本当の剣
「ハッ! なら何もできずに蜂の巣なんて無様は晒すなよ!」
ダダダダダッ! と2挺の《万蝕銃・連》が火を噴きます。銃が何挺に増えても《流麗模倣》なら対応できます……と考えた矢先でした。
「ハッ! テメェの能力も利用してやるよ!」
そう言って私と勝敗のつかない撃ち合いをしていた《万蝕銃》を大きく動かすと共に、照準を蝶野さんに合わせます。
「あっ……」
私の動きは対象と鏡合わせに動く能力です。右手で私にパンチを打ったなら、それにぶつかるように私もパンチを自動で返します。
つまり正面から何をしても私は全く同じ動きを返します。
けれども今のように暗夜さんと私から見て横にいる蝶野さん。彼女に向けて暗夜さんが銃を向けたなら?
私の銃口も同じように蝶野に向けてしまうことになります。
「散れッ!」
「危ないね……!」
咄嗟に飛んで《万蝕銃》の雨霰を回避しますが、タッグを組んで動いているのはあちらも同じです。
「クッ、既に誘い込まれてんだよ!」
「やばっ……」
「おっと、あっちの女ほどのステータスは持ってないらしいなあ!」
コウさんが、ガッと蝶野さんを掴み、投げ飛ばしながら《陽光》を放ちます。
「あっっ……!」
体勢を崩され、上手く動けないところに撃ち込まれた《陽光》。その不可避のコンボは堅実に蝶野さんにダメージを与えていきます。
「ハッ! これで1人脱落だな!」
そのまま倒れる蝶野さんへ《万蝕銃》を向ける暗夜さん。
「……バカにしないで!」
ですが蝶野さんも簡単にやられるようなプレイヤーではありません。即座に地面を斬り裂いて防御に転じます。
「《蝶旋風》!」
巻き起こる竜巻が弾丸を取り込み、暗夜さんの元へと投げ返します。
「もちろんやられっ放しじゃ終わらないので!」
さらにもう1本《蝶舞剣》を出現させ、それらを投げナイフとして暗夜さん、コウさんの両方へと飛ばします。
「吹き荒れて!」
カッと子気味いい音を立てながら地面に突き刺さる《蝶舞剣》。それらは主の一声で竜巻を作り出します。
「斬りつけた回数、魔力で《蝶旋風》の規模は変化するけど……まさか私がその感覚を正確に掴んでないとでも思った?」
私へと得意げに言う蝶野さん。先輩が使う時は超火力、ないしはとにかく牽制として使うといった程度でした。
「クッ、流石に風向きを反射はできねえし、そうする理由もねえか……!」
吹き飛ばされないよう腰を落として踏ん張る忌ま忌ましそうに呻くコウさんですが、暗夜さんはそれでもなお余裕を崩しません。
「ハッ! こうも風が強いと弾丸が制御できないとか考えてるだろう? ……甘ぇんだよ! 《万蝕銃・狙》!」
後退し、背中を壁につけながら新たな銃を生成します。拳銃でもマシンガンでもなく、それは……
「ライフル……ですか!?」
「1発の威力を極限まで高めた俺の銃……さあ、抗えるもんなら抗ってみな!」
バンという一度だけの破裂音。それと共に飛び出す弾丸。一撃の威力を上げるのは確かに恐ろしいですが……
「《蝶旋風》で起こす風の中、当てられるわけないでしょ!」
その通りです。今、周囲は蝶野さんの《蝶旋風》のせいで乱気流が満ちているような状態です。
《万蝕銃》はおろか、どんな飛び道具も狙ったところには飛ばせそうもない環境です。
下手をすれば竜巻に煽られて味方に被弾するかもしれないというのに、だというのに彼は発砲しました。
予想通り、直進する黒い弾丸はブラウン運動のように不規則に揺れ出します。揺れるのですが……
「確実に……こっちに迫って……!?」
「嘘!? 風はそんなに緩い規模じゃないはずなのに!」
「ハッ! だから甘ぇっつってんだよ! 《万蝕銃》の弾丸は俺の意のままに飛んでいく! 風に乗って、逆に加速させることすら朝飯前なんだよ!」
見れば竜巻へ突っ込んだ弾丸が、くるくると回り、運動エネルギーを増やしていくのが分かります。
竜巻から出たかと思えばさらにもう1つの竜巻にも入り、そしてその2つの竜巻を行ったり来たりしながらどこまでも早くなったかと思うと――
「クッ、俺だってそれなりの経験値は積んでるはずだ。ずっと動かないとでも思ったか!」
「やっ!? ユウハちゃん避けて!」
「えっ……!?」
不意にコウさんが、その格闘術で蝶野さんを投げ飛ばします。その警告もむなしく蝶野さんが私に覆い被さってそのまま倒れこんでしまいます。
「おらァ、撃ち抜け!」
「「うっ……!?」
その瞬間を待っていたかのように嵐の中から弾丸が神速で飛来します。いいえ、飛来したんだろうと思います。なぜなら知覚できたのは痛みだけでしたから。
