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マンドラゴラ

「あ、あの!私が代わりに伝えますから…。」


目立つのを避けたかった私は、顔を真っ赤にしながら一生懸命伝えようとしてくれる魚屋のおじさんに言った。


「…ああ、そうしてくれると助かるよ。」


おじさんはそう言って、見せたほうが早いだろうと魚の鱗を一枚渡してくれた。


「ありがとうございます。」


私は鱗を持って向かいの店に行くと、八百屋に座る九十歳位のおじいさんに声をかけた。


「おじいさん。」


「なんだい?何か買うのかい?」


おじいさんは目をしばたたかせながら私の方を向いた。


「えっと、その前に聞きたいことがあって。この鱗ってどうすれば薬になるんですか?」


私はなるべく聞こえるように耳元に近づいて言い、鱗を目の前に見せた。


おじいさんはしばらく鱗を見つめていたが、「ああ」と言って手に取った。


「あんた、まさかこれを薬にしようと思っているのかい?やめときな~。めんどくさいからの~。」


おじいさんは顔をしかめて手をひらひらと振った。


「大丈夫です。時間はいっぱいあるので!どうすればどんな薬になるんですか?」


「そうじゃのお…たしか沸騰した湯に入れて…柔らかくしてから、天日干しして乾燥させてのお、それから三日間煮続けた後、急激に冷やすんじゃよ。それを三回繰り返すんじゃ。」


「なるほど…。」


「そうしてできたものを粉末にするんじゃ。これには確か…なんじゃったかのお…。」


おじいさんはしばらくもごもごと考えた後、思い出したように


「そうじゃ、風邪に効くんじゃよ!」


と大声で言った。


「これと生姜を合わせたものは熱に効くんじゃが、わしも小さい頃よく飲まされたものじゃ。これがまた苦くてのお。あの頃は嫌々飲んだんじゃ。」


おじいさんは「フォッフォッフォ」と当時を思い出して笑った。


「なるほど。ありがとうございます。」


私は急いで今聞いたことをメモし、鱗を返してもらった。


教えてもらったお礼もかねて、この店で野菜を買うことにした。


「これとこれ、それとその野菜を一箱と、あと…これとこれを一袋ずつお願いします。あ、あと生姜も一袋。」


つい一気に言ってしまった私はハッとした。

おじいさん相手に配慮が足りなかったかもしれない。


「あ、ごめんなさい。もう一回―」


しかし、おじいさんは私の注文していったものの値段をを素早く計算していった。


これが長年八百屋をやってきた年の功というものだろうか。


「はい、これでいいかの。」


おじいさんが示した金額を払い、私は買った野菜を荷車に乗せた。


「ありがとうございました。」


ペコリとお辞儀をして八百屋を離れ、私はくるりと振り返って魚屋へと戻った。


「聞けたかい?」


「はい。おかげさまで。」


お礼を言うと、魚屋のおじさんは感心したようにうなずいた。


「あのじいさんに話が通じるなんて、嬢ちゃんすごいなあ。」


「聞こえてるぞ!」


反対側からおじいさんの声が飛んでくる。


「うお!ったく、じいさんこういうときだけ耳がいいんだよなあ。」


まいったなあと、おじさんは頭をかいた。


「それで、どれを買うことにしたんだい?」


「その黒い魚二匹でお願いします。」


私は鱗のある方の魚を指さした。


「あいよ!毎度ありー。あとこれ、サービスのアサリね。」


おじさんは魚と一緒に、アサリを分けてくれた。


「いいんですか?」


「ああ、嬢ちゃんへの俺からの尊敬の気持ちさ。今度あのじいさんと会話できる方法を教えてくれや。」


魚屋のおじさんは二カッと笑った。


「はい、喜んで。」


私はクスクス笑って答えると、魚とアサリを入れた籠をおじさんから受け取った。


「ありがとうございました。」


「おう。毎度あり。」


魚を買い終わった私は魚屋を離れ、先ほど気になっていた古本屋へと近づいた。


「…いらっしゃいませ。」


本の出店には、十歳ほどの女の子が座っており、本から顔を上げて私を見ると不愛想にそう言った。


(親御さんのお手伝いかな?)


