ヘリコニア②
バタン!
笑顔のまま、質屋の少年はカウンターの下に倒れた。
「え、ち、ちょっと!」
カウンターの裏へと回ると、少年は顔をひきつらせて硬直していた。
(え、これやばいんじゃ…)
少年は、この臭いは薬品のものだと言っていた。
おそらく人体に害のあるものなのだろう。
「どうしよう…外に出したら町の人が…。」
とりあえず服で顔を覆うと、私はこの臭いの元を探すことにした。
店の中を探し回っていると、どうやら奥へ行くにつれて臭いもきつくなっていくようだった。
先ほどの機械の横を通り過ぎ、さらに店の中を進んでいくと、突き当りに鉄製の扉があるのを発見した。
(この扉の奥かな?)
重い扉に半ば体当たりする形で開けると、部屋の中には頭が痛くなるほど甘ったるいにおいが充満していた。
「うわっ!」
鼻を覆う布の隙間からも入り込んでくるその臭いを吸わないよう気を付けながら、私は慎重に部屋の中へと入った。
部屋の中には、複雑な設計図や化学式の書かれた紙があちこちに張られ、床には本が乱雑に置かれていた。
足元に気を付けながら散らかった部屋の中を進むと、ずらりと薬品の並べられた棚の扉が開けっ放しになっており、その中からフタの取れた薬品ビンを見つけた。
(きっとこれだ!)
私はビンを手に取ると、魔法を使って店の窓を開けると同時に店中の空気を急激に冷やして液体化させ、ビンの中に閉じ込めた。
(やった!成功。)
しかし、まだフタは空いたまま。
辺りを見回してもフタらしきものは見つからない。
このままではまた薬品がビンから出てしまうと慌てた私は、とっさに自分の手でビンのフタを覆った。
(いや私何してんの!?)
しかしもう手を放してしまうわけにもいかないだろう。
(仕方ない。あの店員さんにフタはどこか聞いてみよう。)
私は両手がふさがったまま部屋から出た。
店の中に充満していた臭いは消え去り、外からの外気が室内を満たしていた。
(一件落着…なのかな?)
カウンターへ回ると、そこにはまだあの少年が伸びていた。
(一体どんな危険な薬品だったのよ。)
私は両手がふさがっているため、足先で地面に倒れている少年の脇腹をつついた。
「ねえ、起きて。」
「う、う~ん…」
少年は顔をしかめると、もぞもぞと起き上がった。
「ふわ~あ、よく寝たー。」
まるで朝の目覚めではないか。
「ちょっと、こっちは大変だったんですけど?」
いらだった声を出すと、少年は寝ぼけたようにこちらに顔を向けた。
「ん~…?」
しばらくぱちぱちと瞬きをしていた少年は、思い出したようにはっと顔を青ざめさせた。
「わ!お客さん!逃げてください!じゃないとっ…て、あれ?」
少年はクンクンと息を吸った。
「…臭いがしない。」
ありえないというように少年はあたりを見回した。
「臭いがしない!え、もしかして…」
少年がこちらを見た。
「…夢?」
「私がこのビンの中に戻したの!」
「え、お客さんが!?」
思わず言い返してしまい、私は「しまった」と口をつぐんだ。
(まずい。怪しまれるかも!)
この町に一般人でこんな大きな魔法を、私みたいな子供で使える人など貴族でもない限りはまずいない。
正体がばれなくても、貴族だと勘違いされれば大ごとになるかもしれない。
私は何を聞かれるかと身構えたが、少年は
「ええ!?すごい!一体どうやったのか教えてよ!」
と、目をキラキラ輝かせながら立ち上がった。
「え」
「臭いも全くしない!それにビンの中に薬品を戻しちゃうなんて!」
「いや、」
「ねえねえ、どんな魔法を使ったの!?」
私は少年に迫られ、どう返せばいいのかと視線をそらした。
(本当のこと言う?でもそれじゃあ不審すぎるし…。)
私が答えに困っていることに気が付くと、少年はハッとした顔になって近づけた顔を離した。
「あ、ごめん!お客さんに失礼なことしちゃった。」
そして数歩後ろに下がると、
「申し遅れました。しがない質屋をやってます。店長のアイルーロスと言います。」
と言ってお辞儀をした。
(ええ!店長?)
私はその言葉を信じられずにアイルーロスを見つめた。
この、お世辞にもしっかりしているとは言えない少年が?
「まだ子供じゃん…。」
思わずつぶやくと、アイルーロスはぱっと顔を上げ、
「違います!こう見えて16歳、もう大人だよ!」
と頬を膨らませた。
(猫みたい…)
「ねえ、君…お客さんは何て名前なの?」
そう聞くアイルーロスの質問に、私は困ってしまった。
「え、えっとー…フロー…です。」
(ごめんフロー!名前借りるね。)
するとアイルーロスは「へえ!」と頷き、
「フローっていうんだね!よろしく!」
と元気よく言った。
「あ、うん。よろしく…。」
「そうだった、買取りのお金渡さなきゃね!ちょっと待てて!」
バタバタと部屋の奥に引っ込んでいくアイルーロス。
(え、ちょっとこれどうすんの?)
片手でビンの口を抑えたまま放置された私は、どうすればいいのかわからずに立ち尽くした。
私はアイルーロスの引っ込んでいった奥の部屋へと進んだ。
鉄の扉のある部屋とは別の部屋では、アイルーロスが金庫からお金を出しているところだった。
「あの、アイルーロス…さん?」
「アイルでいいよー!」
アイルは振り返ってにこりとほほ笑んだ。
「えっと、アイル?これどうするの?ふたが見当たらないんだけど…。」
私は手に持った薬品ビンを掲げて見せた。
するとそれを見た瞬間アイルはいきなり立ち上がった。
「え?な、何?」
「今すぐ離して!!」
そう言いながらアイルは、ものすごい速さで私からビンを奪い取った。
そしてロウソクに火を灯すと、蠟を垂らしてビンの口をふさいだ。
「これは人に害のあるものなんだよ!絶対触っちゃいけないんだ!」
アイルが私の手を取り、手のひらを見せてきた。
フタの代わりにしていた私の手のひらは、焼けただれたような状況になっていた。
しかし、その痛々しい見た目とは裏腹に、まったく痛みを感じなかった。
(うわ、すごいことになってる。)
「ああ~!どうしよう!!と、とりあえず薬屋に行こう!」
けがをしたはずの冷静な私と対照的に、けがをしていない方のアイルは半ばパニック状態で私を外へと引っ張って行く。
「ええ!?いいよ大丈夫だから!」
あまり外で目立ちたくない私は、その場で何とか踏ん張ってこれを拒否した。
「でも…すごく痛そうだし…。」
しかしアイルはとても心配した様子で食い下がる。
「大丈夫。痛くはないの。氷で冷やせばいいし。」
(薬なら家にある薬草で何とかなるよね。)
とにかく私は、食糧調達をして早く帰りたかった。
しかし、
「じゃあ僕薬買ってくるよ!待ってて!」
話を聞いているのだかいないのだか、アイルはお金を持って店から走り出してしまった。
「ええ…。」
私は店に一人取り残された。
店に店員がいないなど、防犯意識もあったものではない。
(随分とせっかちな子だなあ…。)
しかし、代金をもらっていない分ここから勝手にいなくなるわけにもいかないだろうし、なによりアイルなら町中を大声で探し回りそうだ。
仕方がない。
ここは彼が来るまで待つことにしよう。
お読みいただきありがとうございました。




