キンギョソウ
夢の中で、私は荒れ地に立っていた。
今まで見たことのない場所だったが、なぜか私はすぐにここがククル村であることが分かった。
ククル村は、以前のような緑豊かな土地ではなく、建物を崩され、畑を燃やされた酷い有様だった。
(村の人たちは!?)
私は焼け野原を歩いた。
しかし、探せど探せど住民たちは誰もいない。
(なんで、なんで!?)
どんどん体が重くなり、胸の奥が何かにえぐられるように痛み始める。
(ウウ…。)
ついにその圧力に耐えられなくなり、地面に這いつくばりながらも私は探した。
(あれは…どこだ!)
その時私は、村の人ではない「何か」を探している自分に気が付いた。
自分にとって何よりも大切なものを、本能的に探している。
いつしか私には、村の人たちの安否などどうでもよくなっていた。
(どこだ、どこだ、どこにあるんだ!)
何かを求める心の声は、だんだんと増えていく。
ついには数えきれないほど多くの人たちの声が、何かを求め、私の頭の中にこだまし始めた。
(どこ?どこ!どこにあるの?どこにいるの?どこだどこだどこだどこだ!)
脳がちぎれそうなほど、頭の中の声たちは叫び続ける。
上から押しつぶされるような感覚は声とともに重さを増し、今ではもう、私の体は動かなくなっていた。
ふと、霞がかった視界が光るものをとらえた。
私は最後の力を振り絞って、それに近づこうと手を伸ばした。
ヒヤリと冷たいものが手に触れて流れていく感触があった。
(ああ、これは…。)
私は小川の水を求めるように体を引きずりながら動いた。
喉は乾き、流れる水の潤いを渇望した。
頭の中に響いていた声はいつの間にか静まっていた。
私は指先から、腕、肩、と、川の中に入っていった。冷ややかな水と穏やかな流れが、傷ついた私の身体を癒していく。
(もっと、もっと…。)
私は痛みを取り除こうと前のめりになった。
その瞬間、澄み切った川の流れが一変した。
荒野の中で唯一美しかった川の水はドロドロとした血の色に染まり、死んだように動かなくなった。
(っ!?)
腕に気持ち悪い感触を覚えた私は慌てて腕を引き抜こうと体を引くが、川にどっぷりつかった腕は全く動かず、逆に私は川底に引っ張られていった。
(やだ!嫌だ!)
ズブズブと体は川の中へと引きずり込まれていき、私は頭から川の中に飲み込まれていった。
(う…。)
視界が完全に暗くなった。
川に流れるドロドロとした液体は私の鼻や口の中に押し寄せてくる。
息ができない…
(誰か…。)
「っーー!!」
私は目を見開くと、夢の中の川から逃れるように飛び起きた。
腕には鳥肌が立ち、手は冷たくなっているのに冷や汗が止まらない。
(…嫌な夢。)
私は両腕をさすりながらベットから出てカーテンを開けた。
まだ朝というには早すぎる時間だ。
しかし、もう一度寝る気分にはなれなかった。
「あーあ、また洗わなきゃ…。」
汗でびっしょり濡れた寝間着が肌に張り付いて気持ち悪い。
この分だと、また布団も洗わなくてはいけないようだ。
「シャワー浴びて、今日は食糧調達でもしよ。」
クローゼットからなるべく簡素な洋服を選び、私はバスルームへと向かった。
その途中、ちらりとベッドのほうに目をやると、昨晩読んだ本が目に入った。
さっきの夢は、あの本を読んだせいで見たのだろうか。
(いや…まさかね。)
そんなはずないだろうと首を振り、私はバスルームの扉を開けた。
「ふう~」
シャワーを浴びた私は、バスルームを後にした。
なんだかまだもやもやした感覚は残ったが、いつまでも気にしているわけにもいかない。
なぜなら今日は、町に食料を買いに行くのだ。
ククル村に行くわけにもいかないし、今回は少し遠出して、お城から少し離れた町へ行ってみよう。
逃亡しているときは、まあ今も逃亡中といえばそうなのだが、なるべく人が多い場所は避けていたため立ち寄れなかったが、ここに来る間もいくつか町を通り過ぎていたはずだ。
ここから一番近い町は、たしか歩いて一時間ほどだったはずだから、飛んでいけば半分ほどの時間で済むだろう。
(買うものを書き出しておこう。)
私はキッチンへ降りると、買うものをリストアップしていった。
「えーっと、調味料に茶葉でしょ、あと小麦と…レシピ本も買っておこう。」
こうして書き出してみると、案外必要なものが多い。
「これ全部買ったら重そうだなあ…持って帰れるといいけど。」
町までは荷車でも持って行って、人目につかないところについたら魔法で持ち上げてしまおう。
リストを作り終わった私は、朝食を持って二階へと上がった。
窓際にイスとテーブルを持っていき、朝食と資金袋をその上に置く。
(買うのに必要なお金は…うん、これくらいかな。)
リストと照らし合わせながらお金を数え、必要より少し余分なお金を財布代わりの布袋にしまう。
そして朝食を食べ終え荷物をまとめてトランクに詰めると、ベッドからはがしたシーツと一緒に一階へと降りた。
洗い場で洗濯水にシーツを浸して魔法でグルグルと回し、洗い終わったものを外のロープにかけておく。
「帰ってくるまでに日に当てとこう。」
今日は、昨日とは打って変わって一日晴天が続きそうだ。
きっと寝るときに、おひさまのいい香りがするだろう。
「今夜はぐっすり眠れるといいな。」
そう呟きながら、私はシーツをピンでとめた。
支度が整った。
しかしやはり、心配で玄関にある鏡で何度も身なりを確認してしまう。
「いや、大丈夫大丈夫。」
今日の恰好なら私はお使いを頼まれた女の子にしか見えないだろうし、それに髪色も目の色も、探されている私のそれとは違うものだ。
しかし、私は玄関のドアに手をかけたまま動けないでいた。
怖いという感情が一気に押し寄せてくる。
安全な自分のテリトリーから出ることが怖い。
知らない土地に行くことが怖い。
必死に逃げているときは、少しでも早く村につこうと必死だったからそんなことを考えている暇もなかったが、平和な暮らしを手に入れた今、それが失われてしまうのではないかという不安が胸に渦巻く。
(大丈夫。変装しているんだから。きっと平気。)
自分に言い聞かせてはいるものの、中々足を動かせない。
(どっちにしろ食べ物は必要なんだから行かなきゃいけないでしょ。さあ、動いて。)
「えいっ!」
自分に喝を入れ、私は玄関の扉を大きく開けた。
青い空と太陽の光が、不安に満ちた私の顔を照らす。
「いってきます!」
大きな声で自分を鼓舞し、私は結界の外へ一歩、足を踏み出した。
お読みいただきありがとうございました。
キンギョソウ:予知・仮定・推測




