最後の攻城戦
大きくトリノイワクスが傾きながら航路を変える。空飛ぶ船が目指すのは灰の翁の拠点である巨城だ。逃げも隠れもしないその城は、まだかなりの距離があるにも関わらずはっきりと確認できた。
「いちプレイヤーが所有するにはかなり豪華だよね。《黒都》や《白都》みたいに都市を作り上げても良さそうな感じがするよね」
「ああ、元は大規模イベントで解放される新たな拠点として使うつもりだった。ジジイがいなけりゃ運営しながら裏でもうちょい手を加えるつもりでいたんだがな」
タテルが個人的に手を加えない限り、L&Dの記憶は現実には持ち出せない。それを考えるとどこのゲーム雑誌でも取り上げられなさそうな開発秘話のようなものを聞きながら、RPGの王族が住んでいそうな雰囲気の城を眺める。
「なのに勝手に手を加えるとか舐めたマネしてくれるじゃねえか」
トリノイワクスを手に入れる前に一度だけ城の様子を確認したが、その時は城だけが荒野にどんと置かれているだけだった。環境や街並みも後々調整するつもりだったのだろう。しかし目の前の城はその時の様子とは明らかに違う。
「俺達が神様と戦ってる間に要塞に作り変えるとか正気かよ……」
「無理矢理俺様のプログラムに介入するとは驚いた。それも短時間でここまで食い込んでくるとは思わなかったぜ。腕利きのプログラマーでも雇ったか?」
楽しそうに周囲を見渡すタテルの視界には何門もの砲台、地上からの侵入を防ぐ柵、塹壕、洗脳されたプレイヤーと考えうる限りの防衛機構をこれでもかと敷き詰めている。それは兵器でできた絨毯のようだ。
「いや、ここまで好き勝手に荒らしてるなら俺様がプログラムそのものに介入できるか? 試す価値はあるがどう動くべきか……」
「あっ……《流麗模倣》!!」
タテルの思考を遮るように遥か彼方で号砲が響く。それに遅れてトリノイワクスからも返事のように号砲が音を立てる。
同じ射線上を砲弾がなぞる。それらは両端から徐々に近づき、やがて出会い、破裂する。
「――!!」
「ああ、無言でおっぱじめるとは礼儀がなってねえな!」
その爆発を契機にして目に入る大砲全てが砲塔をこちらへ向ける。それだけではない。目を凝らすと次々と魔法陣が光っては消え、光っては消えを繰り返しているのが分かる。
「はは! この俺様がそんなとろい攻撃に捕まるわけねえだろうが!」
しかし今、トリノイワクスを操っているのはユウハではない。タテルだ。いつものようにモニタリングしながらあれこれ指示を出すのかと思ったが、今回ばかりは自ら出張ると言い出した。
とにかく、天下のGM様が自作した船を乗り回すのだ。そんじょそこらの奴らとは熟練度が違う。
ひいてはゲームシステムまでも知り尽くす、いや、そもそものルールを作った人間だ。魔法の癖や挙動も何もかも把握できているのだろう。
「1発も当たらないね……。チートでも使ってるんじゃない?」
「そんな下劣な手段を使うとでも思ったか! 正真正銘、俺様の神業に決まってんだろ!」
ハハハハ! と叫びながら難なく対空砲火をいなしていく。かと思えばいきなりの反転攻勢、急降下して大砲や歩兵へと向かっていく。安全を度外視したジェットコースターのような進路を作り出しながらタテルが叫ぶ。
「一面焦土にしてやろうじゃねえか! ――やっちまえトリノイワクス!!」
急降下して、船体の底で大砲を擦り潰し、近くのプレイヤーもそのまま引き倒されて押し潰される。さらに全方位に魔法陣を展開させたかと思えばそれらは地面を引き裂いていく。
魔力砲が切り裂いたところは反撃の要素も何もかも無に帰され、宣言通り焦土となっていく。
「う、狼狽えるな! 総員、とにかく一撃でも多く攻撃して耐久度を減らすのだ! 全ては翁様のために!」
「はいそうですかとサンドバックみたいになると思わねえことだな! やり口が甘えんだよ!」
洗脳されたプレイヤーには目もくれず、そして未だ目に入った箇所を更地にする蛮行を止める様子は見せないが、それとは別にトリノイワクスは高度を上げていく。敵の反撃が届かないくらいに高く。気づけば雲の中を航行していた。
「ああ、あれくらい混乱させれば十分だろう。お前ら、このままジジイを狩りにいくぞ」
「あっという間の出来事だったねー」
「トリノイワクスってあんなに派手な攻撃が出せたんですか……? 私が動かしてた時とはもはや別物みたいだったんですけど……」
