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幕間 メイドのとある一日

城でのとある一日を描きました

「ルリー、起きて。朝だよ~。」


穏やかな声が聞こえ、意識が戻された。


「ん~…。」


なんだかさっきまで夢を見ていた気もするが、どんな夢だったか思い出せない。


(いい夢だったっけ、怖い夢だったっけ?)


朝特有のボーとする頭で考えながら、私は起き上がった。


「おはよう、ルリ。」


「おはよ…フロー…。」


「なんかさっき笑ってたよー?いい夢でも見かのかな~?」


眠い目をこする私に、ほんわかした口調で語りかけてくるこの少女は、同室のメイドのフローだ。


「うーん、なんだかそれが思い出せないんだよね~…。」


フローの話し方にこちらまでつられてしまう。


「わかるよ~。そういうこと、あるよね~。」


顔を洗い、髪をとかす。


フローはもう支度を終えているようだ。


「フローはいつも早いね。何時に起きてるの?」


「ルリが遅すぎるんだよー。女の子には支度する時間がたくさんいるんだからー。」


「そんなもんかなあ。」


確かに、フローはいつも支度を完璧に済ませる。


フローの雰囲気に合った、緩やかにまとめられたその三つ編みも、ピシッとしていながらもどこかフンワリとした印象を抱かせる服の着方も、フローの毎朝の努力のたまものなのだろう。


(それに比べて私は…。)


適当に後ろで束ねられた一つ結びの黒髪、動きやすければ何でもいいとたくし上げられた長い袖口。


おしゃれも何もあったものではない。


「ルリもおしゃれすればいいのにー。」


「え~なんでー?」


「だって~もしかしたら素敵な人に出会えるかもしれないじゃない?」


フローは夢見心地でそう言った。


そう、メイドたちがおしゃれに気を使っているのには、自分がおしゃれ好きな以外にもう一つ理由がある。


それは「成り上がり」だ。


働いている最中に、城に出入りする貴族や騎士に見初められること、それは庶民の出がほとんどであるメイドにとってはまたとないチャンスなのだ。


「成り上がり」などと言ってしまえば、ロマンスも何もないように感じられてしまうが、身分がすべてのこの世界では、自分より上のものと結婚することは自分だけでなく、家族や子孫の人生を大きく左右することにつながる。

だから、城でメイドとして働くことは、「身分の高い者の目に留まり易く」、かつ「女の仕事である家事ができる」ことをアピールできる、またとないチャンスだといえる。


「厳しい世界だなあ…。」


「ん~?なんか言った~?」


「う、ううん!何でもないよ!」


慌てて言い、私は髪を結んだ。


「おまたせ!さ、行こ!」


「うん~!」




食堂へ行くと、なんだかいつもより人が少なかった。


「あれ、今日は人が少なくない?」


「ほんとうだ~何かあるのかな?」


朝食をとって席に着くが、いつも私たちより早く席についている仲間もいなかった。


「どうしたんだろ?今日何かあったっけ?」


「う~ん、何もないはずだけど…。」


なんだかソワソワと落ち着かないまま席に着き、スープを一口飲む。


今日のスープは、トマトベースのジャガイモスープだ。


(ジャガイモが崩れかかってる…朝早く作ったのかな?)


