クロユリ
「ふう…」
あの気持ち悪い虫が完全にいなくなると、私は閉じていた眼を開けた。
目の前に、大蛇のキラキラとした透明な鱗が広がる。
耳の奥には、まだあのおぞましい叫び声が残っていた。
(なんだったんだろう、あの虫…。)
今まで人の顔をしている虫など見たことがない。
(病気の象徴?だったりするのかな。悪魔の一種とか?)
あの虫の正体について考えながら大蛇の胸から顔を離すと、足にコツンと何かが当たる感触があった。
「ん?」
足元に何かとがったものが落ちている。
「なんだろう?」
拾い上げて見てみると、それは剣の欠けた刃だった。
赤黒い色に染まったその刃は、手に持っているだけでなんだか胃がむかむかしてくるような嫌な空気を放っていた。
「なんでこんなところに…?」
気味が悪いからと捨てようとした瞬間、手に持った刃がブルブルと震えだした。と、同時に、不快な金属音を発し始める。
「うわ、な、何!?」
刃を遠ざけようとするが、手にくっついたように離すことができない。
不気味な音と、この異様な状況に思わず目を閉じると、頭の中に、先ほどのようにイメージが浮かんできた。
(これは…?)
私の目の前には一人の男が立っていた。
笑いながら、前方を見つめている。
その目線の先には、あの白蛇がいた。
しかし、私が知っている大蛇より二回りは小さいように見える。
(過去の記憶?)
大蛇はこちらに気づいている様子はなく、静かに湖のほとりに佇んでいる。
男は屈みながら静かに蛇に近づくと、草むらに隠れた。
「あいつが貴重種か。」
男がぽつりとつぶやいた。
「こんなに早く見つかるとはな。これで俺も大金持ちだぜ。」
意地悪く笑う男は、腰に差していた剣をゆっくりと抜いた。
(あ、ダメ!)
男のしようとしていることを察した私は、男の前に立ちはだかったが、記憶の中の男は私をすり抜けて大蛇へとにじり寄っていく。
「ハッッ!」
男が剣を振り上げた瞬間、白蛇が後ろを振り返った。
「クッ!」
大蛇のしっぽに薙ぎ払われ、後ろに転倒する男。
それと同時に、大蛇はその場を去ろうとくるりと向きを変えた。
「こいつっ!!」
男は剣を拾いすぐさま体勢を立て直すと、逃げようとする蛇の尾に剣を突き立てた。
「逃げんじゃねえよ!」
尾を刺され逃げられなくなった大蛇は、剣を押さえつける男に体当たりし、男は地面に打ち付けられた。
ガハッ
背中から叩きつけられ、男は苦しそうに息を吐いた。
その間にも、大蛇は剣を抜き、血まみれの尾を引きずりながら森の奥へと逃げようとする。
「この畜生が!!」
バランスを崩しながらも、男は再び剣を拾うと、大蛇に向かって走った。
「うおおおらああ!」
叫びながら男が振り下ろした刃は、蛇の背中に刺さった。
蛇は痛みに目をカッと見開くと、苦しそうに前に倒れた。
「はあ、はあ、これで…どうだ…。」
男は満足そうに言って、とどめを刺そうと蛇に近づいた。
その時、
「う!な、なんだ!?」
男の顔が苦痛にゆがんだ。
ブルブルと震える手を見ると、蛇の血がべったりとついた場所から、徐々に手が枯れていく。
「あ、あああ!なんだこれええ!?」
男はパニックになったように池の水で血を洗い流そうとするが、全身についた飛び血から、どんどん男は枯れていった。
「お前…!!」
もはや全身がミイラのようになったその男は、大蛇に近づこうとするが、足に力が入らず、そのままうつぶせに倒れた。
「う、ぐ!」
首から上だけを上げて、男は蛇をにらみつけた。
白蛇は悲しそうに男を見つめ返した。
まるで男のこの先の結末が分かっているかのように。
「畜生めが!!くそ、くそおお!!」
男は叫ぶと、わずかな力を振り絞るように右手を大蛇に向けた。
「呪ってやる…!貴様も、俺と同じように死ねええええ!!」
全身の生気が奪われた男の顔は、もはや原形をとどめていなかった。
恨めしそうに蛇をにらむその顔は、あの虫と同じ、醜い老人の顔だった。
「お、の、れ…!」
男はそう言うと、右手を上げたまま枯れ果てた。
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クロユリ:呪い




