トルコキキョウ
「…ねえ、ルリ元気かなあ?」
「シッ!今はその話はやめな!誰に聞かれるかわからないよ。」
お下げ髪の少女が呟いたのを、一つ結びの女性がいさめた。
ハッと口に手を当てた少女は、心配そうにきょろきょろと周りを見回すと、近くに人がいないことを確認して「ほう」と安堵の息を吐いた。
「まったく、気を付けてくれよ。フロー。」
メアリはそう言うと、フローは「ごめん」と小さく謝った。
「でも、メアリも気になるでしょう?」
「まあそうだねえ。あんなことになっちゃあ…。」
メアリはそう言ってため息をついた。
「あたしの村についたかどうかもわからないし…。」
「手紙もいちいち検閲されちゃうもんね。」
フローはやれやれと肩を上げた。
「でもなんでルリのことそんなに探してるんだろう?」
「う~ん、そうだねえ…。やっぱり巫女として呼ばれたことに関係あるんだろうかね…。」
思案顔のフローに、メアリも首をかしげた。
「ルリを探すために、城の騎士をわざわざ派遣してるんだって。」
どこから仕入れてきたのか、フローは周りをはばかりながら言った。
「しかも、噂では懸賞金までかけられてるらしいよ。」
「ほんとかい!それはまた大げさだね…。」
「ねー。あ、あと聞いた?聖女様がもうすぐ魔法学院に行くんだって。」
「ああ聞いたよ。どうやら、特待生として入るそうだね。」
「うん。しかも王子殿下と同じ学年だって。」
「あの二人は本当に《《仲がいい》》からねえ。」
そう言って、二人はくすくすと笑った。
「でもさ、ルリなら何とかやっていけるんじゃないかって、あたしは思うよ。」
「そうだね。ルリは頭いいもん、絶対また会えるよ。」
フローとメアリはそう言い、遠く離れた友人の無事を祈った。
そのころ、私はと言うと、屋敷の残りの部屋の掃除に奮闘していた。
城で働いていた時に培った知識と、魔術書を使った魔法でみるみる屋敷がきれいになっていくのは見ていて清々しかったが、やはり人の手が必要なところが私がやるしかなかった。
今はちょうど私の自室候補の部屋の掃除が終わり、調度品を拭く作業に入っていた。
どの調度品も気品がありハイセンスだが、細かい彫刻のせいでその分作業が多くなってしまう。
水で一気に流してしまうわけにもいかないため、どうしても一つ一つ丁寧に拭いていくしかなかった。
「ふう~。」
ようやくベッドの天蓋を拭き終わり、残すはクローゼットのみになった。
しかし、クローゼットといっても部屋一つ分くらいあるウォークインクローゼットになっていて、何重何百とある洋服がかかっていても全く圧迫感のない大きさだ。
(これは…大変そう…。)
私が普段着られそうな服とそうでないものを選び出し、着られるものは洗濯へ、着られないものは売ってお金にしようと、これまた洗濯しにいちいち分けるのはとても骨の折れる作業だった。
(この部屋の人は一体何着服を持ってるのよ!)
サイズは少し大きめだから、私より年上の人が住んでいたのだろうか。
どの洋服も落ち着いた色に、シンプルなデザインと私好みだ。
中にはおしゃれなドレスが数着かかっていたから、パーティーへ着ていくこともあったのだろう。
(勝手に売るのは気が引けるけれど…。)
申し訳ない気持ちも抱きつつ、私はより分けた服の選択へと取り掛かった。
シーツやテーブルクロスなどは魔法を使ってじゃぶじゃぶ洗ってもいいが、レースでできたものやドレスなどはやはり手で優しく洗うしかない。
これにもまた大変な時間がかかるのだ。
(お母さんって、大変だったんだなあ。)
ぬるま湯でドレスを押し洗いしながら、しみじみと母の偉大さを痛感する。
(確かにこんなに大変なら、シミつけられたら怒るよなあ…。)
辺りには太陽の光があふれ、さわやかな風が吹いていた。
「お城で働いててよかった。洗濯物の仕方が分からないままでいるところだったわ。」
私はその後洗い場と、魔法を使って一気に洗濯物を乾かす通称「乾かし場」を行ったりきたりし、なんとか午前中に洗濯物を終わらせた。
「乾燥の魔法って本当に便利だなあ。一瞬で乾いちゃう。」
シーツや膨大な量の服は場所をとるため魔法で一気に乾かしてしまったが、革製のクッションカバーは風通しのいい日陰で陰干しをした。
また、書斎や屋根裏にあった膨大な本は出せる分だけ外に出して虫干しをしている。
「よいしょ。」
一通り終わった洗濯物を取り込み、私はいったんお昼にすることにした。
(今日のお昼は豪華~。)
今日のメニューは、今朝川で獲った魚を、森で採取したキノコと薬草を一緒に蒸し焼きにしていたものだ。
採ってきた薬草は香りづけにもなるし、色々な効能を持っているため健康にもいい。
「でも、やっぱり塩とかは買っておかないとな…。」
薬草が香りづけに使えるとはいっても、さすがに毎日では飽きる。
それにパンやお菓子作りには小麦粉も必要だ。
そろそろお金も貯まってきたし、街に買い物に行ったほうがいいだろう。
(変装もしているし…。大丈夫だよね。)
庭の特等席で蒸し魚を食べながらそんなことを考えていると、いきなり強い風が吹き、日干ししていた本のページがバタバタとはためいた。
驚いて空を見てみると、遠くのほうで黒い雲が黙々と湧き上がってきていた。
「げっ!」
慌てて食べかけの昼食を口に詰め込み、外に出していた洗濯物を取り込みにかかる。
洗濯物を運びながら、雨が降りそうな空模様を見上げた。
「雨降りそう。大丈夫かな?」
壊れかけていた屋敷の屋根や壁はほとんど魔法で修復済みだが、それでもやはり心配な気持ちは残った。
「雨漏りとかしないかな。浸水とか…。心配だな。」
しかし、今はそれより洗濯物をしまうほうが先だ。それに、換気のために開けていた窓を閉めなくては。
「ふう。これで全部かな。」
すべての本をしまい終わったとき、ぽつ、ぽつと雨が降ってきた。
「おお、危なかった~。」
雨が吹き込んでこないように玄関の戸を閉め、その後屋敷の戸を閉めて回った。
「はあ~。家が広いって大変だなあ。」
すべての窓を閉め終えて本を本棚に戻し終えると、私は二階へと上がった。
「疲れた~」
二階のあの部屋は、ついに私の部屋となったのだ。
「フフフフ…」
念願の自室に胸をときめかせながら部屋の戸を上げると、きれいに片づけられた部屋が私を出迎えた。
「フンフフ~ンフフ~ン」
(こんなに素敵な部屋を手に入れられたなんて!)
