モミジ
「はーい、到着。」
一応屋敷周りでは、辺りに人がいないか注意しながら降り立った私は、早速庭に木の枝を植えてみた。
というより差してみた。
枝はもらった時から二度目の紅葉を迎えていた。
「これなんて言う種類なんだろう?モミジ…ではないだろうし。」
白に近いベージュの枝から伸びるすこし細めの葉は、モミジのように赤く色づいてはいるものの、今まで私が見たことのないような木だ。
おそらく、この世界独自の種類なのだろう。
「まあ、逆に前の世界と同じ生き物を見かけた記憶がないけどね。」
この世界で食べた料理は、前の世界と似たようなものが多かったけれど、やはり家畜や穀物といったものにも多少の違いがあった。
例えば、これは薬を売りながら村々を回っていた時のことだ。
ある村で、なにやら人ほどのサイズの毛玉が転がっていた。
不思議に思って近づいてみると、なんと毛玉だと思っていたのは亀のように顔手足を引っ込めて寝ていた羊だったのだ。
にゅっと一斉に顔だけ出した羊たちには、腰が抜けるほど驚いたものだ。
「この羊たちはねえ、絶対に肌が出るまで毛を刈っちゃいけないって決まりがあるのさ。」
村にいたおばあさんが教えてくれた。
羊たちは体を毛でおおわれていないと、顔と手足を引っ込めることができずにストレス死してしまうらしいのだ。
どうやって手足を収納しているのか尋ねてみたが、そこまではまだ解明されていないという。
おそらく、彼らの持つ魔力のおかげだろうということだ。
彼らの毛は保温性のみならず、暑さを感知すると自動でその繊維を希薄化して風の通りをよくするという優れもので、とても人気だそうだ。
「だから、肌が見えるか見えないかのぎりぎりのところを刈るにはそれなりの腕が必要なのさ。」
おばあさんはそう言って胸を張った。
(不思議な生き物がたくさんいるんだなあ。)
その時はそんな風にしか思わなかったが、この世界の動物たちは、以前の世界の動物たちよりもよりうまく自然に適応しているようだ。
(初めての時は地球と大して変わらないって思ってたけど、結構違うんだなあ。)
便利な魔法に、高い能力を持つ動物たち。
おそらく、この世界で地球のように機械が発達していないのは、そんなものに頼らなくてもいいくらい環境が良いからなのだろう。
こうして住んでみると、地球より随分住みやすいように感じてしまう。
(は、ダメダメ!地球だって悪くなかったじゃない!)
自分の故郷に言い訳するように首を振ると、私は地面に突き刺した枝に水やりした。
「元気に育ってねー。あ、でも大きすぎるのはだめだよ。屋敷がつぶれちゃう。」
そう言って枝をつつき、私は屋敷へと戻った。
「ただいま~って、誰もいないけど。」
夕日が差し込む玄関でひとり呟き、箒を立てかけた私は大広間へは戻らずに二階へと上がった。
「はあ~疲れた…。」
いくつか部屋を回った後、廊下を少し進んだところにある扉を開けると、そこはかつて誰かのものだったであろう部屋があった。
広めの部屋には、天蓋付きのベッドと鏡台が置いてあった。
(寝室だったのかな?)
その部屋の中にある扉を開けると、私のお目当ての部屋が見つかった。
「あったあった。」
タイル張りの床に白で統一された部屋。
そう、お風呂場だ。
思えば村についてから、ちゃんとしたお風呂に入っていなかった。
村の人たちには日本のように湯船につかるという文化はなく、石鹸のように泡立つ薬草をつぶしたものをタオルにつけ、それで体をこするというのがこの世界の一般的な入浴スタイルらしい。
清潔さは保てるものの、やはり湯船につからないのはどうもリラックスできないものだ。
この屋敷はまだすべて回りきっていなかったものの、これほどまでに大きな屋敷ならお風呂場があると踏んでいたが、私の予想は当たっていたみたいだ。
「ちょっと片付ければ使える…かな?」
とりあえずほこりを逃がすために窓を開けようとした…が、固く錆付いた窓を強く引いた途端、窓枠は音を立てて外れてしまった。
「ええ!?まじか…。」
窓枠を両手に持った私は、しばらくポカンと窓の形にくりぬかれた壁を見つめていたが、今日のところはあきらめることにした。
「明日やろ。」
寝不足なうえ久しぶりの塔出に疲れ切っていた私は、お風呂に入るのはお預けにして、今日はもう寝ることにした。
「ああ…。お腹空いた…。でも食べるものないし今から取りに行くのもめんどくさいし…。」
私は応接室のソファに体を投げ出して、呪文を唱えて暖炉に火をつけると、服もそのままにごろりと寝返りをうった。
(明日はまず食べるものを見つけよう。足もそろそろ治ってきたから、歩けるかな…。その後屋敷を掃除して…ああ、まずは修理から始めないと…。魔術書でいい魔法がないか探して…。)
私の意識はそこで途切れた。
お読みいただきありがとうございました。
モミジ:美しい変化




