幼馴染な敏腕ギルドマスターは二人のときだけデレる
「本当にごめんなさい、ノア」
「いや、いいですよ別に……治りますし」
しゅんとした様子が声だけで分かっちゃうし、怒る気にもなれないって。
なんかさっきまでは苛立ってたみたいだけど、今は完全にそんな雰囲気が霧散している。さっき怒鳴ったからあれで全部怒りを消化しきれたんだろうな。
少しくらいは罪悪感に苛まれてくれたの?
にしても、あんだけ高圧的にくるってことはまだギルマスの会議中なんだろうか……。毎回毎回胃がねじ切れそうだって泣きながら電話してくるし。二つ歳上の癖に泣き虫なんだからもう。
「あの、ノア? 今、あなた一人かしら」
「ん? そうですよ。街の宿屋にいったん滞在してます」
「そ、そう……こっちもね、さっき会議が終わって、滞在する部屋に戻ってきているのよ。だからですね……ええと……一人きりなんです。電糸映像通話をしてもいいかしら……?」
おっとぉ? これはこれは。甘えたいサインですか。
いいよいいよ、オレは優しいのでさっきのも全部許しちゃうからね!
……これがあるから嫌いになれないんだよなー、卑怯なやつ。
計算的にやってたら嫌ってやれるんだけど、これが素だから余計に憎めないというかなんというか。
「レビン、画面映してくれー」
『はイよ』
端末を水差しに立てかけてテーブルに置く。
正確には端末に映像を映す機能がついているんじゃなくて、端末が周囲に弱い電波を放って、その揺れからその場にあるものの形や動きを反映して映像にする技術だな。
本来なら若干のタイムラグが生まれるんだけども、レビンという優秀な中継役がいるのでほとんどタイムラグは発生しない。
アルフィンのほうにも、オレが二匹飼っていた電糸蜘蛛のもう一匹がいるから余計に、だ。
地下電糸網といい、気づかないほどに弱い電流なら薄く広く広げていくらでも感知できるから、雷属性は便利だ。道具に映像を投影するとか、そういう技術の落とし込みもすぐにできるし。
似たような感知方法を水属性でも霧を使ったりしてできるんだけど……あれは魔法具に対しては相性が悪くて技術の落とし込みができないからなあ。
だから、この映像投影技術をほとんどのラグなしで使えるのはオレとレビンがコンビを組んでいるからこそできることだ。本当ならすごーく、いいコンビなんだ! オレにすげー辛辣だけど! 悪友みたいな感じ?
ペットと主人のはずなのにオレがだらしなさすぎて、反面教師にして育っちゃったんだよねこいつ……。だからすごく真面目でまともなの。今も昔も親友だ。
端末の画面に映ったのは炎のように綺麗な赤い髪色をした女性である。
昔、オレがプレゼントした椛の髪飾りをつけていて、キリッとした強気そうな薄い桜色の瞳が特徴的だな。
「……ノア」
「うん」
「ノアくん、聞いて」
「いいよ」
彼女はいったんその瞳を閉じてこめかみを人差し指で抑える。
それからゆっくりと目を開いて……すぐに眉を下げて瞳を潤ませた。
はい、泣くまでさん、にー、いち。
「うううう! ひどいんです! みんなひどいんですよ! 他のギルマス、みーんな私によってたかって地下電糸網の開発者は誰だって詰め寄ってくるの! 昔から教えられないって言ってるのに〜! ノアくんのこと守ってあげられるのは私だけなのに〜! 挫けそうになる私を許してえええええ!」
さっきまで高圧的で高慢チキで、いかにも『仕事ができます』って雰囲気をしていた女の姿はもうどこにもない。
そう、こいつはオレと真逆。
他人の前だとしっかり者のように振る舞い、仕事ができる女を装っているが、幼馴染のオレの前になると素の泣き虫で寂しがり屋なところが出てきてしまう。
それこそがオレの所属するギルド【炎帝青雷】のギルドマスター。アルフィン・クレイリーという女の子である。