「弾丸が、見え……なかったです……」
「あの速度で足を見事に狙えるなんて……」
「ハッ! そこの竜巻女も言ってただろうが。自分の能力くらい完璧に制御できて当然だってなァ!」
私達を貫いた弾丸がいつの間にか暗夜さんの元へと帰還します。しかしそのまま空中に浮遊し続けてこちらを睨みつけており、さらなる追撃がいつ放たれてもおかしくない状況です。ここでまずやらないといけない事は……。
「とにかく足が動かないのはダメです……」
ポーションを実体化させて口へ運びます。が、そんな様子を黙って見てるほどのんきなプレイヤーはここにはいませんでした。
「っ……!」
ポーションの瓶に口をつけるよりも速く、そのガラスを砕くのは《万蝕銃》の弾丸です。
「回復なんてさせるわけねえだろ。ハッ、こっから嬲るもヘッドショットも俺の思うがままだ。さて、どうしてやろうか?」
「どうされるも何も、私達が逆転するだけ……って言いたいけどね、そもそも何ができるかな、私達……」
足は痺れて動かず、生半可な攻撃を撃ち込んでも反射されるだけ。このたった2つの要素を考えるだけでも私達の手札は次々と捨て札に変わってしまいます。
剣と盾の組み合わせは強いと言いましたが、何も私達だけがその武装に相応しい組み合わせというわけではありませんでした。
相手もまた剣と盾、いや、この場合は銃と盾になるのでしょうか。いずれにせよ、その攻防一体の布陣は私達よりも強固で一朝一夕で崩せるようなものではありません。
でも、
「できることが無くなったわけじゃないです……。蝶野さん、できれば――をやって欲しいんですけど……」
「えっ!? ……できなくはないけど、危なくない?」
「大丈夫です! ……危ない橋の渡り方は、知っていますから!」
「ハッ! ごちゃごちゃうるせえな! 行くぜ、《万蝕銃》!」
「危ないっ!」
シュインと風を切る音が聞こえ、間髪入れずにガガン! と弾丸が貫通する音がします。
「きゃ……ぅっ……」
か細い声と共にどさっと体が崩れ落ちる音がします。尻もちをついた状態で私はその光景を目にします。
「蝶野さん……!」
私を突き飛ばして代わりに弾丸を受けた蝶野さん。胸を押さえながら蹲っているということはそういうことなのでしょう。この世界では血なんて出ないはずなのに、見えないはずのそれが見えているかのようでした。
「私が庇うだけで逆転できるなら合理的でしょ……。それに、ユウハちゃんが本気だったら……私も本気で手伝わないとっ!」
言いながら指の隙間に何本ものナイフ――《蝶舞剣》を実体化させて、力を振り絞りながらそれをあらゆる方向に飛ばしていきます。
部屋のあちこちに突き立つナイフは一見すれば何か儀式でも行うかのように見えてしまいます。
「やっぱり学校でのユウハちゃんとは雰囲気が少し違うね。本当はもう少しその一面を見ていたいんだけど……そろそろ限界なのが悔しいなあ……」
立ち上がるそぶりを見せる蝶野さんですが、立て続けに受けた《万蝕銃》による毒の効果でしょう、小刻みに体が震えるばかりです。
「でも! 最後に!」
それでも。まだ動く口で蝶野さんは最後の最後の抵抗を見せました。
それは蝶野さんの、私に繋いでくれた力強いバトンです。
「《蝶旋風》! ユウハちゃんに勝利を!」
その声に合わせて一歩を踏み出すと同時に、
「ハッ、それがどうした! 相方もやられるのを黙って見てな! 《万蝕銃・狙》!」
推進力が弾けて今度こそ私を喰らいつくそうとする弾丸を私は眺めていました。弾道から外れた上空から。
「ハッ、動けねえから竜巻に乗って躱したってか! だが甘えっつって――」
言い終わる前に《蝶旋風》に身を委ねてあちこちを飛び回ります。人を傷つけるだけの威力を持つ風なのですから、弾丸だって人だってどこまでも加速できるはずです。
「クソが! 狙いづれえなァ!」
あちこちに突き立てられた《蝶舞剣》全てから発生している《蝶旋風》。それに飛び移り、軌道を変えながら曲芸を見せるかのように舞う私は蝶になった気分です。
「そこ……です!」
蝶のように舞い、蜂のように刺す。その言葉通り、一直線にコウさんへと迫ります。《ルミナ・ミラー》で弾丸を射出した直後で即座に射撃はできない瞬間。ここが勝機です。
「クッ、1つ忘れてねえか? 自分から攻撃することに慣れていないお前に《ルミナ・ミラー》は破れねえってことをな!」
射撃は諦めて、鏡の盾で応戦しようとするコウさん。同じ防御型だからその特徴も把握しているのでしょう。その言葉には何も言い返せなかったと思います。
――先輩達と出会う前だったなら。