「ああ、タイミングやテクは練習すればすぐに身につく。そのうち教えてもいいぜ」
城へと迫る俺達を追う者はいない。もし仮に空を飛べるプレイヤーがいたとしてもとっくにタテルが撃墜しているのだろう。
「さて、これよりジジイの城をぶち壊す。ありったけの魔力を城に注ぎ込め! 頭さえ崩せば後はどうとでもなるからな!」
雲を切り裂き、線のように景色が流れていく中でタテルが指示を出す。そして雲から脱出した目の前はにはもう灰の翁の城があった。スタンダードな洋風の城。その最上部が標的らしい。
最上部の周囲は三角屋根の塔がいくつも連なっているがその中央だけは塔が無く、拓けた空間になっている。まさか景色を見るためだけにあえて解放した場所だとは思えない。
「たとえ罠でもやるしかないよな……!」
魔法陣をいくつか展開し、さらにボウガンも握りながら襲撃の準備を整える。見張りがいるなら狙えばいいし、いないのなら塔でも破壊すればいい。
「ああ、準備はいいな! 吹き飛ばせ、お前ら!」
「いや、そんな狼藉は見過ごせんのう……」
「!?」
トリノイワクスの砲撃や各々の《月光》や《陽光》、その全てを打ち消すだけの魔力が城から立ちのぼった。
戦果としては城を爆風で大きく揺らすだけ。そしてその揺れにも風にも動じない、見た目以上に身体能力が高そうな老人が1人立っていた。
「正面からの力押し……若いのう。昔を思い出すようじゃ……。じゃが、妙策と呼ぶにはまだまだじゃ」
「灰の翁……!」
諭すような口振りの灰の翁は手に持った杖を空へ掲げる。
「――《回帰塵灰》」
瞬間、杖から光線が放たれる。いや、光線とは呼べない何かか。光線は読んで字のごとく光の線だ。しかし、俺達に迫るそれは《光》でも、ましてや《闇》でもない。
「これは……灰の集合体……!?」
灰が意思を持ったようにうねりながらトリノイワクスを喰らい尽くそうとする。システム的には《光》と《闇》の魔力が混ざり合っているはず――そんな風に思考する事すら許さない。
その威圧感に飲まれてトリノイワクスも、乗員も動けない。その中で1人だけ、反射的に動けたプレイヤーがいた。
「《流麗模倣》!!」
相手を傷つけず、自分も傷つかない。それがこの能力のいいところなんですと自慢げに話していたユウハ。その能力はどんな状況でも3人を守ってくれる能力だった。
それでも。
「嘘……!? あっちの、魔力が多すぎます……! ダメ、コピーできませ……ん!」
今、L&Dで最も支配力の及ぶ神は憎らしい事に灰の翁だ。神々の攻撃を受け止めてきたこの盾だが、目の前の神の攻撃は止められない。一瞬たりとも拮抗すらできず、紛い物の灰は消えていく。
「クソ!」
「わあっ!?」
何とか回避運動を取ろうとしたトリノイワクスの後部に《回帰塵灰》が直撃する。辛うじて舵は効くものの轟沈は避けられないという事は素人の俺でも分かる。
「ゴミが! ふざけた能力持ってきやがって!」
罵りながらも舵輪は離さない。高度を下げながらもトリノイワクスはまだ動こうとする。その意図はすぐに分かった。ぎょっとしながらタテルに聞く。
「タテル、お前まさか……!」
その声に口だけは笑みを浮かべてタテルは答える。
「ああ、転んでもタダで起きるなんざ三流だ! 俺様は天才、作戦タテル様だ。多少計画がズレようが野望は必ず押し通す!」
それに合わせてトリノイワクスが吠える。赤い雷を纏ったレーザーが城に据えられた塔を破壊し、できた窪みに頭から船が突き刺さる。
「「「うわあああ!?」」」
乗り上げた先は石造りの階段。きっとこれを登っていけば灰の翁の居場所へと辿り着けるだろう。
「お前らはここから突入して城を攻略、ジジイをぶっ殺せ!」
それだけ言ってタテルはホログラムの画面を触り出す。
「俺様はここのプログラムの穴を探ると同時にトリノイワクスで暴れてやる。固定砲台としての役割くらいはこなせるだろうさ。……美味いところはここまで育てた俺様の駒にくれてやる」
「……! ツグミ! ユウハ!」
「うん!」
「はい……!」
言われるがまま階段を一段飛ばしで駆け上がる。正確な地図は分からないがとにかく上へいけば灰の翁と接触できるはずだ。
「洗脳されてゲームまで奪われるなんて絶対ごめんだ! 叩き潰すぞ!」
――この日、日本で唯一のゲームが1人の道具という末路を辿るのか、それとも一般的な遊戯物としての役割に返り咲くのか。その明暗が分かれる事となる。