ほらな、可愛いじゃん? オレが怒れるわけないんだよ……どんなに理不尽でもこれをされると許しちゃうんだ。
「みんなすごい目をしてるのよ!? あなたのことを利用してやるって目で、いっつも聞いてくるの! そんなの許せるわけないじゃないの〜! 私があなたを売るなんてことは絶対にないわ!」
「うんうん、ありがとうな」
「私頑張るわ! あなたに会いたくなっても映像通話さえすれば頑張れるのよ!」
「えらいえらい、頑張ってるな」
「あ、ありがとう……! あの、もっと声を聴かせてちょうだい?」
「はいはい、長電話ぐらい付き合うよ」
「つ、つきあ……そ、そうね、ありがとう。その、もっと……」
「分かった分かった」
こうなってくると、こいつは本当に昔から変わらないなと思う。変わったように見えて、全然変わっていない。
たまに憎らしくなることはあるけどさ、やっぱり嫌いにはならない……なれない。
「その、さっきは本当にごめんなさい。えっと、たまには昔みたいに……呼んでほしいなって」
オレとアルフィンは幼馴染でさ。
この子は今とは違って、昔はすごく弱虫で泣き虫で寂しがり屋だった。それこそオレと同レベルなんじゃないの? ってくらいでさ。オレより二つも歳上なのに。
なのにあるときから彼女は泣き虫な自分を殺し始めた。
当時ギルマスだった親父さんについて歩いていたときに言われてしまったらしい。
――そんな弱虫じゃギルマスになんてなれっこないな。
だから、親父さんに憧れていたアルフィンは一生懸命になって『ギルマスに相応しい気丈な女性』になろうとした。
それで、努力が実ってギルマスになってからも彼女はなにか小さなミスひとつでもすれば「所詮親の七光り」だって笑われてしまった。
そう言われないよう、血の滲むような努力を重ねて、現在の『歴代最高の敏腕ギルドマスター』の二つ名を言われるようになったわけ。
今はもう、彼女が弱虫だったことを知るのはオレと妹しかいない。
だから彼女はオレ達の前でだけ、あのときのように素に戻れるんだ。
親の七光りだって笑わなかったのは、唯一俺達だけなんだと。
デレるのはなぜか、オレの前だけだけどな。
まあその……つまり、普段気を張ってる分、少しくらい八つ当たりされても許してやらないとなってこと。
「許す許す。ほら泣くなよ、フィン」
「……ありがとう、ノアくん…………大好き」
最後のほうの言葉はやたらと小さな声だったけど、しっかりとこの耳に届いている。でも、聞こえないふりをした。聞こえてたことが分かったら、絶対照れ隠しのマシンガントークが始まるんだ。
せっかく落ち着いてきたんだ。また鼓膜を破られるようなことになったらたまんねーもん。
アルフィンは深呼吸するようにして目を伏せ、数秒経つとこちらを向く。泣き虫モードは形を潜め、つり目がちな桜色の瞳が真剣な表情でオレを射抜いた。
「……えっと、ちょっとすっきりしました。それでですね、そちらのギルドのことなんですけど」
「うん、追い出されて逃げようかとも思ったけど、結局逃げられなくなっちまったし……なんとか説得してみるよ」
「会議で話題になったの」
「うん?」
ぐしぐしと涙を拭っていた彼女は眉を寄せて言った。
「わざと追放させて、ライバルのパーティを破滅させたり、ギルドを襲撃するための準備をする詐欺師集団がいるんですって」
「えっっっ」
さすがにそれは予想外だった。うわ、マジか。
本日はここまで!
読者の皆様、読んでいただきありがとうございます!
何度も言っていてなんですが、ブクマと評価をしていただけると幸いです!
ひとつお知らせを。
前話の「ぴえん超えてパオン」を流行語程度にしか認識していなかったので、全部使用しておりましたが、検索して本家があることを知ったので、オマージュとして「ぴえん超えてわおん」に修正いたしました。
そして最後に一言。ギャップ萌えっていいよね。