ヌルデ
そんなこんなで食糧庫、洗い場、床、ときれいにしていき、キッチンはだいぶ様になっていった。
(魔法を使ったからこんなに早く終わったけど、本当なら倍の時間はかかるよね。)
外の食洗機を見てみると、何枚かの皿は割れていたが、どれも皆ピカピカにきれいになっていた。
「とりあえずキッチンは終わりでいいかな。」
皿の水分を乾かして食器棚に入れてみると、美しいデザインが施された戸棚にシンプルな色合いの上品な食器がよく映えた。
この家の人は素敵なセンスを持っていたようだ。
(せっかくこだわって作った家のこんな姿を見たら、きっと悲しむだろうな。)
そのためにも、住まわせてもらっている私がこの屋敷を蘇らせなければという使命感に燃えた私は、その日のうちに、一階のすべての部屋と二階のバスルームを掃除し終えた。
水も魔法で床の汚れを洗い流し終わってふと窓から外を見てみると、夕日の中、洗濯物が風にたなびいていた。
「え、もう夕方!?」
魔法を使った掃除があまりに楽しくて、時間を忘れてしまっていたようだ。
急いで片付けようと足を踏み出した途端、濡れたタイルに足を取られた。
「うわっ!」
ズルッ
バタン
「っーー!」
かたいタイルに思いっきりおしりを打ち付け、私は痛みに悶絶した。
「イッタタタ…」
目に涙を浮かべながらあおむけに倒れていると、ふと天井にクモの巣がはびこっているのが目に入った。
(あ、忘れてた。)
指を上に向け、風を巻き起こすと、蜘蛛の巣はあっという間に窓から外へと飛び去って行った。
スマホの掃除ゲーム感覚ですぐに汚れがなくなっていく様は、見てて気持ちよかった。
(だからついついのめりこんじゃうんだよね~。)
そんなことを考えながらきれいになった天井を眺めていると、一部崩れそうな個所を見つけた。
「うわ、危な~。」
天井近くに浮かび上がって見てみると、大理石で作られた天井は崩れているのではなく、その一部がずれているのだと気が付いた。
(なんだ?)
ずれている部分を少し押してみると、ガコンッという音とともに正方形にくりぬかれた場所が外れた。
持ち上げた部分をそのままスライドさせて頭を中に入れてみると、中は真っ暗で何も見えなかった。
(もしかしたら、秘密の部屋かも!)
いったんキッチンへと戻って瓶を手にした私は、その中に火をともしてランタンを作り、それをもって再び天井裏へと入ることにした。
(どんな場所なんだろう?)
ワクワクしながらランタンで天井裏を照らした私は、驚きで目を見張った。
一切壁で仕切られていない室内は、この屋敷のすべての部屋をつなげたほど広大だった。
「ひっろ!」
屋根裏部屋というから狭いものだと思って見てみたが、そのあまりの広さに圧倒される。
(すごい広さ…。)
しかも室内には本棚や大小さまざまな望遠鏡、なんだかわからない装置までいろいろなものが所狭しと並べられていた。
屋根裏に上がってみると、改めてその広さに驚かされる。
「すごい…。」
足音がしないようにだろうか、厚めの黒いじゅうたんがひかれた室内を見渡すと、私の動きに合わせて色形の様々なガラス玉や薬瓶が、ランタンのほの暗い光に照らされてキラキラと光った。
図書館のような、何かの研究室のような雰囲気の不思議な空間だ。
(やっぱりここは秘密の部屋だったんだ!)
私はワクワクした気持ちで部屋を見て回った。
窓のない部屋には所々にロウソクやランプが置かれ、暗い中でも光を確保できるようになっていた。
置かれている本やおかしな装置はどれも古そうなものだったが、どういうわけか、どれも埃一つかぶっておらず、まるでさっきまで使われていたかのようにきれいなままで放置されていた。
その様子は、荒れて汚れていた廃墟のようなこの屋敷の中ではひどく異質に思えた。
(なんでだろう?この部屋だけ魔法がかかってる…?)
しかし私が持っている魔術書には、モノの時間をそのまま保存するといった魔法は載っていない。
不思議に思って部屋を探してみると、一番突き当りの壁際に置かれた机の上に、分厚い本が開かれたまま置かれていた。
中途半端に引かれた椅子や本の上に転がされた万年筆は、誰かがさっきまでこの本を書いていて、ふと立ち上がってそのままどこかへ出かけたかのような想像さえさせた。
ページにはびっしり文字が書かれ、魔法陣のようなものや図形などが書かれているようだった。
(なんだろう、保存…ための…算式?文字がかすれてて読めないな。)
書きかけの文字がある右下のページから文章をさかのぼっていくにつれ、左上のほうはボロボロでほとんど文字の読めない状態になっている。
このページを書くのにどれくらいの年数がかかったのかと思わせるほどだ。
(この魔法がこの部屋がきれいなままにしたのかな?)
読みづらい文字を何とか読み進めていくと、やはりこの魔法が今のこの屋根裏部屋の状況にかかわっているようだ。
魔法をかけるための、これは…計算式だろうか、作者は魔法陣のように円系に描かれた数式に、いくつかの文字を当てはめている途中だったようだ。
人間が作る魔法は自然法則の数式を書き換えることでその効果を発揮するのだが、これは計算式段階で止まってしまっているため、どうやってこの魔法がかけられたのかがわからない。
(面白い形の式だな。)
この数式が全く分からない私にはこんな感想しか出てこない。
いつも私が使っている魔法は、すべてこういった数式が完成した形の呪文だからだ。
(この魔法が完成したら、すごい便利になるんだろうな。)
冷蔵庫も防腐剤もないこの世界では、とくに魔法を使えない農民にとって食べ物の保存というのは非常にシビアな問題だ。
食料を保存するための氷代わりとして用いられている魔石の多くは、お金持ちが独占してしまっているために、需要と供給のバランスが取れていないのだ。
村々を回っているときも、魚や肉などは日持ちしやすい干物にしているのがほとんどだった。
その中でこの魔法が完成すれば、魔法石が多く農民の手に渡るようになり、そういった問題も解決するだろう。
(でもなんで途中で終わっているんだろう?)
円型の数式は時計でいうところの十二時から反時計回りに始まり、およそ二時くらいの場所で止まっている。
「…やっぱわかんないな~。」
じっと見つめてみるが、どんどん頭が混乱するだけで数式の一割もわからない。
数式を導くための文章も、専門的な言葉ばかりで理解不能だ。
(よし、戻ろう。)
この部屋は掃除する必要もなさそうであるため、解読をあきらめた私は一度下に戻ることにした。
お読みいただきありがとうございました。
ヌルデ(白膠木):知的




