苦悩の始まり
ゆるい設定です。お許しください!
よろしくお願いします!
ここはメルセデス王国、沢山の国がある中でも大国とも呼ばれる1つ。人口の多さ、軍事力や魔術の進歩を誇り、そして海の貿易や作物の豊かさもあり、とても安定した国である。そんなメルセデス王国にある高等学園で今、ランク分けされる試験が実施されていた。
「おらぁぁああ!!」
「っ・・・!はぁぁあ!!」
ガンっと模擬の剣がぶつかり合う音が響きわたる。今はメルセデス高等学園の剣の試験の最中。ホールには客席があり、学園の女子生徒はある人物を見るために会場へ押しかけていた。御目当ての人物の模擬試験に黄色い声が上がる。
今、試験を行なっているのは、このメルセデス王国の第ニ王子であるレオナルド・メルセデス王子。逞しい体躯なのにしっかりと引き締まっており齢18にして色気がすごい。燃え上がる様な赤髪、意志の強い金色の瞳、整った顔。しかしその綺麗な顔の目元には目立つ一筋の傷跡がある。またそれが男らしいと女子生徒の間で囁かれており、男子生徒からは男の勲章などと言われ憧れの的のようだ。
そんな彼と対峙するのはさらさらのストレートな黒い髪に眼鏡をかけ、レオナルドよりも線が細く剣よりも筆が似合いそうな男の子、シス・ゼノン王子だ。他国からの留学生で生徒たちはどんな人物か興味津々の様子。レオナルドの攻撃に張り合えるほどの剣技を持っており、会場はかつて無いほどの大盛り上がりを見せていた。
「中々やるじゃねえか!シス・ゼノン」
「そっちも!!」
一見お互いを高め合う友好的な関係に見えるかもしれないが、実際は違う。どちらが上なのかハッキリさせようと互いに貶め合おうとしているのだ。
しかし、シスの体力は限界が来ようとしていた。滴り落ちる汗をぬぐい、次の一発で決めようと走り出す。
「はぁぁあ!!」
ガン!!
(何で剣を持って大国の王子と戦ってるのよ私!!私はシス・ゼノン王子じゃないのよ!シアンナ・ゼノン王女なのよーー!!)
シス改め、シアンナは痛む頭を心の中で抱え込み項垂れる。
何故こんな事になってしまったのかは一月前に遡る。
始まりは父もといゼノン国王がついた嘘からだった。
メルセデス国王とゼノン国王の約十年ぶりの会合があった際に息子の話になったよう。メルセデス国王の息子は魔術も宛ら剣術も長けていると大層自慢をしたそうだ。その話を聞いた私の父は、負けじと息子自慢をした。ただその内容がいけなかった。父はメルセデス国王にこう自慢したらしい。
「き、奇遇ですな!私の息子も知性・・・も持ちながら魔術や剣術にも長けているのですよ!ハハハハ」と。見栄を貼って大嘘をついてしまったのだ。
それを聞いたメルセデス国王は
「そうか!きっと息子と気が合うかもしれんな。そうだ、メルセデス学園に優先的に留学できるようにしよう。私の息子も今通っていてな交流を込めて如何かな?」
「・・・え゛?」
交流と言われては断るわけにもいかず、今話したことが嘘とも言えず。口の端を痙攣らせながら了承してしまった父親。馬鹿なのだろうか。
私はシアンナ・ゼノン。ゼノン王国第一王女だ。黒く長い髪に、翡翠色の瞳を持ち、どこかクールそうな顔に女性にしては高い身長。そんな私は庭で優雅にお茶を楽しんでいた。そんな所に廊下を走る音が聞こえそちらに顔を向ける。走る音の主はシス・ゼノン王子。私の双子の弟だ。一卵性双生児な為、瓜二つの顔をしている。シスが私がいるのを目で確認するとすぐさま駆け寄ってきて泣き付かれてしまった。
「シス?どうしたの?」
「シアンナァァアア!僕嫌だよ!メルセデス王国に行くなんて!僕が魔術も剣術も才能がないの知ってるでしょ!?僕が長けているのは経済学とか科学とか知性だけなんだよ!てか、魔術と剣術ってシアンナのことじゃないか!メルセデス国王の息子って軍隊を指揮できるほど強いって聞くし、こんなか弱い僕が行ったらコテンパンにされて死んでしまうよ!!」
