パンジー
チチチチ…
可愛らしい小鳥の鳴き声が、雨の香りを少し含んだ空気に響く。
「良い日だな~。」
今朝焼いたパンをほおばりながら、私は空を見上げた。
今はまだ晴れているが、遠くの方に小さく雨雲が見える。
(夕方降るかもな…。)
のんびりとそんなことを考え、パンをちぎる。
焼きたて特有の芳醇な香りと、温かい湯気がふわりと上がった。
(おいしいなぁ。)
市場で買ってきた魚の燻製とチーズをのせて食べると、よりパンの甘みが引き立った。
(…まだかな。)
私が庭でパンを食べているのは、庭が好きだからという理由ともう一つ、市場で買った魚の鱗を干している最中だからだ。
「天日干ししてこれで四時間経つけど、まだまだかかりそうだな。」
鱗を一枚手に取ってみるが、固さは依然として購入時と変わらない。
「これをあと三回かぁ…。」
これは確かに気の遠くなるような作業だ。
「でも八百屋のおじいさんのやり方でやってるしなあ。」
私は鱗を元の干していた場所に戻すと、残りのパンを口に入れて立ち上がった。
「…雨が来そう。」
土と水の独特な香りがする。
気づくと、思ったよりもずっと早いスピードで雨雲は迫ってきていた。
(今日は洗濯物干すのやめておこう。)
私は鱗を干していたザルを台所へと運び、勝手口を閉めた。
屋敷の片づけをしていると、一日があっという間に過ぎて行ってしまう。
今日は魔女について詳しく調べてみようと思っていたのだが、気付けばもう夕方近くになっていた。
(そろそろ始めようかな。)
端がほの赤くなり始めた空を窓から覗き、私は屋根裏部屋へと向かうことにした。
屋根裏部屋はやはり何度来ても、その膨大な本の数に圧倒される。
「…この中から魔女の本を見つけるのかぁ…。」
一つの本棚でも数百冊の本が収められているのに加え、その中には題名のない本や表紙すらない本もあるのだ。
「日干ししたときに一通り見てみたけど、内容までは読まなかったなぁ。」
とりあえず一番前の本棚から探してみよう、と手を伸ばしたものの、探せど探せど目的の本が見つからない。
さらには探している過程で、どんどん本の山が堆くなっていく。
これは違う、これも違う…
「あ~無理!」
私は本を投げ出して、床に大の字に寝転がった。
「はぁ~。活字ばっかりで目がチカチカしてきた…。」
昔から本を読むのは好きだったが、研究書や論文などの文章は、堅苦しくて苦手だった。
ここにある本はほとんどがそう言った類の本ばかりのため、一時間ほどで疲労困憊してしまった。
「物語だったら一瞬で読み終わっちゃうのにな…。」
一人でぶつぶつ言いながら本を棚に戻す。
「やっぱり市場の古本屋さんで買って来ればよかったな。―今更遅いけど。」
だが、しばらくは外出する気になれない。
「ま、焦る必要ないよね。時間はたっぷりあるんだもん。」
言い訳がましく呟き、本を片付け終わった私は部屋の奥へと進んだ。
部屋には相変わらず訳の分からない器具やら機械やらが雑然と並んでいる。
「こういうの、アイルに見せたら喜びそうだな。」
そう呟いて、自分で自分の言ったことに驚く。
今までは、自分の生活に精いっぱいで、相手のことを考える余裕を持つことができなかったように思う。
それがこんなふうに自分以外の人のことを考える気持ちができたということは、私にとっては大きな一歩だった。
(この生活にも慣れてきたのかな…。)
それに、この世界に新しく知り合いができたことも純粋にうれしかった。
(ちょっと変人だけどね。)
「また…会いに行ってみよう。」
次に会うときには、こういった機械の話もできるかもしれない、と、私はひそかに楽しみに思った。
お読みいただきありがとうございました。
パンジー:つつましい幸せ




