ゼラニウム
その後、私とメアリさんが村に戻ると、村の人たちが少しづつ、宴の片づけをし始めているところだった。
「いやあほんと、こんなに大きな宴は久しぶりだよ。」
「本当、楽しかったね~。」
メアリさんとフローと一緒に皿洗いをしている間も、私はあの視線の主のことが頭から離れないでいた。
私が屋敷に引っ越した時にも、視線の主は私のことを見ていた。そして、今日も。
(つまり…。)
カチャリ
私は拭き終わった皿を重ねた。
(つまり、視線の主はこの村の住民…?)
だとすると、引っかかる点が一つある。
なぜ、視線の主はあの日、城の兵士たちと一緒にいた?
(兵士たちを、屋敷まで案内したということ?)
しかし、そうすると動機が分からない。
村の人ならば、私がいるということを隠そうとするはずだ。
お尋ね者を匿っていたと分かれば、村全体が反逆罪にされかねないのに。
(う~ん…わからないな。)
「ルリ?どうした?」
付近を握りしめたまま考え込んでいる私の顔を、メアリさんが覗き込んだ。
「疲れたのかい?」
「い、いえっ。」
私はハッとして顔を上げた。
隣に立つメアリさんが心配そうに見ている。
「大丈夫~?ちょっと疲れちゃったのかな?」
フローが皿を洗いながらひょこりと顔を傾けた。
「う、うん。ちょっとね。」
「私は逆に、あんたが元気な方が驚きなんだけどね。」
メアリさんはフローの方を向いて言った。
フローは全く疲れた様子もなく、
「え~?私もちょっとは疲れてるよー?」
と、ニコニコと楽しそうにしている。
「まったくそうは見えないけどね…。」
メアリさんがため息交じりに言うと、フローはくすくすと笑った。
私は、宴でのフローの様子を思い出した。
たくさんの村の男の子たちに囲まれながら、フローは楽しそうにお話し、かと思えばいつの間にか広場で音楽に合わせて踊っていたりしていた。
もっとも、その周りにはフローにダンスを申し込みたい少年たちが集まっていたが。
(きっと、自覚ないんだろうなぁ。)
城にいるときも、彼女を口説こうとする男性はいたが、当の本人はその意図に気付いていない。
心の中で、力尽きていた少年たちに同情する。
「でも、とっても楽しかったねぇ。」
「そうだね。」
フローの言葉に、メアリさんが頷いた。
「これも、ルリが来てくれたおかげだね。」
メアリさんの言葉に、私の胸はジンと熱くなった。
国に追われている私は、村にとっては厄介者であるはずなのに。
たくさん迷惑をかけたのに。
それでも、この人たちは私の事を受け入れてくれた。
(優しい人たちだな…。)
私は手の甲で目頭を押さえ、
「私も、楽しかったです。」
と言って、二人に笑いかけた。
「―ああ、そうだ。ルリに教えたいことがあるんだよ。」
皿洗いが終わりかけたころ、不意にメアリさんが口火を切った。
「私にですか?」
「ああ。あんたはあまり聞きたくないかもしれないけどね。」
メアリさんはフローに確認するように目を合わせた。
それを見て、私は何のことかおおよその予想がついた。
(ああ…《《あのこと》》か…。)
フローはこくりと頷いて、「あのね」と切り出した。
「ルリにはあんまりいい話じゃないかもだけど、あのねぇ、聖女様のことなの…。」
フローは私の顔色を窺うように、ちらりと目を上げた。
私は「やっぱり」と思った。
城で働いているときも、メアリさんたちは私に気を使って、なるべくモカちゃんについての話題をすることを避けてくれていた。
聞きたくはないが、きっと知っておく必要がある情報なのだろう。
「…お願い。」
私は覚悟を決めると、フローと向き合った。
「…そう。モカちゃんは魔法学校に行ったんだね。」
フローは、モカちゃんが魔法学校へ入学したこと、あの王子と同じ学年なこと、そしてもうすぐ聖女認定が近いことを教えてくれた。