大袈裟に泣くシスに呆れつつ、まぁ実際にシスに魔術や剣術の才能はないのだからしょうがない。昔からどれだけやっても上手くいかなかったのだ。そのかわり、頭はとても良く話術や知識、記憶力などは天才級なのだけれど。それを補うように片割れの私は魔術や剣術、体を使うことにずば抜けていた。この国で私に敵うものはいないかもしれない。が私は淑女。幼い頃のように野蛮なことはしないと誓ったのよ。
「シス・・・自分でか弱いって、次期国王の台詞とは思えないわね」
「いいんだよ!僕はココで勝負するんだから! という訳で、はいこれ」
ココと言いながら頭をツンツンしている。ああそうですか。そういえば、先程まで泣いていたはずなのにいつの間にやら涙も引っ込んでいる。そして、とてもいい笑顔で紙袋を渡された。切り替えが早いな。その笑顔になんだか嫌な予感がして手を伸ばさず、問いかける事にした。
「何よ、これ」
「メルセデス学園の男子制服」
「・・・・・・嫌よ」
「あ、父様にはもう了承済だから。それに、シアンナついこの前婚約破棄されたばっかりでしょ?いい男ついでに見つけておいでよ!この国ではシアンナにつり合う男はいないって!そうそう、ゼノン学園にはシアンナとして僕が行くから安心してね」
さらっと酷い事を告げるシスに殺意が湧いてくる。
「はぁ!?安心できるわけないでしょ!!第一シスは男の子でしょ!」
「大丈夫!カツラを作って貰ったんだ!似合うかしら?シアンナより女の子らしいかも、モテちゃうかも!おーほほほ」
長い黒髪のウィッグを被り、くるりと一周回り決めポーズをするシス。たしかに、シアンナよりもくるくると表情が変わり女の子らしさと言うものを持っている気がする。ぐ、悔しい。
そう、私は先日婚約破棄をされたばかりだ。公爵家の長男と婚約をしていたのだが、浮気をされた挙句、自分よりも強い人を女として見れないと言われて振られたのだ。政略婚約だったから情もなくきっぱりと別れられたが、女として見れないという言葉は非常に傷ついた。というか男が嫌いになった瞬間だった。
あれよあれよとしてる間に、留学の日になってしまっていた。長かった黒い髪とサヨナラする時は少しばかり泣いた。父様とシスに平謝りされ、もっと男が嫌いになった。
最後の日ににシスに個人的な手紙と手渡され、読んでおいてねと言われたがムカついたので向こうの生活が落ち着くまで放置しようと乱暴にカバンの中に突っ込み馬車は乗り込んだ。
留学期間は2年。バレないように過ごすために信頼できるメイドと騎士を一人ずつお供に領地のみんなに別れを告げ長い旅路についたのだった。
2日掛けてやっとメルセデス王国につき、まず初めにメルセデス国王へお礼を伝えるために王城まで来ていた。身分証を門兵に見せるとスムーズに王の間へと通された。そこには王座に座るメルセデス国王とその隣に王と同じ髪の色をした赤髪の若い男が佇んでいた。
すぐに跪き、声がかかるのを待つ。
「顔をあげよ。ワシはメルセデス国王コンラッド・メルセデスだ。遠くから遥々よく来てくれた。シス・ゼノン王子」
「メルセデス国王様、この度はお招きいただき誠にありがとうございます。メルセデス高等学園への留学という大変貴重な体験をさせていただける事にとても感謝します。」
正直行きたくないし面倒くさいという気持ちを出さないよう愛想笑いを貼り付ける。
「そうかそうか、シス殿は知性もさることながら魔術や武にもたけているとな?」
「はい、僭越ながら」
「よいよい、わしの隣にいるのが息子のレオナルド・メルセデス第二王子だ。レオナルドも魔術や剣術が得意での、よければ仲良くしてやってくれ」
そう言われ、隣にいるレオナルド王子に目を向ける。
「レオナルド・メルセデス第二王子です」
王子様らしい綺麗な礼をするレオナルド。綺麗な顔には痛々しい傷痕が残っていた。数秒遅れてシスも礼をとり名前を告げる。しかし、顔を上げ目が合うと鋭い視線を感じた。
(ん?今、レオナルド王子に睨まれなかったかしら?でも、初対面よね・・・)
「明日から学園へ通えるよう、手筈は済んでおる。わからない事があればレオナルドになんでも聞いてくれたまえ」
「はい」
(ずっと睨まれているけど、何かしら)
そのあと少し今後のことや学園の寮についての話をして王の間から退散する。レオナルド王子の刺々しい視線は最後まで変わらないままだったが、よく分からないので気にしないことにした。
