モデル
眼が眩むほどの輝きがつまっている花道を一人落ち着いた足取りで歩く。周りは目を奪われて見とれる子、甲高い歓声をあげて喜びを表す子、この会場の雰囲気にのまれ唖然としている子、いろんな子がいてここから見ているだけでも十分楽しい。花道の先に設置されたステージでポーズを取ると一斉にカメラがこちらを向いてシャッター音を響かせた。大勢の拍手と同化するくらいのそれは私にとって一種の快感でもあった。これだけの人が自分だけを見ていてくれる世界はなんて素晴らしいのだろう!もっと私を見て!
ポーズを取り終えてまた落ち着きながらも品のある足取りで戻っていくと周囲の表情が様々に見えてとても幸せな気持ちで出番を終えた。舞台裏に戻り同年代の子や先輩、後輩たちとも少し話した後、彼女は会場を後にした。
モデル専用の秘密出口からでた彼女は真っすぐ宿泊しているホテルへ戻ろうかとも思ったが、ちょっとした気分転換にドライブをすることにした。さっきの花道でのきらびやかな衣装とは一転してTシャツにスキニージーンズといったラフな格好で、車のエンジンをかけた。30分ほどして海辺へと着き、一人砂浜へ降りて海を眺めていた。海を眺めに来るときは心がパンクしそうな時で普段の華やかな世界から切り離されたくなった時だ。でも彼女はその世界からは切り離されたくなってもそうはできない。なのでこうすることで切り離された気分を味わっている。「この世界で生きていくのも楽じゃないわ。それでもここで生きたい、活躍したいのなら必死にもがいて自分を見つけることよ。」マダムから聞いた言葉が脳裏に浮かぶ。マダムとはこの世界で知らない人はいない伝説のようなモデルである。マダムと会えたものはこの世界での成功を約束されたもののみとも言われる幻に近い存在だ。彼女はこの世界でまだ駆け出しのモデルとしてあちこちでショーや時には夜の世界でも働いていた時にマダムと出逢った。豪華や綺麗とはかけ離れた格好をしていた私に近づいて「あなたはこの世界で生きていきたいの?」と聞いた。私はこくりとうなずくことしかできなかった。その頃私は使いっぱしりにされたり、ショーに出たいなら・・・と口に出すのも憚られるような交渉をされる、支配人たちからもひどい仕打ちを受けていたのでいよいよ私はどこかの富裕層の見世物として売り飛ばされるのではないかと怯えていたからだ。しかしその人、マダムはにっこりと微笑んでさっきのように答えた。この言葉のおかげで私はここまで生き抜けられた。
いつのまにかぼーっとしていたらしい。夕暮れ時になったので急いで車を走らせホテルへと戻った。ホテルへ戻れば豪華な世界へと落ちていく。その世界に生きる者は皆、登って頂点に立って自分だけを見ていてくれる存在だけを愛す。それ以外はないものとみなし、人によっては感情さえ失っていく。そんな豪華さの内側に張り巡らされたとげに気づかず蝕まれて最後はもっともっと・・・と求め続けることになる。
そんな世界は幸せですか、って?私は幸せよ。うんと幸せ。あっ、早くいかないと。私だけを見てくれる子達のところへ。
仮想空間できらびやかな世界に生きる彼女は幸せそうな笑みを浮かべたまま一筋の涙を流した。げんじつでは得られなかったものがすべて手に入る。もう殴られなくて済む、酷い扱いをされないで済む、なによりも「私だけ」を愛してくれる世界が手に入った。これだけで満足だ。ベットに横たわる彼女の頭には特殊な機械が設置され、腕からは点滴で栄養を補給している。今の彼女には現実という感覚がない。
豪華な世界の内側のとげにまた一人蝕まれた。本当に彼女は幸せだろうか?