クレマチス
スイー
「あー楽ちん。」
荷車に乗った私は山道を滑走していた。
魔法を使えば坂道をこんな思いモノを引きずっていく必要もないし、方向転換もお手の物だ。
(便利だなー。)
誰もいない道を風を切って進んでいくのはアトラクションのようで中々に爽快だ。
三十分ほどそうやって進んでいると、森を抜け、人が通れる道へと出た。
地面の跡からして、恐らく馬車や荷車を運ぶ人が多いのだろう。
(そろそろ降りたほうがよさそう。)
私は荷車から降りると、街に向かって引っ張ることにした。
荷車は思ったよりも重くなく、案外楽に進むことができたが、そう思っているのも最初のうちで、歩いていくにつれてどんどん体に負担を感じ始める。
「なんでこんなにっ…はあ、重いのぉー!」
後半は進んでいるのか進んでいないのかわからないくらいのスピードで進み、町に着くころにはくたくたに疲れていた。
(あー絶対明日全身筋肉痛だこれ。)
荷車を専用の駐車場に置き、私はどこか休める場所を探そうと町を回ることにした。
西洋風の建物が並ぶ町は、小さいながらも活気があった。
市場には多くの野菜やパン、見たことのない川魚が並べられ、人々は買い物と同時に談笑も楽しんでいるようだった。
(平和だな…。)
こうして町の中にいると、自分が終われている身だということを忘れ、町人の一人なんじゃないかと錯覚を起こしそうだ。
(いけないいけない。ばれないように十分注意しなきゃ。)
そうは思いつつも、やはりこの雰囲気に気分が上がってしまうのは止めようがなかった。
そうして市場を歩いていると、一軒のカフェを見つけた。
ヨーロッパのおしゃれな街にありそうな、シックで落ち着いた雰囲気のカフェに、私は思わず立ち止まって中をのぞいていた。
「あら、お客さん?」
店の中から若い店員さんが、こちらに気付いて寄ってきた。
「入りますか?」
入りたいという気持ちと、やめたほうがいいのではという気持ちに私はしばらくさいなまれていたが、とうとう店の魅力に勝てずにこくりと頷いてしまった。
「いらっしゃい。」
カフェの中は落ち着いた雰囲気とコーヒーの香りが漂い、お客さんはコーヒーを飲みながら本を読んでいる人が多かった。
私は案内された窓際の席に座ると、案内してくれた店員さんがメニューを持ってきてくれた。
やはり栄えている町では、文字を読めることが当たり前らしい。
メニューを開くと、内容は普通のカフェと同じような感じだった。
「どれにしますか?」
しばらくメニューを読んでいる私に店員さんが声をかけた。
「えっと、それじゃあ…このサンドイッチと、あとチーズケーキください。」
「お飲み物はコーヒーにしますか?」
「ええと、他のものでお願いします。」
私がそう言うと、店員さんは不思議そうな表情でメモから顔を上げた。
この世界ではカフェでコーヒーを頼まないのは変なことなのだろうか。
「あの、コーヒー飲めないので…。」
私はあわててぼそぼそと付け加えると、何となく気まずくなって顔をそらした。
「そうなのね。じゃあ別の飲み物を用意しますね。」
店員さんはにこっと微笑むと、メニューを回収してどこかへ行ってしまった。
料理が来るまですることのなくなってしまったので、他のお客さんの真似をして読書をすることにした。
私は椅子の後ろにある本棚から適当に一冊本を抜き取ると、パラパラとページをめくった。
本はどうやらこの世界では有名な魔法使いの伝記らしく、書いてあるのはその魔法使いがどのような偉業を成し遂げたかというものばかりだった。
(やっぱりこの世界では魔力のある人が偉いんだ。)
魔法使いに対する尊敬の念ばかり書かれた本を読んで、なんとなくがっかりした気持ちになっていると、先ほどの店員さんが料理を持ってやってきた。
「おまたせしましたー。」
そう言って、店員さんは魚のフライを挟んだサンドイッチをテーブルに置いた。
(わあ~おいしそう~。)
「あら、あなた、その本好きなの?」
目の前のサンドイッチに気を取られていると、店員さんが話しかけてきた。
「え?」
「その本よ。その人はね、この町出身なの。魔力が強いってあこがれるわよねー。」
店員さんはほれぼれするように言った。
「そ、そうですね。」
ちょうどそれと反対のことを思っていた私は、ただ曖昧に頷くしかなかった。
「あ、ごめんなさい。お食事の邪魔でしたよね。」
申し訳なさそうにそう言うと、店員さんは別のテーブルへと移っていった。
私はどう返事するのが正解だったのかわからないまま、目の前に置かれたおいしそうなサンドイッチに視線を戻した。
(いただきます。)
ぱくっと一口かじると、フライのサクサクの衣と、レタスのシャキシャキとした触感が小気味よい音を立て、白身魚のフワッとした味とタルタルソースの甘みの絶妙なバランスが口いっぱいに広がった。
(ん~!久しぶりのちゃんとしたご飯!!)
私はおいしさに涙をこぼしそうになりながら、夢中になって食べた。
あっという間にすべて食べ終わると、テーブルにはジュースが置かれていた。
どうやら店員さんが置いてくれたのも気づかないほど無心で食べていたらしい。
私は恥ずかしくなって口を拭くと、ジュースを一口飲んだ。
オレンジのような酸味と、リンゴのような甘みのする不思議な味のジュースだ。
私が食べ終えたのを見ると、店員さんはすぐに頼んでいたチーズケーキを持ってきてくれた。
これはちゃんと気付けたため、私は「ありがとうございます」と言うことができた。
店員さんはにこりとほほ笑むと、
「ごゆっくりどうぞ。」
と言って、ジュースをもう一杯サービスしてくれた。
私はお言葉に甘えて、もうしばらく読書にふけることにした。
お読みいただきありがとうございました。
クレマチス:旅人の喜び




