銃と鏡
「おらァ! 《万蝕銃》!」
「防ぎます……!」
暗夜さんと同じように一歩踏み出して、射撃。動きそのものは対称でも、俯瞰してみればそれはきっと対称には見えない事でしょう。なぜなら、
「クッ! 同じ事をしたって無駄だろうが!」
私が模倣してみせた弾丸を《ルミナ・ミラー》で吸収する人が相手にはいるからです。
この人も、そして能力についても先輩達から聞いた事がありますから、知識としては知っています。私と違い、任意のタイミングで反射ができる私の《流麗模倣》と似ているようで違う防御型。
相殺させる私とは違い、攻勢に転じる事もできるカウンターが特徴でした。
けれど。たとえそんな厄介な相手が増えたとしても、それくらいで諦めるなんて真似はできません。
「いいえ! もう一度……《流麗模倣》!」
相殺されずに襲い掛かる《万蝕銃》の弾丸が私の体に触れるギリギリの瞬間で、もう一度能力を発動させます。このタイミングなら《ルミナ・ミラー》の邪魔も入らないので……!
「……はぁっ!」
弾丸に触れる寸前で相討ちにさせて、そのまま距離を稼ぐように後方へと退きます。引き付ければ相殺くらいはできるみたい……と思う間もなく距離を詰めようとする影が1つ。
「そらよ! 返しやがれッ!」
鏡を前に飛来する弾丸。《万蝕銃》をコピーして、それをさらに吸収、反射されるという所有権が複雑な凶弾。それでも恐らくは毒の効果は落ちていないはず。
……それなら、
「その能力ごと模倣するだけです……!」
そして私の《流麗模倣》は鏡を作り出します。それと、鏡から放たれる弾丸も。
「クッ! まだまだこれから、ついてこれるかよッ!」
「当然です……!」
オリジナルの《ルミナ・ミラー》から弾丸が放たれて、それが私の弾丸とぶつかり合って跳ね返ります。それをすかさず吸収して間髪入れずに撃ち返すコウさんの反射神経には驚かされます。
けれど。相手にできる事は、能力を使えば私にだってできてしまいます。
「クッ、食らいつくかよ!」
互いに反射、吸収を繰り返しながら広場を駆けずり回る銃のない銃撃戦。
毒弾である以上、軽視はできず、かと言って弾切れも起こらないために終わりの見えないダンスの中、今度は暗夜さんが動きを起こしました。
「ハッ! ガンマンはもう1人いるんだぜ!」
いつの間にか回り込んでいた暗夜さんが《万蝕銃》の引き金を握ります。その銃身が向いている方向は……!
「ここです……!」
《ルミナ・ミラー》の模倣はそのままに目線だけを動かして《万蝕銃》の動きを確認します。狙いが足元だと分かった以上、動き方は1つ。
「返せ!」
「受け止めて……! と……同時に……!」
弾丸を鏡から発射するのを確認しながら能力を解除します。それでも模倣した弾丸は消える事なく進んでいきます。これで《ルミナ・ミラー》の対策はできたはず……!
そして自由になった足は胸の近くまで持っていく……! そう、《万蝕銃》の射線に入らないように!
「ハッ! 受けるだけじゃなく避けるテクも身につけてるか!」
言いながらも暗夜さんは、縮こまりながら空中へ飛び出した私へ追い縋ります。その距離はとても銃を向けられるほどの余裕はなく――
「《万蝕銃》に頼りきりだと思ったか? 甘えぜッ!」
暗夜さんは《万蝕銃》で戦う。それは聞いた通りでしたし、メイン武器だという事も事実でしょう。けれどそれに気を取られて警戒すべきパターンを見落としていました。
そう、ガンナーだからと言って格闘戦ができないと思い込んではいけないという事を。
「やぁっ……!?」
まさかこのタイミングで仕掛けてくるなんて、そんな思いと共に空中から一転、硬い大理石の地面へと叩きつけられてしまいます。
「クッ! まだまだァ!」
叩き落されて動きの止まった私に追撃を加えようと今度はコウさんがこちらへと走って来るのが窺えます。ダメージが抜けきらないところをダメ押しで攻めようという腹積もりなのでしょう。ですが、分かっててそれを受けるほど……
「私だって……ひ弱じゃない、ですから!」
小さいと自覚している体を屈めてさらに姿勢を低くします。これで飛んでくる拳は当たりません。そのまま足を滑らせて、コウさんの踏ん張っている右足を払います。
「……や、あああっ!」
そして上体を上げながら、今度はこちらの拳を力いっぱい腹部に向けて押し付けます。
「ぐオッ!?」
L&Dはたとえ政治や洗脳の道具に使われたとしても、当たり前ですが本質的にはゲームです。だから現実とはありえない状況を作り出すこともできてしまいます。だから弱い私のパンチでもコウさんを吹き飛ばし、ダメージらしいダメージを与える事だってできるのです。
「クッ、女にしてはかなりの威力じゃねえか……」
「ハッ、こいつは《晦冥》の連れだろ? 暴れ回って経験値がかなり溜まってんだろうさ。が、思った以上に戦闘力があるな。このまま続けてもあっちの時間稼ぎになるだけか……。なら、コイツでハメる! 《ルミナ・ミラー》を合わせやがれ! ――《万蝕銃・連》!」
「クッ! 心得た!」
たったそれだけの会話で2人は即座に行動を起こします。1人は銃を空高く掲げ、雨のように弾丸を降らせます。もう1人は、そのガンマンの正面に立ち、傘を指すかのように鏡を展開します。
「何をしても、防ぎ切ります……!」
《流麗模倣》により同じように空へと《万蝕銃・連》を掲げて――気づきます。
「あっ、これを反射するのはダメ……!」
《万蝕銃・連》の弾丸は暗夜さんの上空から私の元へ斜めに向かってシャワーのように降り注ぎます。それを模倣すれば私は、私の上空から暗夜さんの元へ斜めに弾丸を降らせることになるでしょう。
そしてそれはいつものように一定の距離で反射されます。すると私の元には私の弾丸が、暗夜さんにも自分の弾丸が降り注ぎます。
それだけならさっきと変わらず、回避行動はとれるでしょう。しかし、ここに罠がありました。
「クッ、俺の鏡の反射も同時に襲うんだ。さあ、どうやって防ぐ気だ?」
暗夜さんに降り注ぐ弾丸は《ルミナ・ミラー》が吸収して、即座にこちらへ反射させるつもりでしょう。
《ルミナ・ミラー》を防ぐために模倣先を変更すれば上空の休む事なく降り注ぐ弾幕が一気に私を襲います。
かと言って模倣を中断させなければ《ルミナ・ミラー》の餌食にされます。
上空と水平からの射撃、私1人で対処するには不可能な陣形。
「ハッ! もう遅えぜ! チェックメイトだなァ!」
――こんな時、先輩達2人だったなら。手分けをするなり奇策を打つなりして対処できるんでしょう。
残念ながら私にそれだけの機転を利かせるだけの能力はありません。頼みの綱の《流麗模倣》も能力としては愚直過ぎて、ここを打開できる方法は作れそうにもありません。
「……少しは、時間稼ぎになれたのなら良いんですけど……」
直後、闇色の粒子が私の視界を包み込みました――。