幸せをかみしめ、小躍りしながら私は部屋に足を踏み入れた。
「こんなおかしな行動ができるのも、一人暮らしならではだもんね!」
自分の部屋を持てて気分が上がった私は自分でもよくわからないことを呟きながら、私はベッドへ近づいた。
(うう、今すぐ飛び込みたい…!)
しかし、掃除終わりの埃まみれの体で、清潔なベッドに飛び込むわけにはいかない。
必死に飛び込みたい衝動を抑える私に、疲労とふかふかなベッドが誘惑してくる。
(ちょっとだけ…)
「いや!ダメダメ…。お風呂に入ってからじゃなきゃ。」
せっかく洗ったのだからと思い直した私は、クローゼットから寝間着を取り出してバスルームに向かった。
「ああ~いいお湯だった~」
おっさんくさいセリフを言いながら、私はバスルームから出た。
なんだかんだ言って、今日も一時間ほどお風呂に入ってしまった。
窓を見ると、まだ夜には早いのだが外はすっかり厚い黒雲に覆われて暗くなっていた。
私はカーテンを閉めると、部屋のランプの明かりをつけた。
柔らかな黄色い明りが部屋を満たす。
「フフ…ついに…。」
私は満を持してベッドの前に立った。
「念願のベッドだあ―!」
ボフンとベッドにダイブすると、その柔らかさに体が一気に吸い込まれていくようだった。
顔をうずめると、洗い立てのシーツの感触が肌に心地よく触れた。
「~!」
幸せな気持ちで足をバタバタと動かし、ベッドの中央へと移動した私は、ごろんとあお向けに寝っ転がった。
「へへ…ついにマイベッドをゲットだー!」
クッションの硬さもちょうどいいし、それよりも天蓋がこれがまたおしゃれだった。
太陽が出ている間は涼しげな空の色をしているのだが、ランプの光に照らされた今はきれいな夕日色をしていた。
(こういったところもこだわってるんだなあ…。)
上質で滑らかな肌触りが気持ちいい布団にもぐると、私はランプを近づけ、天日干ししていた中から持ってきた一冊の本を開いた。
『竜と妖精』という題名のつけられた本は、タイトルはよくある話のようだったが、ツタの模様の描かれた美しい装丁に惹かれて持ってきた。
はじめは子供っぽい内容だと侮っていたが、読んでいるうちにその面白さにどんどん飲み込まれていった。
内容を要約するとこうだ。
隣り合った妖精の国と竜の国は友好関係を結んでいて、互いの文化を尊重し仲良く生きていた。
国民は互いの国を行き来し、竜は自然の恵みを、妖精は知恵を交換し合っていた。
ある日、妖精の国と竜の国の国境に一本の川が生まれた。
その川には触れられないほど強い魔力が流れており、見る見るうちに川の辺りは荒れていった。
自然を大切にする竜たちはすぐに川を埋めてしまおうと言った。
しかし、その川の力に魅入られた妖精たちはその力を生かそうと考えた。
二つの国は互いに意見をぶつけ合ったが、そのうちその力をぶつけるようになった。
妖精は、こっそりと奪っていた川の魔力を使って強い武器を作った。
竜たちは自然を守るためにその身体を使って戦った。
しかし、明らかに妖精たちのほうが有利だった。
国を焼かれ、仲間も失った竜たちは地中深くへと逃げた。
しかしその時、妖精たちの最も大切にしていた宝物も奪って持って行ったのだ。
自分たちの宝物を盗まれたと気づいた妖精たちは竜たちを追ったが、竜の国だった場所は焼け野原となり、そこにはぽっかりと空いた底なし穴のみが残っていた。
風が吹くと殺された竜たちの断末魔が開き超えることから、その穴は「地獄穴」と呼ばれるようになった。
ここまでが大まかなあらすじだ。
読み終わった私は、すっかり夜も更けていることに気が付いた。
相当長い時間読みふけっていたらしい。
「おもしろかった~!」
物語にはその他にも、妖精や竜たちの心理状況が巧みに描かれており、ついつい熟読してしまった。
「もう寝なきゃ。」
私は本を横のサイドテーブルに置くと、ランプの明かりを小さくして目を閉じた。
その日、私は夢を見た。
お読みいただきありがとうございました。
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