決戦のお膳立て
「凄いね、もうトリノイワクスが元に戻ってる……」
「ああ、戦闘が終われば修復自体はすぐに完了する」
トリノイワクス、そしてタケミカヅチとの連戦の後、煙を上げて今にも沈没しそうなその船と共に俺達は、タテルの根城まで一気に転送された。
そこで見たのはみるみるうちに損傷など初めから無かったかのように修繕されていく神の船だ。
「本来なら大工としての技術を高めて改造するだとか、いっそ新しい船を建造するコンテンツだとかが用意されてるんだがな。まあそういうのは全部終わった後にでも楽しみな。今はこのデフォルトで十分やれるだろうさ」
「えっと……たしか、灰の翁の本拠地に乗り込むんでしたっけ」
一度タテルがモニターに移していた巨大な城を思い出す。《黒都》や《白都》といった巨大都市ですら相手にならないような、そもそも根底から違う、1人で統治するにはあまりにも規格外に思える拠点だった。
「ああ、そうだ。だがあんな巨大な城に入口から行ったって勝算なんざねえ。周りの洗脳された奴らはRPGに出てくる雑魚じゃねえからな。死ぬまで追いかけてきやがる」
「つまり……?」
「トリノイワクスに乗ってボスまで一直線、雑魚は全部スキップする、がタテルの狙いじゃないのか?」
「ああ、正解だ。大切なのは大元を叩く事だからな。律儀に全員を相手する必要なんざどこにもねえ」
空を飛べ、かつ武装も充実しているトリノイワクスでなら確かに灰の翁に迫れるかもしれない。それは確かに勝算がある気がする。
「が、まずは休息を取っておけ。ある程度のコンディションは整えるべきだからな。いざって時の集中力も無いんなら話にもならねえ」
言っているうちに全員の体が白く光る。GMがログアウトさせると言ったのなら俺達はそれに従うだけだ。
周囲が暗いと何も見えないが、実は明るすぎても目は見えなくなる。強い光とともに一抹の虚無感を抱きながら俺はログアウトしていった――。
*
「後は休んで、今日みたいに人がいないタイミングを見計らって突入になるのか?」
ベッドから起き上がって開口一番に尋ねる。これは国策としてゲームと睡眠が同時に行えるよう開発された代物だ。
そのおかげでやはりログアウトすると頭がすっきりしている。寝起きの不快さというものは全く感じられない。
「ああ、そうだな。問題のプログラムをジジイが持ってるのか、あの城に隠されてるのかは知っておきたいところだが、その調査の意味でも必要ではあるからな」
テレビをつけながらタテルは答える。灰の翁は政治家らしいから、その動向でもチェックしようというのか。
電源が入り、画面上にはニュースキャスターが1人映し出されている。派手なテロップが出ているのは臨時ニュースでも報道するからか。
「先程、国会で明日から3連休が始まると正式に決定されました。また、それに伴いL&Dを終日解放するとも言われ――」
「れ、連休!? いきなりすぎるだろ……」
「前触れも理由も無しに連休を作るなんてできるんだね。驚いたよ……」
突然ではあるが、国民の睡眠時間も気にするような政権だ。働きすぎがどうこうとか言われる事もあるし、労働者に配慮した措置なのだろうか。
政治の是非については何も言えないが、実行した政治家は国民を思いやる気持ちがあるのか、などと思わなくもなかった。
が、タテルは違う考えを持ったらしい。
「あのジジイ! 俺様の狙いに気づきやがったか! だからってこんな強引な手を使うとはな……やってくれるじゃねえか 」
「もしかして……これって私達への対策だって言いたいんですか……?」
髪をぐしゃぐしゃと掻きむしりながら唸る様子を見て、ようやく俺も理解する。
「そうか、連休を口実にL&Dを常時ログインできるようにすれば、大量の洗脳されたプレイヤーが俺達を探し回って襲えるってわけか……!」
「でもさ、それなら連休が終わるまで私達はログインしなければいいだけじゃないの?」
「いいや、だめだな。絶対にそれはできない」
悔しげな顔をしたタテルが言わされているかのように、それを口にする。
「ジジイは連休中にログインした連中を片っ端から洗脳するつもりだろう。ゲーム内洗脳から現実世界での洗脳にシフトさせる腹だな。そうなれば俺様達は終わりだ」
「現実では俺達は何の力も持たないもんな……」
今ここにいる連中には権力も富も名声も、どれか1つでも持っているやつがいるとは思えない。現実世界で灰の翁みたいな人間と渡り合う術など誰も持ってはいないだろう。
それに仮に全国民が洗脳されてしまえばそんなものがあっても意味をなさない。
あっという間にこの隠れ家が暴かれてリアルアタックされてゲームオーバー。反発する世論もなく、考えうる限り最悪のシナリオだ。
「だがまあやる事は変わらねえ。可及的速やかにジジイを叩く。休息を取ったらすぐにでも出発するつもりでいやがれ」
慌ただしくも確実ににじり寄ってくる元凶を前に、心の休まらない休息とは微妙に違う時間を過ごしたのだった。
*
流石にこの状況で何も考えずにぼーっとして休む、なんて真似はできない。
それでもログインせずに体を休めろと言われてしまった。テレビゲームの合間に目を休めるとかそういう感じではないだろう。
恐らくはあのゲームは精神的に疲れるのだ。それもボス戦のような気の抜けない戦闘では特に。
ところでこのゲームでは死ぬと拠点に戻される、そしてテレポートが暫くの間禁止される。
デスペナルティがあったかどうかはよく覚えていない。もしかすると存在してもステータス同様、数字の減少は不可視化されているかもしれない。
とにかく、死のうがどうなろうがノンストップで動き続ける事ができる。大抵のゲームの例に漏れず、L&Dもそのように作られてはいる。しかしそれならこんな問題が起きないか?
