ススキ
村の喧騒が遠くなったあたりで、私たちはようやく足を止めた。
「大丈夫ですか?」
女性の方を伺うと、彼女は
「…はい。」
と弱々しく呟いた。
「ここで二人を待ちましょうか。」
女性を木の下に腰かけさせた私は、念のため辺りを警戒して立っているようにした。
座っている彼女をちらりと見ると、シーツ越しにも震えているのが分かる。
(無理もないよね…)
彼女は瘴気のせいで、人の形も、家も、安寧さえも一気に失ったのだ。
それでもこの状況に耐えているのは、とても強い方だと思う。
何か慰めの言葉を掛けようと思ったが、何を言えばよいのかわからず、口をつぐんだ。
しかし、互いに黙っていると、村の喧ぎが嫌でも鮮明に聞こえてくる。
「あの…」
遠くの喧騒をかき消すように話しかけるも、言うことがなく、
「大丈夫ですよ。きっと。」
と言うだけで終わってしまった。
「…ありがとうございます。」
しかし、女性はちゃんと返事を返してくれた。
何となく、震えが少しだけ収まったようにも見える。
(うーん。なにか話した方がいいのかも。)
「あの、」
話しかけると、犬の形をした耳がぴょこんとこちらに向いた。
不覚にも可愛いと思ってしまう。
「ええと、これは私の話なんですけど、いつも敵から逃げてる時って、あえて普段の
日常のことを考えるんですよ。」
何か話を続けなければと焦った私は、頭に浮かんだことをよく考えずに口に出していた。
「逃げきったら何を食べようかなとか、汚れた服を洗濯しようとか。考えると、すぐに日常に戻れるんだって、少し心が落ち着くんです。眉唾物かもしれないですけど、私はいつもそうするようにしてます。」
そこまで話して、私はハッとした。
「え?」
女性はポカンとした顔でこちらを見ている。
「あ!す、すいません。変な話しちゃって。忘れてください。」
私は何を言っているんだ。この人は、たった今日常が奪われたばかりだというのに。
「「いつも」って、そんなに何回も追われてるんですか!?」
しかし、女性はそんなことを気にするそぶりも見せず、驚いた様子で身を乗り出した。
「は、はい。」
「ちなみに何回くらい…?」
「3,4回くらいですかね…でも、そこ気になります?」
私は意外なところに興味を持たれ、首をかしげた。
「普通は追手に追われること自体ないですって!」
女性は口を押えて笑った。
「あ、そうだった。」
自分がすでに「普通」の日常にいなかったことに気付き、私もつられて笑ってしまった。
「あはは…もう、こんな状況で笑ってしまうなんて。」
「そうですね。逃げてるなんて嘘みたいです。」
その後、私たちはつらい状況を忘れて話に花を咲かせた。
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ススキ:活力・心が通じる