あの王子がどれだけモカちゃんにぞっこんなのかが分かる。
「でもね…。」
フローは声のトーンを落とすと、私の方に顔を寄せた。
「聖女様は、他にもいろんな男子生徒を周りに置いてるんだって~。」
私は思わず顔をしかめた。
王子一人では飽き足らず、他にも魅了している人がいるというのか。
「女の子たちはあまりよく思ってないみたい。でも、《《聖女様》》には、誰も何も言えないんだってぇ。」
フローの言葉に、私は「そうだろうな」と納得した。
「まったく、あたしには考えられないね。」
メアリさんはあきれたようにため息をついた。
「そうだよね~。添い遂げる人は一人がいいもんねぇ。」
怒ったように頬を膨らませるフローの横で、
「あんたも似たようなもんだろ。」
ぼそりと呟くメアリさん。
「ん~?何か言ったぁ?」
「いいや?」
「またなんか言ったでしょー!」
また二人のいつもの掛け合いが始まった。
しかし、それよりも気がかりなのが、「聖女認定」のことだ。
(モカちゃんが「聖女」だと認められたら、私の立場はもっとまずいことになるかもしれない。そうなったら…。)
私はちらりと視線を上げた。
目線の先には、何やら言い合っているメアリさんとフローが映っている。
彼女たちに、迷惑をかけるようなことにはなりたくない。
それなら、私が国の権力が及ばないような遠いところまで逃げてしまえばいいだろう。
(…いやだ。)
二人と、いや、今まであってきた人たちと会えなくなるのは、これ以上、大切な人たちから引き離されるのは、もう耐えられない。
これは、ただのわがままなのだろうか。
私のこの気持ちは、みんなの迷惑になるのだろうか?
(それなら、私さえいなくなれば…?)
それが一番いい案なのではないか。
この人たちを傷つけないためには。
「…ルリ?眠いのかい?」
一人悶々としている私の背中に、メアリさんがそっと手を添えた。
「もう寝たほうがいいよ~。」
フローも気遣ってくれているようだ。
「ありがとう。そうします。」
私はそう言って席を立った。
今夜は、この家のベッドを使わせてもらうことになった。
シエナさんが「今日はもう遅いから」と用意してくれたのだ。
「フローたちははまだ寝ないの?」
「あともう少し起きてるかなぁ。私たちはまだ眠くないからね~。」
「ゆっくり寝ておいで。」
確かに二人はまだ元気そうだ。
これも日々の激務の賜物のなのだろうか。
「そっか…。そしたら、おやすみなさい。」
「おやすみ~。」
フローとメアリさんは手を振り、私は二階へと続く階段へと向かった。
「ルリ。」
階段を上りかけた時、メアリさんが呼びかけた。
「なんですか?」
振り返ると、メアリさんは真剣な面持ちでこちらを見つめていた。
思わず、私も緊張してメアリさんの言葉を待った。
しかし、メアリさんはふっと表情を和らげると、
「ルリがいてくれて楽しいよ。ありがとうね。」
と言ってほほ笑んだ。
「…ありがとうございます。」
それだけ返すと、私はくるりと背を向けて階段を上った。
二人には、私はどんな表情をして見えたのだろうか。
胸がぎゅっと締め付けられるようだった。
私はいなくなるべきなのに、二人と離れたくないという気持ちが、私をこの場に留まらせる。
きっと、メアリさんは、私の考えていたことが分かっていたんだろう。
(ここにいても、いいのかな?)
目の奥がジンと熱くなった。
私はグシグシと目をこすると、キッと前を見据えた。
(それなら、やるべきことは一つだけ。)
大切な人を、守るために。
(モカちゃんを、止めるんだ…!)
お読みいただきありがとうございます。
今までのお話のタイトルを変更いたしました。
ゼラニウム:決意