《白都》陣営のプレイヤーが《白都》を襲われて攻撃されたとする。で、そのままHPが無くなった。無念。
しかし倒れた場所は彼らの陣地である《白都》。それは同時に復活地点ともなっている。
つまり即座に復活して戦線に復帰できてしまうのだ。そうなれば攻めている側は圧倒的不利になるのではないか?
侵攻側からすれば彼らは倒しても倒してもすぐに湧き出てくるモンスターにしか見えないだろう。
しかし現実にはそうはならなかった。事実、《白都》は《黒都》のプレイヤーによって陥落させられた。防衛側は不死身のように思えるのになぜだ?
その回答こそが俺の仮説、精神の消耗だ。ゲーマーなら集中してプレイしていれば、一段落した後にどっと疲れが降り注ぐあの感覚を味わった事がある奴は多いだろう。
このゲームでは負けた時にあの疲労感が何倍も増幅されてプレイヤーを襲うんじゃないかと俺は思う。そうなれば戦線復帰しても1人のプレイヤー分の働きはできない。
無限に復活しようが見掛け倒しくらいにしか使えない。これならまあある種公平とも言えるかもしれない。
だから灰の翁だろうが何だろうが一度でも倒せば必ず隙ができる。その間に目当てのプログラムなりなんなりを破壊すればいい、そうタタルは考えているのかもしれない。
それでも戦意が削がれるかどうかは微妙なところではあるか。俺やツグミ達も何回かは死んではいるものの、そのまま戦闘を継続する事はできた。
細かい部分や仕様はどうせ秘匿されてるだろうし正確な事は分からない。この仮説だって適当をでっち上げただけだしな。
でもまあ灰の翁のHPを0にするのはきっと無意味にはならないという確信を俺が持てればそれでいいか……。
「アラタ? そろそろだけどそっちは大丈夫? 上の空みたいだけど」
「あ、ごめん。ちょっと考え事してた」
とりあえずL&Dにログインできない間、そんな無為な事を考えながら時間を過ごした。
ネットでよく見る鋭い観察眼を持った考察班ではないのでどうしてもレベルが低い事しか思いつかないが、そこは無理を言ってはいけないところか。
「なんでもいいが準備はできているな? ここからは俺様達は文字通り命懸けでやるんだ。俺様はジジイに良いように使われる人生なんざごめんだからな、下手なミスは許さねえぞ」
「俺だってそんなのは嫌だし絶対生き延びてやるから」
ゲームとか漫画を置いた部屋で管理されて生きるならまだしも誰かのために人生を捧げるのは遠慮したい。
「もうちょっとこうかっこいい台詞とか思いつかないの? RPGとか今までやってきたならレパートリーとかあるんじゃないの」
「そういうのは俺が言うにはちょっとな……」
盗んだ能力で戦ってる奴がそんな台詞言っても胡散臭いだけだしなあ。
「私達ってどっちかと言うと勇者というよりは傭兵とかそんな感じがしますもんね」
「ああ、いいじゃねえか。自分のために戦った方がやる気が出るだろう、お前らは。そも、誰かのために戦いたい連中がPKやったりしねえもんな?」
「それはまあ正しいけどさ……」
言葉に詰まる俺を見てくっくっと笑いながらタテルは全員にアイマスクを差し出してくる。それはただの快眠アイテムなどではない。眠った意識を違う世界へと渡す架け橋だ。
「この際動機も大儀も何でもいい。とにかく俺様がゲームを奪い返すのに協力し、ついでに自分の身も守れ! 断る理由はねえはずだ!」
「たまには素直に頼めばいいと思わない? ギャップがあって良さげな気がするんだよね」
「ツンデレ的なあれか。それはそれで面白そうな気もするよな」
「そういう事言うと怒鳴られますよ……。それに気を抜くなって言われたばかりなのに……」
ぐだぐだ言いながらいつものように用意されたベッドへと向かう。適当な事は言っても本当にふざけているわけではない。
長い付き合いという程ではないがそれでもここまで一緒にゲームをしてきたから分かる。
緊張をただ紛らわすためにこんな事を言い合ってるだけだ。まだ誰かがぶつぶつ言っていたがそれも横になると自然と消える。
気づけば妙な争いに巻き込まれていたけれども、それもこれで終わるのか。勝っても負けてもこれが最後なのだ。現実問題のなんやらが絡んでいる以上コンテニューなんて選択肢は当然ない。
そう思うと身が引き締まると同時に寂寥感も心のどこかで込み上げてくる。何だかんだでこれまでの冒険が楽しかったからか? 誰かと一緒にずっと戦えてたからか?
「……なんだろうな」
正直よく分からない。けれどこの寂しさを後悔に変えてはいけない気はする。舞台はゲーム。現実じゃない。ゲームの中でくらい後悔せずにやり切ってみせたい。
「……?」
ふと横を見るとツグミが握りこぶしを伸ばしてくる。いつかの光景を思い出させるその動き。反射的に俺も握りこぶしを突き返す。
「……やるぞ!」
「うん!」
何度となくやったようなこんなやり取りも最後になるのか、などと一瞬思いながらも意識を切り替える。目指すは巨城、倒すべきは正真正銘のラスボスだ――。