「いいえ……! 破ってみせます! 私にだって、私にだって……!」
先輩達と共に戦う。自分から動いて先輩達を助けてみせる。そのための切り札を私はずっと隠してきました。
今がその使いどきです。
「《流麗……舞踏》!」
声帯がおかしくなりそうなほどに叫び、腰に手を当てます。剣と盾で勝てないのなら新たな武器を増やすために。
私の場合はただ増やすだけじゃありません。付け焼き刃なんかじゃなく、本物の使い手の動きそのものも利用するのです。
「……《黒百合》!」
ここから先は私が見た美技の再現。アタッカーの新境地の再現です。
鞘を強く握りコウさんに接近します。焦って抜き放つこともなく、コピーされた動きは私の状況に合わせて微調整を加えているかという錯覚を覚えるほどでした。
「クッ、その刀は……!」
「はあああ……っ!」
鞘を見て出力をさらに上げた《ルミナ・ミラー》でしたが、そんなのは誤差の範囲だと言うように真っ二つに斬り捨て、そのままコウさん本体へと刃を届かせます。
「が……な……!?」
「……《ルミナ・ミラー》も自分の魔力以上の攻撃は防げないはずです。《流麗舞踏》はコピー元のステータス全てを模倣するので、今の私の魔力は《闇》が100%……私の方が強いです……!」
言い終わると同時にもう一度《蝶旋風》に乗りながらもう1人の元へとまさに疾風怒濤の勢いで迫ります。
「ハッ、コウを殺ったその刀は《闇》属性か! 同じく《闇》の俺にどこまで効くか見ものだなァ! 《万蝕銃》とどちらが強いか勝負といくか!」
「いいえ……! 私はアラタ先輩みたいに《闇》で勝負できる強さはありません。……だから!」
ずっと握っていた《黒百合》を投げ捨て叫びます。ツグミ先輩に託されたもう1つの切り札を。
「――《白百合》!」
投げ捨てて振り抜いて。その何も握っていない手に《光》が集まっていきます。それが形作るのは純白の鞘、そして刀身。
体内を巡る魔力も《闇》から《光》へと塗り替えられていきます。これまで感じていた世界が変わってしまうような感覚。
《光》が増えた影響でしょうか、そんな感覚と共に世界が明るく澄み渡るように感じられて、
「や……あああっ!!」
快音と共に日本刀を抜き放ち、暗夜さんの体を《光》の刀身が突き抜けていきます。
「がああああああっ!?」
「《闇》にとって《光》は弱点です……。こちらも100%の《光》、耐えられるものなら耐えてみてください……!」
「がああああああ! クソが! なぜ、こんな真似ができんだよ!? チートだろうが!」
息巻く暗夜さんですがその指摘は外れています。
「私の《流麗舞踏》で、ツグミ先輩の持つ《黄昏》の特権と能力をコピーしただけです。チートでもなんでもありません。これは、私が先輩達のために抜く剣でしかないんです」
《光》の斬撃を受け、HPも尽きたのでしょう。淡い光に包まれながら暗夜さんは拳を地面に叩きつけて叫びます。
「ハッ、そういうことか! またしてもあいつらに一杯食わされたか! ……いいぜ、次こそはこの俺が地獄に送ってやる! 《晦冥》も! 《黄昏》も! そしてテメェもだ! 首洗って待っていろ!」
そのまま電源が切れたように倒れこみ、光となって消えていく暗夜さん。
「私だって先輩達の仲間です……。何回来られても、負けはしないです……!」
見渡せばそこは初めから誰もいなかったように閑散としています。
今頃は《白都》や《黒都》に戻されて、タテルさんの言うことが正しければ《洗脳》が解けているのでしょう。
「これでしばらくは追っ手は来ないですよね……。後は、先輩達を追いかけて、盾にならないと……」
ちょうどその時、《蝶旋風》が切れて地面に投げ出されてしまいます。立ち上がろうにも力が入らず、ポーションを飲もうにも腕も動かず何もできません。
「あの毒は恐ろしいですね……。食い止められ、て、よかった、です……」
まるで標本のように地面に繋ぎとめられたこの状態では本当に何もできることなどないでしょう。
悔しいですが後は先輩の勝利を祈るばかりです。ですが、やるべきことはやれたはずです。先輩達の勝利への布石に少しは役立てたはずです。
「このことを言ったら、2人して驚いてくれますかね……?」
先輩達が示し合わせたように詰め寄ってくる様子を想像しただけで笑みがこぼれてしまいます。
ふう、と一息ついてこんなことも思います。
今回は先輩達が相手にしてきた人を2人もまとめて倒せました。それは1人じゃできませんでしたが、そこは先輩達も同じです。
だから。だから、私も、先輩達と対等になれたって少しくらい浮かれたっていいですよね――




