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ダリア

「ハッ!!」


記憶から解放された私は、いやな夢から覚めるように目を見開いた。


顔を上げると、そばでは現実の白蛇が心配そうに私を見つめていた。


「イタタタ…」


倒れた時に打ち付けたらしい頭の痛みを抑えながら起き上がると、背中には汗をぐっしょりかいていた。


虫を見た時とは違う嫌悪感が、心の中を渦巻く。


「はあ…」


私は混乱して頭を抱えた。

いや、本当は混乱などしていない。

ただ、行き場のない怒りとやるせなさに混乱していた。


記憶の中のあの男は、自分の欲のために白蛇を殺そうとした。


(そういえば、魔術書に書いてあった…。)


この世界には、数いる蛇の魔獣の中に、最も珍しい種がいるということ。

そして、それは白銀色の輝く鱗を持っているということも。

「聖蛇」と呼ばれるその蛇たちの鱗は金に匹敵するほどの価値があり、肉を食らえば若さを手に入れられると貴族たちの間で人気の貴重種。

ある地域では、信仰の対象になっているともいわれている。


今目の前にいる白蛇が、その種類だったのだ。


『与えられれば恵みを得る。奪えば滅びを得る』


魔術書に書いてあった言葉だ。

読んだときは迷信だろうと思っていたが、あの男の最期を見た今ならその意味がはっきりと理解できる。


「…だから、逃げようとしたんだね。あの男の人を守るために。」


蛇は、自分の血によってあの男がどうなってしまうのか分かっていたのだ。

だから、あの場から離れようとした。


蛇ならあの男を殺すことなどたやすいことだろう。

噛みつけばいい。

あの男に傷つけられた体から、流れる血に触れさせればいい。


目の前にいる大蛇は、欲のために殺そうとした相手を、傷つけられてもなお守ろうとした。


(なんて…優しい…。)


それなのに、あの男は自業自得の結果を白蛇のせいにした。

さらには死んでもなお、蛇を恨み続け、長くにわたって蛇を殺そうとしていたのだ。


私ははらわたが煮えくり返るようだった。


白蛇は、人間にあれだけの仕打ちをされたにもかかわらず、あの男を守ろうとした。人間である私を追跡者から助けてくれた。


大蛇の優しさと純粋さが悲しかった。

この白蛇は人間の醜さを知らないのだ。

疑うことを知らないのだ。


そのことが、私をよりやるせない気持ちにさせる。


「蛇さん…」


私はおもむろに立ち上がった。


大蛇は心配そうに体を動かした。


私は大蛇と向き合い、そして頭を下げた。


「ありがとう…それと、ごめんなさい。」


私が謝ったところで、今までの人間の仕打ちを償うには遠く及ばないかもしれない。


顔を上げると、蛇は一瞬戸惑ったような表情を見せていたが、すぐ同じように頭を下げた。

私の謝罪を受け取ってくれたようだ。


頭を上げた白蛇と目が合った。キラキラと輝く純粋な瞳が、私の茶色い瞳を映した。


(もうあんな怖い思いはしてほしくないな…。)


蛇のつぶらな瞳を見ているうちに、そんな思いが浮かんだ。


「あの…蛇さん。結界を張るのはどう…かな?」


差し出がましいとは思いながら、私は提案した。


狭い範囲でも結界を張っていれば、もしまたあんなことがあってもすぐに逃げ込めると思ったからだ。


「何か怖いことがあったときに、あなたを守れるよ。」


私は魔術書を開き、結界の魔術のページを見せた。


理解できているかはわからないが、蛇は魔術書をのぞき込んで何やら思案しているようだった。


人間が使う魔法は、この世界の理に反するものだ。

ものを宙に浮かせたり、本来の自然の法則を破るものが多い。

そのため、自然の魔法と共存する動物たちは人間が用いる魔法を嫌うといわれている。


(どうだろ…やっぱ嫌かな。)


出しゃばりすぎたかと心配になりかけたころ、蛇がぱっと顔を上げた。


急な動きに驚いていると、大蛇はどこかへ移動し始めた。

付いて来てというようにこちらを振り返り、私が箒に飛び乗り慌てて後を追うと、蛇は大きな木の前でぴたりと止まった。


「え、ここ?」


確かに前にそびえ立つ木は通常のものよりもはるかに大きいが、それでもこの大蛇の住みかとしては小さいように思う。


「ここがあなたの家なの?」


そう聞くと、蛇はこくりと頷き、私の頭上を指した。


見上げると、木は上へと延びる途中で途切れていた。

その様子はまるで巨大な切り株のようだった。


(あそこが入り口なの?)


蛇は気に沿ってするすると上へあがっていく。


私はしばらくその様子を見つめていたが、このままでは数十メートルも上にある入り口には到底入れないと気づき、呪文を唱えるとともに地面を強く蹴った。


ふわりと宙に浮かんだ私は、いつもよりはるかに高い場所まで上昇した。


(ひいいい…)


高いところは苦手ではないが、さすがに命綱なしでのこの高さには怖がらずにいられない。


せめてもの救いは、足元に漂う霧のせいで地面が見えないことだ。


(よしっ)


体勢を整えた私は、もう少し上昇して大木を上から見下ろした。


「わあ、すご!」


上から見た景色に、私は思わず驚きの声を上げた。


途中で途切れた大木は中が空洞になっており、しかもその下にはさらに穴が開いていた。


「すごーい!」


空洞の中に入ってみると、大木のかぐわしい香りが鼻をくすぐった。


大木のさらにその下へ降りると、どうやらそこは洞窟の中のようだった。

地面にはふかふかした苔が生えており、降り立った足に心地よかった。


「こんないい物件に住んでたんだ…。」


うらやましがる私の言葉に、大蛇はどことなく自慢げだ。


奥からはちょろちょろと水の流れる音が聞こえてくる。


「私のいる屋敷より片付いてるわ…。」


蛇の住んでいるところというから、よくある動物や人間の骨が転がっているところを想像していたが、ここにはそんなものは一つもない。

間違えて入ったら、ここに蛇が住んでいるとは気づかないくらいだ。


(天井からちょうどいいくらいの光も入ってくるし、超優良物件じゃん。)


どう探したらこんな素敵な家が見つかるのだろうか。


考えてみたが、この蛇はこの山の主なのだ。

それくらい知ってて当然だろうと思いなおす。


「じゃあ、結界張っちゃおうかな。」


意気込んで言う私に、蛇はお願いしますと頭を下げた。



お読みいただきありがとうございました。


白のダリア:感謝

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