私は店の横に荷車を置いて、並べられた本を手に取った。


(「園芸本」に「画集」…え、なにこれ「正しい鎧の収集法」?)


並べられた本には普通の本からちょっと不思議な本まで様々なものが売られていた。


(…まあ、屋敷にある本のほうが変なの多いか。)


いくつか本を眺めていると、料理本っぽい本を見つけた。


(お、あった。)


しかし中を開いてみると、ページには魔女と思わしき人物が人間の舌を切り取っている様子が描かれていた。


(うわ!びっくりした…これは違うのか…。)


私は慌てて本を閉じた。


どうやらこの本は「魔女の」料理本のようだった。


(この世界にも魔女っているんだ…。みんな魔法が使えるからいないのかと思ってた。)


しばらく探していると、今度はちゃんと人間のためのレシピ集を探し当てることができた。


(これは大丈夫だよね…?)


中身を確認したところ、この本は私でも食べれるレシピが書いてあるようだ。


「これください。」


店番の女の子に本を渡すと、女の子はちらりと私を一瞥した後、読んでいた本を置いて私から本を受け取った。


パラパラと本が壊れてないと確認していると、女の子が不意に口を開いた。


「…お姉さんって、魔女なの?」


突然の質問に、私は一瞬何のことかとキョトンとした。


「…え?」


「だって、その本読んでたから。」


そう言って女の子が指した先には、先ほど私が手に取った本があった。


「あ、ううん。そういうんじゃなくて…。レシピの本と間違えてしまって…。」


すると女の子は「ふうん」と言った後、


「魔女はみんなそう言うんだ。」


と小さな声で言った。


「いやいや、本当に違うよ…」


女の子はまだ疑わしげな目をしていたが、


「ふーん。まあ、本を買ってくれるならどっちでもいいけど。」


と言って、本の値段を告げた。


お金を払い商品を受け取った私は、本屋を後にしようと一度背を向けたが、どうしても魔女のことが気になって再び女の子を振り返った。


「ねえ、魔女って、どんな人たちなの?」


女の子は本から顔を上げて少しいぶかしげな顔をした。


「…なんで?」


「う~ん…気になった…から?」


私はあいまいに答えた。実際そうなのだし嘘はついていないはずだ。


「ふーん。ま、いいよ。教えたげる。」


女の子はそう言うと、座っていた椅子からピョンと立ち上がった。


「魔女はね、とっても悪いやつなの。病気をはやらせたり農作物を枯らしたり、たくさんの人を困らせたりして楽しむんだよ。私たちはみんな、魔女が大っ嫌いなの!」


そう言って彼女が見せた本には、意地悪そうな顔をして嘆く人々を見て笑う人物が描かれていた。


しかし、その姿は私のよく見知ったものとは違って箒には乗っておらず、しかも醜い鉤鼻の老婆ではなく、女性の姿をしていた。


私のいた世界では色々な商品やコスプレで親しまれている魔女だが、この世界ではそれがないということは、それほどまでに魔女という存在は忌み嫌われているのだろう。


「でもね、巫女様なら、倒せるんだよ!」


女の子は声を高くしていった。


「巫女様?」


「うん!あのね、巫女様の魔法は魔女の魔法と対になるから倒せるんですって。」


「へえ…。」


(じゃあモカちゃんなら倒せるんだ…。)


「だから、魔女はとっても悪い存在なのよ。この世界にいてはいけないの。」


「…この世界に?」


女の子の言葉に引っかかった私は聞き返した。


「そうよ。知らないの?魔女は別の世界から来るのよ。とぉっても強いから、倒すの大変なんですって。」


「え…。」


その言葉に、私は唖然とした。



分かってしまったのだ。私が追われている理由が。


たかがメイドの身分で見向きもされなかった私が、あのパーティーで魔法を発動させて以来、こんなにもしつこく追われるようになった理由が。


一瞬のうちに頭は真っ白になり、手足が冷たくなるのを感じる。




(私、魔女だと思われてるんだ…!)





お読みいただきありがとうございました。


マンドラゴラ:恐怖・幻惑

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