ニゲラ③
「アイルッ!!」
バンッとドアを開けると、誰もいない、明かりがついたままの部屋が広がっていた。
部屋の中は椅子やテーブルが散乱していた。
「どこにいるの!」
アイルの名前を呼びながら部屋の中に進む。
いないと分かっていながら、テーブルや椅子の下、カーテンの裏を覗いてしまう。
「いない…」
敗れたカーテンを握りしめたままその場にへたり込む。
「嘘…待って…」
パニックに陥りそうになっていると―
「ルリー?帰ってきたの?」
頭上からアイルの間延びした声が降ってきた。
「え…」
見上げると、窓の外からアイルが逆さになってこちらを覗いていた。
「ア、アイル!」
「僕ら屋根の上で見ることにしたんだ!ルリもおいでよ!」
そう言って、アイルは顔を引っ込めた。
「あ、うん…」
私一人になった部屋で、さっさと屋根の上に戻ってしまったアイルに返事をすると、私は力なく立ち上がった。
まだ心臓がバクバクと鼓動している。
(だめだ、私…落ち着かなきゃ…)
胸に手を当てて深呼吸し、窓から身を乗り出して屋根の方を見上げた。窓から屋根ま
で、階段のようなものが取り付けられている。
「こっちこっち!」
屋根の上に座ったアイルが手を振ってきた。
横には、リオンが座っている。
「ほら、早く上がっておいでよ!」
「う、うん」
差し出された手を取っ屋根までの階段を上がる途中、ちらりと横目でリオンを見ると、彼はふてくされたような顔をしてサンドイッチをかじっていた。
「部屋からだとパレードが見にくいからさ、ここの方が見やすいと思って移動したんだ。」
私を引っ張り上げたアイルは、ストンと屋根の上に腰を下ろした。
「すごい散らかってたけど…」
滑り落ちない様、恐る恐る腰かけながら私が言うと、
「ああ、何とか自力で屋根の上に上がろうと思ったんだけど、うまくいかなくてさ…ちょっと散らかっちゃった。」
と頭をかいた。
それを聞き、主人の留守中に部屋を荒らす猫が思わず頭に浮かぶ。
「ちょっとどころじゃなかったけど。」
私は小さな声で呟いた。
「その後リオンがきて、屋根に上るの手伝ってくれたんだ。」
アイルは窓から伸びる階段を指差した。
(リオンはもともとその場にいなかったの?)
「リオンはどこか出かけてたの?」
なるべく平静を装って聞いてみる。
「店にいたんじゃないかな?僕が帰ってきたときは会わなかったけど。」
特に気にしていないようにアイルはそう言うと、買ってきた紙袋の中身をごそごそと探った。
「なんで?」
「いや、別に…ただどこかに出かけたみたいな言い方だったから…」
「ふーん。まあ、僕が椅子とか倒したり大きな音出してたから、うるさくて手伝いに来てくれたのかもねー。リオンって面倒見良いとこあるし!」
そう言って笑うアイルを、リオンはぎろりと睨みつけたが、何も言わなかった。
「で、ルリは?」
「わ、私?」
「うん。探し物、見つかったの?」
「探し物?」
「そうだよー。びっくりしたよ。いきなりどっか走って行っちゃったから―」
「あー!あ、うん、うん。見つかった。でも買えなかったんだ。」
アイルの言わんとしていることを察し、その言葉をかき消すように返事をする。
(ちょっと不自然だったかな…)
リオンの方を見るが、リオンは何か考えごとをしているようで、こちらの会話は聞こえていないようだった。
「そっか。残念だったね。」
買い物中の私を思い出したのか、心底残念そうに言うアイル。
「う、うん。」
私も落ち込んだように話を合わせておく。
(そんなにがっついているように見えたのかな…)
「まあ、こんなに買ってるんだから足りなくなることはないって。はい、ルリも食べなよ。」
「ありがとう。」
アイルが差し出してきた紙袋を受け取り、私は中からバターサンドを取り出した。
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