ベルフラワー②
「え、直すって、君が?」
「そう!」
私は自信満々に言うと、持っていたトランクを開いた。
(確かここに、似たような魔法があったはず…)
探してみると、今この状況にぴったりの魔法が見つかった。
(あった!)
「ね、ねえ、何してるんだ…?」
「いいからあなたも一緒に来て。」
私は本を片手に持ちながら、扉の前までアイルを引っ張って行った。
「ここに手を当てて。」
ドアに片手を押し付けると、アイルも真似して手を当てた。
「あ、そうだ。なんか好きな言葉ある?」
ふと思い出した私は横にいるアイルに聞いた。
「好きな言葉?」
アイルはしばらく考えていたが、
「そうだなあ…『ただいま』かな。」
と言った。
「オッケー分かった。それじゃあいい?いくよ…」
私は指で魔法陣を描きながら呪文を唱えた。
これは少し難解な魔法だ。
いくつもの魔法の要素を取り入れているうえに、長く持続するように追加の魔法もかけなければならない。
私は唱える一語一句、描く一つ一つの線を間違えないように意識を集中させた。
横にいるアイルが、固唾を飲んでその様子を見守っているのが分かる。
描いた魔法陣は、私の唱えた魔法と合わさって形を成していく。
その形はまるで、古城を守るツタのようだった。
ツタは呪文を唱えていくにつれてドアを覆っていく。
(もう少し…)
そしてツタが完全に扉を覆いつくすと、魔法陣は吸い込まれるように扉へと消えていった。
「…ふう。」
魔法をかけ終わり、私はため息をついてぱたりと本を閉じた。
(すごい難しい魔法だったな…ちゃんとかかっているといいけど。)
私は出来栄えを確かめようとアイルのほうを向いた。
「アイル、ちょっと試したいから一回外出て―」
「…。」
しかしアイルはうつむいたまま動こうとしない。
「…アイル?」
「―いや…」
「え?」
「…すごいや!!君、こんな難しそうな魔法を使えるの!?」
ぱっと顔を上げたアイルは、尊敬と好奇心の混ざった表情でずいっと顔を近づけた。
(近っ!)
「こんなきれいな魔法見るの初めてだよ!とっても難しそうだったもんね!ねえ、やっぱり難しかった?あ、でも魔法を使うこと自体が僕には難しいんだった。あとその本もすごいかっこいいよね!ずっとこの店にいるけどそんなにかっこいい本見たことないよ!ねえ、どこでその本手に入れたの?僕も読んでみていい?あ、ダメだお客さんのものを勝手に見ちゃいけないってじいちゃんが言ってたのに、ごめん今のなしで!」
息継ぎもせずに一気に質問され、呆気にとられるあまり何を言っているのか一つも理解できなかった。
頭がフリーズしている私に気づいたのか、アイルはハッとした顔になった。
「あ、ごめん!こんなすごい魔法見たの始めてだからつい…」
そう言って恥ずかしそうに笑うと、
「ごめん、さっきなんて言おうとしたの?」
と言った。
「あ、うん。魔法がちゃんとかかってるか確かめるために一回外に出てくれないかなって。」
「それくらい全然いいよー!」
アイルはそう言うと、意気揚々とドアを開けて外に出た。
「ん?何も起こらないよ。」
「そしたらこっちに戻ってきて。あ、その前に―」
「わかった!じゃあ入るy―うぎゃっ!」
私が言い終わる前に勢いよく中に入ろうとしたアイルは、扉をくぐる前に、見えない壁に阻まれて思いっきり顔をぶつけた。
「いった~…」
「―合言葉がないと入れないから気を付けてね。」
もう遅いが。
「ウウ…痛い…」
アイルは痛そうに地面にへたり込んだ。
トラックが突っ込んできても壊れないくらい強い魔法のはずだから、よほど痛いだろう。
(このせっかちを直す魔法もあるのかな…)
そんなことを本気で考えながら私も外へ出て、しゃがみ込むアイルを立ち上がらせた。
「ちょっと大丈夫?これで冷やして。」
私は周りに見えないように魔法で作った氷をアイルに手渡した。
「うう…ありがと…」
アイルは涙目になりながら氷をおでこにあてた。
あんなに勢い良くぶつかったから、相当痛かったのだろう。
「それで、さっき言おうとしてたことだけど…入るには合言葉が必要なの。さっきアイルに好きな言葉は何か聞いたでしょ?それがそう。これは誰にも言っちゃだめだよ。」
「わかった!言ってみるね!!」
アイルはそう言うと、町中に日々聞くほど大声で
「ただいま!!!」
と叫んで入り口に突進した。
しかし合言葉を言ったことで解除された結界は、飛び込んだアイルを拒むことなくそのまま通過させたため、アイルは前のめりに商品に激突した。
「痛あー!」
そうやって地面を転がるアイルに、「なんてそそっかしいんだろう」と私はあきれた果てた。
「…ただいま。」
静かに呟いて店に入ると、私は再びアイルを立ち上がらせた。
「イタタタ…本当に通れたね!」
額にたんこぶを作りながらうれしそうに笑うアイル。
「…よかったね。」
よくまあこんなにも天真爛漫に笑っていられるものだ。
私にはもう返す元気もないのだが。
「はあ~…それでね、この魔法はあなたが外にいるときにしか発動しないから、あなたがここにいるときはお客さんはいつでも入ってこれるってわけ。」
私がそう言うと、アイルは感心したようにうなずいた。
「へえ~すごいんだね!」
「あの、それでね…このことあまり言わないでほしいんだけど…」
目を輝かせるアイルにためらいながら言うと、アイルは一瞬キョトンとした顔になったが、
「うん!いいよ!」
と快く承知してくれた。
(え、割とあっさり…)
しかし大ごとにならないのならそれに越したことない。
「ありが…」
「貴族のお嬢様がこんな町に来てるなんて大ごとだもんね!」
アイルは屈託のない笑顔で言った。
「え」
「いやあ~この町へはお忍びで来てたんだね!貴族って色々大変なんでしょ?」
私はなんて返そうかと戸惑ったが、「そういうことにしておこう」と頷いた。
「う、うん…。」
「やっぱり!なんか雰囲気がこの町の人じゃないなーって思ってたんだ!」
「そ、そっか。」
私はあいまいにほほ笑んだ。
「ねえ!またこの町に来るの?」
アイルを見ると、彼は子猫のように目をキラキラさせながらこちらを見ていた。
(うわ!それは反則!)
「え~っとお…そ、そのうち?」
(本当は、顔を見られたから二度とこないつもりだったけど…。)
「ほんと!?やった!」
アイルは嬉しそうに飛び跳ねると、
「じゃあ、またこの店にも来てね!」
と手を握った。
私は、純粋に喜ぶその様子に思わず微笑んだ。
「うん。またね。」
お読みいただきありがとうございました。