緊張していたのかどっと疲れが押し寄せてきて、さっさと帰りたい気持ちが強くなったため、つい早足になる。王の間の扉で待機していた騎士ロイドを連れて外に止めてある馬車に乗り込もうとした時、先程聞いた声に呼び止められた。
「おい」
振り向くと、そこにいたのは先程まで王の間にいたレオナルド・メルセデス王子だった。何か伝え忘れた事でもあるのだろうかと次の言葉を待っていると、レオナルド王子はシスを睨みつけどすの利いた声で訳のわからないことを言い出した。
「シス・ゼノン、お前、俺に言うことがあるだろ」
「・・・はい?」
何のことだか分からず素っ頓狂な声を上げてしまった。それが気に食わなかったのかさらに怖い顔になる王子。わあ、綺麗な顔なのに凄い威圧感。
「忘れたとは言わせんぞ!!」
「・・・?何の話ですか?」
分からないものは分からないと此方も聞くことにした。
「なっ!本当に忘れたのか?・・・だとしたらとんでも無く最低なやつだなシス・ゼノン!!」
「そんなこと言われても・・・あ」
あ、と途中で途切れた言葉にレオナルド王子は片眉を上げ怪しむような表情をする。
シアンナはシスが別れる日にもらった手紙のことを思い出したのだ。まさかと思い、急いで馬車にある手紙を取りに行った。
「レオナルド王子、少々お待ち下さい!」
「は?おい!」
急いで馬車に乗り込み置いてあったカバンに手を入れ押し込んでぐしゃぐしゃになっていた手紙を素早く開く。そこには
『親愛なるシアンナへ
実は誰にも言ってなかったんだけど、メルセデス王国の第二王子レオナルド・メルセデスとは5才くらいの時に一度会ったことがあるんだ!どこかの記念パーティーだったかな?シアンナが熱出して行けなかったパーティーだよ!そこで、僕、いたずら心が働いちゃってシアンナのドレス着て女装ごっこしながら庭で遊んでいたんだ!そしたら、レオナルド王子がきてね一緒に遊んで仲良くなったの。その時に熱烈に求婚されちゃって、男だって教えてあげようと着ていたドレスたくし上げてアソコ見せたんだ!そしたらレオナルド王子ショックで倒れちゃって笑 もし恨まれてたらボコボコにされちゃうかも知れないし、やっぱりシアンナが適任だと思うんだ⭐︎よろしくね!
可愛い弟のシスより』
(あんのバカシスーーーー!!なにが親愛よ!!生贄の間違いでしょ!?大国の王子相手になにやらかしてんのよ!)
ワナワナと怒りでつい力んでしまい手紙を真っ二つに裂いてしまった。絶対に故郷に帰ったら懲らしめてやる!!
とにかく、レオナルド王子をどうにかしなくてはいけない。しかし、自分の正体を明かすわけにもいかない。これは腹を括ってシスの後始末をつけるしか方法はないだろう。
馬車から急いで降りてレオナルド王子に向き合う。
「お待たせしました。今まさに、鮮明に思い出しました。幼き日の過ちでございました。申し訳ございませんでした」
深々と申し訳なさそうに謝罪をするシスにレオナルド王子はまだ眉間にしわを寄せている。
(はぁ、きっと淡い初恋だったのね・・・それがあんな残酷なことをされて・・・。シス、逃げたわね)
「どうか許していただけませんかね?」
伺うように顔を見上げるが、表情を見るからによい返事は貰えなさそうだ。
「許してやらん事はない、だが」
続きがあるようだ。なにを言われるのかドキドキしながら耳を凝らしていると
「俺はやられっぱなしは大嫌いだ。明日、お前が入る学園のレベルテスト試験が行われる。そこで、俺に筆記、魔術、剣術の中で1つでも勝てたら許してやる、どうだ?」
「え」
「知性に魔術に剣術が長けているそうじゃないか?どれだけ腕が立つか楽しみだ。」
レオナルドにやりとした表情を浮かべ、シアンナは嫌な予感を機敏に感じる。
「でも、もし、俺に勝てなかった時は、シス・ゼノン、お前をこき使ってやるから覚悟しておけ」
そう告げたレオナルド王子は来た道へと颯爽と帰っていった。
黙って成り行きを見ていた騎士ロイドは同情の目でシアンナを見つめていた。
これからシアンナ・ゼノンの苦悩の日々が始まるのだった。