どうにもいつも通りでないのが気になり、私は近くに座る女中に話しかけた。


「あの…今日って何かありましたか?」


女中は何か少し考えると、


「ああ、確か今日はお偉いさんの急な訪問があったらしいのよ。だから早めに起きていたメイドたちはみんな駆り出されたの。」


と言った。


「え、そうなんですか?」


ではなぜ私たちはここに…と思ってフローを見ると、フローは「ああ」と思い出したように手を叩いた。


「そうだった~朝方に誰かがノックしてきたけど、ルリが寝てたから無視してたんだった~。」


「ええ!?」


にこりとほほ笑むフローに、私は思わず立ち上がった。


「ちょっと、こんなところで食べてる場合じゃないよ!急いでいこう!」


「え~大丈夫だよ~。だって私たちは起きたの遅いもん。」


「うう…それは申し訳ない…。」


「ほらほら~早く食べようよー。」


フローに諭され、私はのろのろと椅子に座った。


「でも、お客さんって誰だろうね~?」


急ぎ目にご飯を食べていると、フローが不思議そうに言った。


「確かに…昨日はそんな話聞かなかったね。」


「食べ終わったら確認しに行こーう。」


「うん。」




私たちはご飯を早めに食べ終わり、フローについていつもお客様を迎えるときに集まる場所へと向かった。


「あ、いたいた~。メアリ~。」


集合場所に着くと、メアリさんが立っているのを見かけて、フローが呼びかけた。


しかし、フローに気付いたメアリさんは、あっちへ行けと手を振った。


「?」


私たちは顔を見合わせると、物陰からそっとメアリさんのいる場所を覗き見た。


「あっ。」


フローが小さく声を上げた。


「どうしたの?」


私も周りに聞こえないように小さい声で聞くと、フローは


「「豚婦人」が来てるみたい…。」


と呟いた。


「「豚婦人」?誰それ?」


私の質問にフローは客人の一人を指さした。

その先には、豪華なドレスに包まれた太った夫人が、メイドたちにあれこれ言いつけながら廊下を歩いていた。


「あの人ねー、王家と近い家紋なんだけど、すごい金遣いが荒いの。」


「あー…確かにそうっぽいわー…。」


私は、夫人が身に着けているドレスを見て納得した。

ふんだんにレースを使い、上質な生地にはいたるところに金の刺繍が施され、胸にはキラキラと光る宝石がいくつも縫い付けられている。


遠目からでも相当高いドレスなのだとわかる。


「しかもいつも来るたびにブヒブヒ注文つけてくるからー、裏ではみんな「豚婦人」って呼んでるの~。」


フローは物陰から夫人に向かって嫌そうに舌を出した。


「ブヒブヒって…。」


苦笑しながら再び覗き見ると、豚婦人がこちらに向かってきた。


「あ、マズイ。」


私たちは慌てて立ち上がり、すました顔で夫人を出迎えた。


「あぁら~?この城も随分と古くなったものねえ~わたくしが子供の時なんて、そこらじゅうピカピカだったのに。」


気取った声で言う豚婦人に、城の案内係も苦笑いするしかない。


「あらやだっ。この壺ちょっとくすんでるじゃなぁい?使用人たちはちゃんと仕事してるのかしら~?」


「申し訳ございません…。」


「こんな壺一つもきれいにできないなら、なおさら城全体を美しく保つなんて無理よねえ。」


何とも嫌味なご婦人だ。


私は頭を下げて婦人が通り過ぎるのを待ったが、内心では婦人への嫌悪感が募っていた。


(みんなが毎日一生懸命掃除しているのに文句つけるなんて!)


ちらりと横を見ると、頭を下げているフローも同じ表情をしている。


よく見ると、みんなうつむきながらも顔はすごく嫌そうだ。


「まっ、わたくしの屋敷の使用人はいつも優秀ですから。いつでもお貸しして差し上げてもよろしくてよ?」


「それはそれは…誠に光栄でございます。」


「おぉっほっほっほっほ!」


高笑いしながら婦人が去っていくと、メイドたちはいっせいに顔を上げた。


「また来たよ~あの豚婦人。これで何回目?」


「ちょっと最近来すぎじゃない?」


一気に婦人への不満大会が始まる。


(うわぁ…みんな本当に嫌いなんだ…。)


「ルリ!フロー!」


みんなの様子を眺めていると、メアリさんがこちらにやってきた。


「あんたたちなんで来ちまったんだい?せっかく気を利かせて起こさないでいてやったのに!」


「あ、やっぱり朝のメアリだったんだね~。ほんとは起きてたよ~。」


のんびり答えるフロー。


「あんたはね。どうせ寝てたのはルリだろ?」


「すみません…。」


「ま、いいさ。どうせあんたたちも手伝うことになるだろうし。あの豚…公爵婦人は庭園でピクニックしたいって急に押しかけてきたんだよ。どうせまたいつもの理由だろうけどね。」


「いつもの?」


「豚婦人はね~恋人に振られるといつもここに来るんだよ~。」


フローの言葉に思わず吹き出してしまう。


「こらっ!聞かれたらどうするんだい!…まあ、つまりはそういうことさ。あたしたちはその愚痴に付き合わされるってわけ。」


「豚婦人の愚痴ってすっごーく長いんだよ。だから捕まらないようにするのが大変なの。」


「それに、関係ないあたしたちにも飛び火が来る時があるから、あんたも気をつけな。」


「は、はい…。」


どうやらとても面倒くさい人が来てしまったようだ。


(今日は一日大変そうだ…。)


憂鬱な気持ちになっていると、メイドの一人がこちらにやってきた。


「あ、メアリいた!順番、覚えてるよね?」


そのメイドの言葉に、メアリさんはがっくりと肩を落とした。


「ああ…わかってるよ…。」


「そんなに落ち込まないでよ。この前は私たちがやったんだから。」


「はいはい…。」


「私たちもサポートするからさ。頑張って!」


そう言って、そのメイドは意気消沈するメアリさんを置いて去っていった。


「そっかぁ…もう私たちの番が来ちゃったんだぁ…。」


フローも落ち込んでいるようだ。


「どうしたの?」


心配して聞くと、メアリさんは「はあぁ~」と深いため息をついた。


「公爵婦人のおもり係だよ…。」


「え?」


「あの人が来るたびに、みんなで接客係を代わりばんこでやってるの…。今日は私たちにその番がやってきちゃったみたい…。」


二人はこの世の終わりかのような顔をしている。


「ああ…なるほど…。」


(どうりでそんな嫌そうなのか…。)


「ルリは厨房に回ってな。あそこは安全地帯だから。」


「え、私も手伝いますよ。」


私がそう言うと、二人は驚いた顔でこちらを向いた。

二人だけでなく、その場にいたメイドたち全員が私を見ていた。


「え!?ルリ、やめなよ!」


「そうだよあなた、自分から死にに行くようなことしなくていいのよ!?」


先輩たちが口々に言う。ものすごい心配のされようだ。


(ええ…そんなひどいの…?)


しかし、いつも助けられている二人を、今度は私が手伝いたかった。


「仲間を見捨てられませんから。」


私の言葉に、みんなは感極まって息をのんだ。


「なんていい子なの…。」


「ルリ…。」


メアリさんとフローも感動している。


「ルリ~!ありがとう~!私絶対、ルリのこと守るからぁ~!」


フローが抱き着いてきた。


「わ!フ、フロー。…ありがと。お願いね。」


「うん!」


フローが離れると、メアリさんが私の肩をポンと叩いた。


「さ、行こうか。戦場に!」


そうして私たちは仲間たちに幸運を祈られながら、庭園へと向かったのだった。



お読みいただきありがとうございました。

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