ビナンカズラ④
「ふう…。思わず抜け出してきちゃった。」
会場を飛び出し、いつかの日に散歩したトウモロコシ畑までたどり着いた私は、畑の隅に腰かけた。
収穫時期を過ぎてすっかり見晴らしの良くなった畑には、私が空を飛ぶために拝借したカカシがまっすぐ地面に立っていた。
「あ、あのカカシ、あんな遠くにあったんだ…。」
月明かりに照らされたカカシは、村から溢れてくる音楽を楽しむように風に揺れていた。
「…。」
私はじっと畑を眺めた。
こんなに笑ったのは、一体いつぶりだろうか。
この世界に来て、本当にいろいろなことがあった。
中には、心が折れそうなほどつらい出来事もあった。
いや、ひょっとすると、この世界に来る前でも、心から笑うということはなかったのかもしれない。
(そう思うと、ちょっと複雑だな…。)
以前の私は、自分の身に起こる不幸は全部仕方ないものだと思っていた。
生まれた瞬間から、あの子と私には差があったから。
人は平等では生まれてこないから。
そう言って諦めて、ならばせめて、傷つくのが少しでいいようにと心を抑えて、相手に合わせた笑い声を発していただけなのかもしれない。
そしていつしか、嘘の笑いを心からの笑いと錯覚するようになった…。
いつからそうなってしまったのだろう。
(…「なってしまった」わけじゃないんだ。自分で選んだことだもの。)
私はふうと短く息を吐きだした。
目の前の風景を見ていると、自分が考えていたことがどんなに小さいことだったのか痛感させられる。
「世界は広いって、こういうことなのかも。」
自分の生きていた世界は、なんて小さくて、ハリボテのように嘘で塗り固められていたのだろうか。
このことも、この世界に来て、自分と違う価値観を持つ人々に出会ったからこそ気付けたことなのだろう。
きっと召喚なんてされてなければ、一生気付かずにいたはずだ。
(案外、召喚されてよかったかも…なんてね。)
自分でも意外なほど前向きになっている自分に苦笑しながら、私は立ち上がった。
村で流れている音楽もだんだんとゆっくりとした曲調へと変わっている。
もうそろそろお開きとなるのだろう。
私のために、みんなが開いてくれた宴なのだ。
もう戻った方がいいだろう。
「今度村の皆にお礼しなくちゃ…。メアリさんと、フローにも。」
お礼には何がいいだろうと考えながら振り返った瞬間、ゾワリと寒気が走った。
辺りの空気が一気に張り詰めるような、冷たく鋭い視線。
(どこ?)
警戒しながら瞳だけを動かし、辺りの様子を探る。
この突き刺すような視線。
以前屋敷の周りにいた人物で間違いない。
しかし今回は、前回のような警告ではない。
明確な、こちらに対して敵意のこもったまなざしだ。
(誰なの?)
相手は私の正面に立っていた。
茂みの中からじっとこちらを見ているのが分かるが、暗くて顔が全く見えない。
私たちは互いに互いの出方を伺いながら、身じろぎせずにじっとその場で動きを止めている。
(どうしよう。)
こう着状態が続いてしばらく経ち、私がどうしようかと考えを巡らせていると、
「おーい、ルリーー!」
村の中から、メアリさんの声が聞こえてきた。
その途端、視線の主が声のする方向へと向きを変えた。
(マズイッ)
「メアリさん!」
私はハッとしてメアリさんの名を叫んだ…が、相手はそのまま何もせずにふっと木の陰に姿を消し、あとには私とメアリさんだけが残された。
「急にいなくなったから探したよ…おや、どうしたんだい?」
メアリさんは固まったまま動かない私を見て、心配そうに言った。
「あ…い、いえ。何でもないです。」
私はようやく緊張を解くと、まだ周りを警戒しながらもメアリさんの方へと歩いた。
「そうかい?もうそろそろ宴も終わりになりそうだからね。あんたを探してたんだよ。さ、行こう。」
「はい。」
私はメアリさんの後について歩いた。
しかし、私はまだ、あの突き刺すような視線を忘れられないでいた。
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