっかりと『炎帝 アルフィン・クレイリー』の顔になっていた。はー、切り替えはやっ。あそこまで切り替えが早いと面白いわ。
にしても、そうかあ……依頼達成率100%のレインボーカードってだけでもそりゃすごいことだよな。
最近じゃあ、端末だけ提出しとけばギルドカードなんて出さずに依頼達成のポイントを受け取れていたから忘れてた。
だから舐められるのか、そっか。
まあ、見られたら見られたで、普段の態度が直らない限り絶対に『不正』だなんだって騒がれるから出すつもりはさらさらないけどな。
そうやって考えつつ、窓の外を見る。
「リリンちゃんだ……」
ここ一年で頭角を現したと噂のギルドの紅一点。魔法使いのリリンちゃんが、なにやら焦った様子でキョロキョロしてるみたい。
でも何人かの街の人に話を聞いてから、急いで東の門から出て行った。
遠目だけど、門で記帳しているのが見える。記帳するほどってことは、あれは国境越えレベルの遠出なのかなあ……?
ま、いっか。オレが首を突っ込むことでもないし。
それきり、落ち着いてオレはアルフィンから通信がかけ直されるのを待つことにした。
ブクマと評価していただけると、とーっても励みになります!!
この章だけで完結できる構成なので、続きどうしよっかなという悩みもあり……。
本日はあと夕方にもう一話更新しますよ!